俳優・香川照之が“超自然の因果”を具現化! 映画「災 劇場版」に宿る理由なき災難の正体

インタビュー・文=杉浦みな子

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    ある日、何の前触れもなく、日常に亀裂が走る……。気づいたときにはすでに起きてしまっている、理不尽な災難を描く映画「災 劇場版」。果たして、“災い”に理由はあるのか? 本作で主演を務めた俳優・香川照之氏が、“災い”を起こす超自然の因果について語った。

    理由なき“災い”を描く、因果不在のサイコサスペンス 

     注目の映画「災 劇場版」(さい げきじょうばん)の全国公開が、2026年2月20日(金)よりスタートした。我々の生きる平凡な日常が、理由も因果も曖昧なままいきなり崩れていく様子を描いた、“実験的”サイコサスペンスだ。 

     本作のベースは、WOWOWで2025年に放送された「連続ドラマW 災」。同年の日本民間放送連盟賞 番組部門で優秀賞を受賞するなど、高い評価を獲得した同作の内容を再構築し、ドラマとは異なる時間軸に組み替えて新しい恐怖を表現した劇場版となる。 

     なお、ドラマ版も映画版も、怪異や超常現象を声高に主張するものではない。ただただ、“理由も分からないまま、いきなり災いが起きてしまう”という、人が生きる上で最も根源的な不安を呼び覚ましていく内容だ。 

    ©︎WOWOW

     登場人物は、家族関係と進路に悩む女子高生、過去を引きずりながら働く運送業の男、冴えない日々を送るショッピングモールの清掃員と理容師、負債に追い詰められた旅館の支配人、どこにでもいる平凡な主婦。彼らのささやかな日常は、ある日突然、不可解な死亡事件に巻き込まれていく。 
     警察はそれらを自殺や事故として処理する。記録は整い、社会は何事もなかったかのように回り続ける。しかし、そこには微かな違和感が残る。なぜなら、それらの災いが起きた現場や周辺には、いつも同じ“ある男”の姿があったからだ。 

    ©︎WOWOW

     “ある男”は何者なのか? いつからそこにいたのか? それらの死亡事件にどう関わっているのか? 彼の存在は謎のまま、ただ静かに我々の生きる日常に紛れ込んでいる……。 

    ©︎WOWOW

    「災 劇場版」が描く、得体の知れない“災い”の正体について、本作を手がけた共同監督の関友太郎氏と平瀬謙太朗氏、そして“ある男”を演じた俳優・香川照之氏本人に、直接訊いてみた。 

    謎めく“ある男”とは一体何なのか?

    “ある男”とは、“災い”の擬人化 

    —— まずは、映画「災 劇場版」がどのように生まれたのか、その起点から教えてください。 

    平瀬謙太朗氏(以下、平瀬): 最初はWOWOWのドラマ版からスタートした作品で、「ドラマの新しい形を作ろう」という思いで始まった企画でした。「刑事コロンボ」のように、各回ゲストの主役がいて、後からシリーズとしての“本当の主役”が現れる構造のストーリーで。ドラマ版は全6話でしたが、構造的には、100話でも続けられるものとして考えていました。 
     そして進めていく中で、「この構成そのものを大胆に組み替えることで、一本の映画として再構築できるんじゃないか」と思い始めたんです。で、実際に映画用のプロットを作ってみて「これはイケるぞ」となり、ドラマ版の撮影素材を構成し直して、劇場版が完成したという状態ですね。

    平瀬謙太朗監督(右)。

    —— そして、“ある男”という強烈な存在が立ち上がってきます。 

    関友太郎氏(以下、関): “ある男”は、簡単に言うと“災い”のメタファーです。“災い”を体現する彼と関わってしまうと、その人の周囲で、何かしら良くないことが起きる。作品アイデアをプロットにしていく段階で「この男を誰が演じるか」という話になって、これはもう前作の「宮松と山下」から絶大な信頼がある香川さんしかいない……と。そこからは、香川さんを念頭に進めていきました。  

    平瀬: 「香川さんにお願いしたい役は、“災いの擬人化”なんです」と初めてご本人にお伝えしたとき、「ああ、そうなんですね」という感じで、スッと受け入れてくださったのがさすがでした(笑)。あ、わかるんだ〜って。

    関友太郎監督。

    —— すごいですね(笑)。実際、香川さんは“災いの擬人化”という役柄をどう受け止められたのでしょうか? 

