侵略的外来種「ジャンボタニシ」が日本中に広がった衝撃の経緯! 人間の思い上がりが生む最悪な結果

文=久野友萬

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    ジャンボタニシをご存じだろうか? スクミリンゴガイの通称で、タニシによく似た水生貝だ。これがこの数年、爆発的に増えてどこも駆除に苦労している――。

    ジャンボタニシ農法の裏側

     とにかく生命力が強く、電気や超音波、オゾン、石灰などさまざまな駆除方法が試されているジャンボタニシ。たとえば、300ボルトの電流を流しても殻の中に閉じ込もり、仮死状態になるだけ。銅線に通電し、銅イオンを発生させると死ぬが、今度は水が重金属汚染されてしまう。他も似たようなもので、薬剤を使うとジャンボタニシ以外の他の生物が死に絶える。有効な手段は、冬の間に石灰系の駆除薬を撒く、卵を見つけたら手作業で取り除く、水路に金網を張って侵入を遮るという原始的な方法しかない。

    食欲旺盛で稲の苗も食べてしまうジャンボタニシ。卵もピンクでインパクト大。画像は「農林水産省」より引用

     ジャンボタニシは水田に発生すると、植えたばかりの稲を食べてしまう。成長が進んで食べられない稲には、神経毒を持つピンク色の卵を産みつける生態を持っている。世界の侵略的外来種ワースト100、日本の侵略的外来種ワースト100にランクインの堂々たる有害生物なのだ。

     このジャンボタニシを水田に撒き、除草させようという「ジャンボタニシ農法」を勧める一派が現れ、現在問題になっている。農林水産省はXに「ジャンボタニシの放飼はやめて」と投稿、「除草目的であっても、未発生地域や被害防止に取り組む地域で放飼すると、周辺農地への拡散により悪影響を及ぼします。一度侵入・まん延すると根絶は困難です」と注意を促した。

     この農法を勧める人たちは「農協から指導があった」のだと言っている。槍玉に挙げられたJA福岡市は、当初は指導を否定していたものの、ネット上には今も「ジャンボタニシ除草」のテキストが残っており、訂正のリリースを出している。

     JA福岡市の名誉のために言っておくと、「ジャンボタニシ農法」が広まったのは1990年代のこと。稲がある程度成長したところでジャンボタニシを水田に入れると、雑草を食べてくれる。カルガモ農法と同様の生物による除草ができるわけだ。実際にジャンボタニシ農法は韓国やベトナムで行われていて、韓国ではそのための養殖まで行われている。現在はともかく、30年前は画期的な除草方法として注目されたのは事実。ジャンボタニシも「稲守貝」という仰々しい名前を付けられた。

    某イベントで配られたジャンボタニシごはん。元々食用だけあって、ゆでて煮つければ、おいしく食べられる。食べるか、何かの成分を見つけてサプリにするのが一番の対処法かも?(筆者撮影)

    外来種の生体は持ち込まないこと

     では、外来種であるジャンボタニシ(南米原産だそうだ)はどこから日本に入ってきたのか? 昭和57年度 沖縄県水産試験場事業報告書によると、故・赤嶺信一氏が養殖用としてシンガポールから稚貝15個を輸入したのが最初だそうだ。その後、数回にわたって数キロ単位で輸入、養殖し、食用として売り出した。赤瀬氏はキロ当たり5万円で、他府県に17キロ、沖縄県内で約30キロを販売した。結構な儲けである。この販売した個体が水害などで逃げ出し、今の状況になったわけだ。

     筆者は生前の赤瀬氏に会ったことがある。赤瀬氏は養殖用の生き物を「養殖ビジネスで儲けませんか?」と生体販売するプロで、クローン実験用にアフリカツノガエルというカエルの養殖ビジネスを手がけて成功を収めた。当時は雑誌や新聞によく広告が出ていて、それを鵜呑みにしたサラリーマンがアフリカツノガエルを風呂場で飼って、風呂の蓋を開けた奥さんが悲鳴を上げて大喧嘩になった、と嬉しそうに話してくれた。

     他にもジャンガリアンハムスター(赤瀬氏がポケットに入れて持ち込んだ4匹が、日本にいるすべてのジャンガリアンハムスターの元祖である)やヘラクレスオオカブトを持ってきたのは赤瀬氏。「次はピーターラビットを売る」とか言っていた。

    あのヘラクレスオオカブトも……! 画像は「Wikipedia」より引用

     ジャンボタニシは、赤瀬氏が生体の買い付けで中国か台湾かに行った際、南米産のタニシを見つけて、これを食用で売ったら儲かるんじゃないかと思いついたそうだ。そこで、まずは沖縄県に持ち込み、新しい土産物として「沖縄エスカルゴ」と名付けて売ろうとした。当時は空港で生け簀状態の水槽でジャンボタニシを売っていたそうだ。

     さらに県の予算で養殖池も作り、さあこれからという時に台風でジャンボタニシは根こそぎ流れ出してしまい、計画はおじゃん。かくして日本中にジャンボタニシは氾濫し、それは昨今のコメの高騰にも多少は影響しているのではないだろうか。

     外来種の危険性が一般に知られ始めたのはここ20年ほどだろう。それまではハブ退治にマングースを輸入したら、鳥の卵を食べまくって全滅させかけたとか、毛皮のためにヌートリアを輸入したら逃げて増えまくった、『あらいぐまラスカル』を見た金持ちが「かわいい」と伊豆の別荘で飼い始めたアライグマが今やタヌキの天敵として関東地方で傍若無人とか、今となっては大迷惑な大失敗がいくつもある。

     良かれと思って始めたことが最悪な結果を産むという、SF小説の教訓のようなことが外来種では起きる。ジュラシックパークではないが、生物を制御できるというのは思い上がりでしかない。生物はカオス理論に従い、人知の及ばない繁殖をするからだ。覆水盆に返らず。変な生き物を輸入するのはやめていただきたい。

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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