人体自然発火現象(SHC)の深すぎる謎! 犠牲者が直前に訴える“異変”と「ウィック理論」の限界
きわめて稀なケースだが、自らの肉体が発火して死亡するという謎多き死亡事故が報告されている。近年も、6年前にロンドンの路上で起きていたのだ――!
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火種もないのに人間の肉体だけが焼失し、衣服や周囲は燃えていない……。謎めいた「人体自然発火」は定番の怪奇現象ネタとして、昭和キッズを戦慄させていた。
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今回のお題はご存知「人体自然発火」。文字通り、人間の体が突如発火し、またたくまに「炭化」してしまうという恐ろしい現象である。「ムー」でも昔から最近に至るまで何度も取りあげられているし、新たな事例がそれなりの頻度で定期的に報告されているようで、ネット上などでも盛んに新しい見解・考察などがアップされたりしている。
この現象が実際に起こったと疑われる事例は過去300年で200件ともいわれており(2015年の「WIRED」の記事によれば「家の中で人が炭化して死亡したケース」の正式な報告の記録は120件とのこと)、比較的最近でも2010年のアイルランドにおける男性の焼死事件が話題になったし、2013年にはインドの新生児が二度にわたって「発火」、病院に連れていくも「両親の虐待ではないのか?」と疑われてしまった事件が注目を集めた。この話題は日本のテレビでも紹介されている。
あくまでも僕の感覚でしかないのだが、特にこの5~6年間ほど(?)で、やたらと「人体自然発火」というワードを目にする機会が増えたような気がする。近々ではゲームに取りあげられた影響などもあるようだが、ネット上の海外の文献なども増加している印象だ。ある時期まで「人体自然発火」というネタは僕ら世代にはむしろ「懐かしい」と感じさせるノスタルジックなトピックで、なんとなく「オワコン」的なイメージだったと思う。理由はよくわからないが、なんとなく静かな再ブーム(?)が到来しているのかも知れない。
70年代オカルトブームの時代、「人体自然発火」は定番かつ鉄板ネタで、多くのオカルト児童書で解説されていた。椅子に座った人間の足だけが生々しく燃え残っているエグい写真などが掲載されている本も多く、「ひぇ~っ!」となった思い出を持つ人も多いと思う。今回は例によって当時のオカルト児童書を参照しながら、昭和こどもオカルトにおいて「人体自然発火」がどのように語られていたのかを回顧してみたい。
先ほども書いた通り、「人体自然発火」に関する最新の事例や見解などはネット上にも詳細な記事が数多くアップされているので、そちらをご参照いただきたい。ここではあくまで昭和子ども文化における「懐かし話」としての側面を綴るつもりなのだが、とはいえ、これについてほとんど聞いたことがないという読者もいると思うので、一応ざっと概要を解説しておく。
冒頭で述べた通り、「人体自然発火」とは火の気がまったくないにも関わらず、人の体が自然に発火してしまう現象である。多くの場合、この現象の炎は通常の火事などでは考えられないほどの高温となって、短時間で人体を「炭化」させてしまうという。その際の炎が青く見えるのが特徴とされ、昭和のオカルト本では「この現象は欧州で『地獄の青い火』と呼ばれている」といった記述もある。さらに不可解な特徴として、燃えるのはほぼ人体のみで、周囲の家具などにはほとんど引火していないケースが多いこと。あたかも「人の体の内側」から発火したとしか思えないことだ。
諸説あるが、こうした「謎の焼死事件」が報告されるようになったのは17世紀ごろからだといわれているが、これは14世紀のイタリアで起こった事例を17世紀にデンマークの解剖学者が紹介したものだったらしい。かのディケンズが1853年発表の小説『荒涼館』でこの現象を描き、以降、一般にも広く知られるようになったとされている。