    香川照之氏(以下、香川): まずお引き受けするにあたって、信頼している監督お二人からの依頼だったというのは大きいです。それに、全く違う6種類の“災い”を演じわけるのも、役者として大変やりがいがあると思いました。僕は、人間の中には何十個も人格があると思っていて、それを順番に引き出していって6種類の“ある男”を演じた感覚があります。すごくやりやすかったですよ。 

    香川照之氏。
    ©︎WOWOW
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    超自然とは、神学であり科学である 

    —— 本作で描かれる“災い”は、怪異や超常現象として明示されません。その曖昧さが、かえって超自然的な印象を強めています。 

    香川: “ある男”とは、“災難”であり“厄災”でもあるのでしょうが、おそらく悪神のようなものから命令を受けていて、本人は、それが地球を正の方向に回すための良い行いだと思っているのではないかと僕は思っています。

    ©︎WOWOW

     というのも僕は、そういう超自然的な概念は神学的なものでもあり、同時に科学的なものでもあると思っていて、その考え方が本作でも表現されていると思うんですね。 
     神学的なことを言えば、日本には八百万の神がいると言われます。良い神様もいれば、悪い神様もいる。でもここで言う“悪いもの”って、絶対的な悪というより、善のカウンターパートとしてあるものだと思うんです。そして我々が生きる現実世界には、その両方の影響を受けたものが物理的に存在させられている。 

     善のカウンターパートとしての悪という何かは確実に存在していて、人間に影響を及ぼすそれをあえて表現するなら、“悪神”となるのではないか。何か悪いことが起きたとき、“悪いものが憑いている”という言い方をしますが、それはあながち間違いじゃないと思うんです。そういう悪神から、“ある男”は命令を受けているんじゃないか……というイメージですね。 

    —— 香川さんのコメントが、ムー的に完璧で感動しています。 

    香川: また、我々の体は、突き詰めれば原子が寄り集まってできています。そして原子を構成しているのは、原子核と電子です。 
     原子核の周りを電子が回っているわけですが、実は両者の間にはすごく広い距離がある。つまり、我々を形作る要素のほとんどが空洞と考えられるわけです。
     仏教の般若心経にも「色即是空、空即是色」という言葉がありますが、目に見えない“空(くう)”が、この世界の“色”を作っているわけで、目に見えない存在が世界を支配している、というのは科学的にも成り立つ話なんです。それを神学的に置き換えると、“目に見えない神さまが世の中を司っている”という表現になるんじゃないでしょうか。

    ©︎WOWOW

    —— これまでのお話からして、香川さんは運命論者でしょうか。人間の運命は生まれた瞬間から決まっているという考え方なのかと思えました。 

    香川: そうです。自分の意思も含めて、運命の中にあると思っています。なので、人に“起こること”は、そもそも本人の持っている運命が引き寄せていると思うのです。ただそれが、科学的に見たら遺伝子的に説明のつくことなのか、神学的に見たら先祖が積み重ねてきた何かの結果なのか、その辺の判断はつきません。目に見えないものの影響は、現実に生きる我々にとっては、わかりやすい因果としては認識できないのです。 
     今回の「災」の脚本のすごいところは、そういうわかりやすい因果関係を演出していないところです。登場人物たちの身に“災い”が起きても、理由は描かれません。本当になぜそれが起きたかわからないまま終わる。 
     しかしそのおかげで、見えない何かが支配しているこの世の“空洞のスペース”が感じられる作品になっています。まさに、私の中の超自然の考え方と、パチっとハマった感覚があるのです。

