絵馬、麻紐、毛髪… 叫びまで聞こえそうな壮絶すぎる奉納! 千葉県野田市「堤台子育延命地蔵尊」 

取材・文・写真=小嶋独観

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    この道25年、すべてを知り尽くした男による全国屈指の珍スポット紹介! 今回は千葉県野田市の堤台子育延命地蔵尊。我が子に対する親の痛々しいまでの想いが詰まった奉納品に震える!

    「間引き絵馬」の悲しい歴史

     千葉県の野田市に堤台子育延命地蔵尊という場所があると聞いて行ってみた。なんでも子育てに関する奉納物がたくさんあるのだという。

     野田の街中からのんびり歩く。この辺は昔から醤油造りが盛んで、どこからともなくふんわりと醤油の香りがしてくる、そんな風情ある街だ。

     江戸川が近くなると家も途絶えがちになり、農家や畑が増えてくると地蔵尊が現れる。

     地蔵尊は正面に本堂、左手に絵馬堂がある。想像していた以上にこぢんまりとしている。絵馬堂の前には看板が立っており、間引き絵馬があると書いてあった。間引きとは昔、貧しい農村でしばしば行われていた生まれたばかりの子供の命を親が奪う行為である。昔は「7つまでは神のうち」(7歳までの子供は大人よりも神に近い――つまり7歳まではいつ死んでもおかしくないという意味)といわれ、貧村では半ば認められていた行為だったという。間引き絵馬はそのような行為を諫めるために描かれた絵馬で、主に両親に間引きをしないよう教育するために僧侶や識者が奉納したものだ。主に東日本で見られるが関東ではなぜか利根川や江戸川周辺に多く存在している。それだけ貧困にあえぐ農村が多かった土地柄なのだろう。

     看板を見ていると、堂守の方が中を見せてくれるという。ありがたやありがたや。さっそく絵馬堂に上がらせていただく。内部は畳敷きの広間になっていて、お寺の行事以外ではあまり使っていないそうだ。かつては長押(なげし)にたくさんの絵馬が掲げられていたが、今は数枚を残して片付けてしまったらしい。

     そのうちの1枚。石でできた地蔵尊の額。材質が石ということは、もともと屋外に設置してあったものかもしれない。

     3人が拝んでいる絵馬。着物の柄を組み合わせたような立体感のない抽象的な背景が印象的だ。隣の額で隠れてしまっているが、絵の左上には地蔵尊が立っており、3人にパワーのようなものを授けている絵柄となっている。

     そして子返し絵馬。退色して見難いが、屋内に妊婦が座っており、庭先に地蔵尊が子供と立っているという構図だ。地蔵といる子供はまさに間引きされた子供を表しており、お地蔵さんがあの世に導いているのだ。衝立の向こうに座る女性は出産直後なのだろう、はだけた着物、衝立に掛かった帯がそれを示している。手つきから、出産直後の赤子の首を絞めているシーンと思われる。なんともやりきれない絵馬である。

     絵馬堂の片隅の棚に、たくさんの絵馬が積み上げられていた。ほとんどが絵額ではなく字が書かれている絵馬だという。改めて建物を見上げれば、本来額が架けられる長押の部分だけでなく、梁などにも無数のフックが備え付けてあった。つまり、かつては屋根裏にもたくさんの絵馬が架けられていたのだろう。

    太すぎる麻紐の意味

     絵馬堂を見終わった後、地蔵堂の方も見せてもらう。

     この地蔵尊の信仰圏は案外広く、近郷の人々だけでなく江戸からも船でやって来たという。妊婦が安産を願って、また生まれてきた子の成長を祈って参詣に来るのだ。お堂の前に吊るされた色とりどりの紐も、そういった参詣者が奉納したものだろう。

     扉の片隅にチョコンと立つミニ地蔵。これもまた誰かが願いを込めて置いたものだろう。

     地蔵堂脇の通用口から中に入らせてもらう。そこには、にわかに信じがたい光景が広がっていた。

     「なにか」の巨大な束が屋根裏の梁からぶら下がっているのだ。直径は1メートル近く。長いものは床に届きそうなほど。一緒に吊るされた千羽鶴と相まって、堂内の中央部は人が歩くことすら困難だ。

     この巨大な束の正体は麻紐だという。安産祈願のためにここを訪れる際、参拝者はこの麻紐を一本御守りとして授かる。そして無事に出産が済んだら、御礼として預かった麻紐とは別の麻紐をもう一本足して2本にして奉納するのだ。

     そうしていくうちに麻紐が倍々となり今のような光景が生まれた、という訳だ。

     なぜ麻紐なのか? それには理由がある。麻は良く育ち、切れないところから子供の成長や家族の絆を象徴しているといわれている。また、麻は古くから神事に使われるように神聖で魔除けの意味もあるという。

     この大束、1束が数千本の麻紐からできているそうだ。いかにこの地蔵尊を訪れる人が多かったかがうかがえる。

    壮絶すぎる大量の毛髪奉納

     本堂の奥には護摩壇が組まれ、その奥に地蔵像がある。これは前立で、本尊の地蔵像は厨子に入っていて祭の日以外は見ることができないという。

     帰りがけに出口の壁を見たら、なんとそこにはたくさんの毛髪が奉納されていた。

     これは徴兵除け、あるいは戦地に出征している息子や夫が無事帰ってこられるようにと妻や母が自らの髪を切って奉納したものだという。第二次世界大戦のものだけでなく、日清日露戦争の頃のものもあるという。自分の命を捧げるような気持ちで髪の毛を捧げたのだろう。その人たちの叫びが聞こえてきそうな壮絶な奉納に身が引き締まる思いになった。

     子を間引くのを諫める絵馬、子の成長を願う麻紐、子の生還を願う毛髪。形は違えど子を想う親の心がびっしり詰まった空間だった。

    小嶋独観

    ウェブサイト「珍寺大道場」道場主。神社仏閣ライター。日本やアジアのユニークな社寺、不思議な信仰、巨大な仏像等々を求めて精力的な取材を続けている。著書に『ヘンな神社&仏閣巡礼』(宝島社)、『珍寺大道場』(イーストプレス)、共著に『お寺に行こう!』(扶桑社)、『考える「珍スポット」知的ワンダーランドを巡る旅』(文芸社)。
    珍寺大道場 http://chindera.com/

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