    ©︎WOWOW
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    “災い”の因果が、曖昧なままである理由 

    —— 香川さんが仰ったように、本作では“災い”が起きたことの明確な因果関係が最後まで提示されません。監督としては、どういう狙いなのでしょうか。 

    関: 人は、理由があると安心しますよね。おそらく、疑問に思ったことの理由を知ることで、納得感や安心感を得たいという欲求なんでしょう。でも個人的には、人生の大きな出来事って、地震、事故、病気など明確な理由がないものに左右されている割合が大きい気がしていて。だからこの作品も、そういう理由のなさ・理不尽さそのものが怖いと思って、因果関係を説明しないようにしました。

    ©︎WOWOW

    —— “ある男”は一体何だったのか? なぜ登場人物たちは不可解な死に巻き込まれたのか? 一般的なミステリーやサスペンスだと、後半でそういう謎を解き明かすフェーズに入りますよね。 

    関: 企画段階で、その方向も考えはしたんです。でもこの作品に関しては、違うなと。むしろそういうセオリーは取っ払ってしまって、最後まで何もわからないまま振り切って、“どこまで行ってもがらんどう”という感じが一番怖いと思ったんです。
     ミステリーやサスペンスって、謎が立ち上がっていく序盤が一番面白いといつも思ってしまって。平瀬も僕もそういうタイプで、謎がちょっとずつ解かれ始めてからはどうも気分が上がらない(笑)。なので、本作では謎解きのフェーズを作らず、謎が深まる一番面白いところだけで終わらせたってのはありますね。

    平瀬: 「ジョーズ」や「プレデター」も、最初に“気配”だけ感じられるときが一番怖いじゃないですか。姿がはっきり出てくると、「ああー、プレデターってこういう感じか。足とかあるんだ」って少し冷静になって見ちゃう(笑)。なので、序盤の“気配”だけを作りたいというのは、企画段階からありました。  

    ©︎WOWOW

    “災い”は、こうして映像化された 

    —— 本作は、“災い”のビジュアル化という点でも興味深いです。“ある男”という浮世離れした存在を、映像で成立させたのが印象的でした。 

    平瀬: 先ほど申し上げた通り、“ある男”は、災いのメタファーです。つまり、人間じゃない。なので僕らは、彼のオリジナル人格を設定しませんでした。普通なら、“ある男”にはこんな過去のトラウマがあって、だからこんなに人間として壊れてしまった……みたいな背景となる設定を作るのがセオリーだと思うんですが、今回はしていません。 
     なぜなら、この男は“災い”という、我々にも認識できない存在だからです。なので、“ある男”にはわかりやすい前後のストーリーや資料がありません。それが、脚本や作品全体から滲み出る“ぽっかりとした余白”に通じているんじゃないかな、と思っています。 

    —— “ある男”の役柄自体に、前後の因果関係が設定されていないわけですね。演じられた香川さんからすると、そんな役はいかがでしたか? 

    香川: 先ほどの“災い”の因果にも通じる話なんですが、“理由のなさ”って強いんですよ。昔、黒沢清監督の現場で「ここでこうしてください」と演技指示されたときに、「どうしてですか?」と聞いたら、全部「理由はありません」って返ってきたことがあったんですけど(笑)。 
     今思えば、監督の中には理由があったのかもしれないけど、そこで強く思ったのは、演じる役者に理由はいらないってことなんです。理由はなくても、アクトには説得力が生まれる。それで良いんです。そういう“理由がない強さ”を、今回の「災」の現場でも久しぶりに思い出しましたね。

    関: 細かいノウハウ的なところで言うと、香川さんの目にハイライトが入らない照明設計になっていて、それが人間だか幽霊だかわからない独特の不気味さを醸しているんですが、実はこちらから指示した演出ではないんです。照明部が自然と作り上げてくれた設計で。そんな風に、香川さんの演技に、作り手一人一人の技術と感覚が重なって、“ある男”が立ち上がっていった感覚があります。 

    香川: しかもドラマ版から構成を組み替えたことで、映画版では“ある男”がよりわかりやすく映っているのも面白いところです。

    関: 確かにそうですね。映画版の方が、“ある男”の存在感が高まっています。 

    香川: ……ぜひドラマ版と比べての視聴感をお楽しみいただきたい。本当に、すごい映画になったと思いますよ。

    ©︎WOWOW

    試写会で語られた「ヨブ記」「蘇民将来」とのシンクロ 

     2026年2月某日、都内で映画「災 劇場版」の試写会が開催され、大盛況を博した。上映後には、関監督&平瀬監督と共に、webムーの望月編集長がステージに登壇し、本作に関するトークを繰り広げた。 

     望月編集長は、「私たちは、本作を観終わったあとに感じる、“これは一体何だったのか?”という巨大な問いを手放してはいけない。理由があれば“災い”は避けられるけど、この作品は因果関係が表されていないので、それができない。そこが一番の恐怖だった。大きな空洞と向き合わされてしまった感覚」とコメント。「最近は考察ブームだけど、その流行りに真っ向から対立している作品。因果関係がないので、考察しても答えが出ない映画であることが、大きな見どころだと思う」と語った。 

     そして、「旧約聖書のヨブ記や、日本の民間信仰にある蘇民将来など、“災い”にまつわる言い伝えを把握してから鑑賞すると、視聴感により奥行きが出るのではないか」と提案した。 

     旧約聖書・ヨブ記は、罪のない正しい人・ヨブが、理由なき理不尽な苦難に見舞われる物語。因果応報という従来の価値観を取っ払い、不条理な苦しみの中でいかに神を信じるか、真の信仰の姿を記す書である。 

     蘇民将来は、「備後国風土記」などに記された人物。日本各地に伝わる説話とそれを起源とする民間信仰となっている。蘇民将来は貧しい生活の中でも、旅するスサノオに宿を貸してもてなしたことで、災厄を免れたという説話がある。 

     前者は意味のない災いで、後者は意味のある災い(を避けた話)だ。ある日、何の前触れもなく我々の身に降りかかる“災い”は、果たしてどちらなのか? 映画「災 劇場版」は、そんな風に答えの出ない不条理感を可視化した作品とも言える。皆さんも“ある男”に導かれながら、超自然が侵食する“空洞”を感じてみてはいかがだろうか。 

    <作品概要>
    ・タイトル:災 劇場版(さい げきじょうばん)
    ・公開:2026年2月20日(金)、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国 
    ・キャスト:
     香川照之
     中村アン 竹原ピストル 宮近海斗
     中島セナ 松田龍平 内田慈 藤原季節 じろう(シソンヌ) 坂井真紀/安達祐実 井之脇海
    ・監督・脚本・編集:関友太郎、平瀬謙太朗
    ・音楽:豊田真之 原案:5月
    ・配給:ビターズ・エンド  制作プロダクション:AOI Pro. 
    ・劇場版製作幹事:電通 製作著作:WOWOW 2026/日本/カラー/DCP/5.1ch/128分/PG12
    ・公式HP:https://www.bitters.co.jp/SAIdisaster/
    ・公式X:https://x.com/SAI_disaster

    杉浦みな子

    オーディオビジュアルや家電にまつわる情報サイトの編集・記者・ライター職を経て、現在はフリーランスで活動中。
    音楽&映画鑑賞と読書が好きで、自称:事件ルポ評論家、日課は麻雀…と、なかなか趣味が定まらないオタク系ミーハー。
    https://sugiuraminako.edire.co/

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