この不可解な現象の原因については、昔からさまざまな仮説があって、主なものとしては以下のようなことがいわれている。
ひとつは、やはりなんらかの「火元」が存在していたはずだという、なんとも常識的な説である。多くのケースで犠牲者は喫煙者、しかもヘヴィスモーカーであることが多いとされ、炎上の直前までタバコを吸っていた形跡があるパターンも多いそうだ。煙草に限らず、犠牲者の近くになんらかの発火物があったと考えるのは当然として、しかし、自分の体に火が燃え移り、そのまま焼き尽くされてしまうというのは少々納得しがたい。これについては「犠牲者の多くは病人か老人」とする説が主流だ。さらには犠牲者がアルコールを摂取しているケースが非常に多く(なかには「大半がアル中」といったミもフタもない見解もある)、つまりは自分の体に火がついても、老衰や体調不良、さらには泥酔などの理由で素早く対処できなかった、というわけだ。
また、アルコールを大量に摂取していたことも肉体を燃えやすくさせる要因とされ、さらには「犠牲者には肥満体形が多い」ともいわれており、体内の脂肪の多さがさらに燃えやすい状況を作っていると考えられている。
以上のような見解は昭和のオカルト本にもよく書かれていたが、昨今では「人体自然発火」のメカニズムを「ロウソク効果」によるものとする説が有力なのだそうだ。アルコールや脂肪によって可燃性物質と化した肉体がロウソクのロウ、それを包む衣服などがロウソクの芯のような役割を果たし、何らかの形で引火が起こると人体を高温で燃やし続けるという見解である。ただ、こうしたロジカルな解説では説明不能な事例も多いようで、そうした特異なケースを昭和のオカルト本からいくつかピックアップしてみたい。
70年代の多くのオカルト児童書がこぞって取りあげていたのが、1938年にイギリスのエセックス州で起こったとされるフィリス・ニューカムのケースだ。この話は小学生時代の僕にとって非常に印象的で、初めて知ったときには身の毛がよだったことを覚えている。それまで本で読んだ「人体自然発火」ネタは、たいてい「謎の焼死体が発見された」というパターンが多かった。つまり発火現象そのものを目撃した人物は存在しないのだ(昨今の文献でも「人体自然発火現象の信頼に足る目撃証言は存在しない」と断言しているものある)。しかし、このケースは多くの人が集うダンスホールで起こったとされている。本連載でよく引き合いに出す前衛科学評論家・斎藤守弘氏の『超科学推理 なぞの四次元』(1975年)は、この事件を次のように記述している。
チェルムスフォードのダンスホールでボーイフレンドと踊っていた白いイブニングドレス姿の若い女性(老人でもなく、肥満体系でもなく、煙草も吸っていなかった)、フィリス・ニューカム(斎藤氏は記事内で固有名詞を伏せている)は突如、凄まじい悲鳴をあげた。周囲の人々が注目したとたん、彼女の体から「青い火」が噴出し、瞬く間に火だるまとなって、数秒後には黒焦げとなってしまったという。後に検死官が記者会見をしたが、「こんな不思議な事件は初めてだ」と語っただけで、原因の特定については完全にお手上げ状態だったそうだ。
斎藤氏のオカルト本は怪奇現象を紹介しつつ、それに独自の科学的解釈を付して読者を納得させるものが多いのだが、この「人体自然発火」に関しては「人体は三次元的肉体と四次元的精神の結びつきでできているが、このバランスが崩れると原子の変化が起きて『生体内核反応』が起こるのかも知れない」と解説している。子どもの頃に読んでさっぱり理解できなかったが、今読んでみてもやはりまったく理解不能な解説である。
先述した通り、このケースは当時の多くのオカルト本に掲載されたが、多少の差異はあるものの(「発火」は彼女が踊っているときではなく、ダンスホールを出ようとしたときに起こったとする本もある)、どれも内容的にはほぼ同じ記述だ。事件当時の「デイリーテレグラフ紙」の記事に基づいて書かれたテキストもあるので、後にあれこれの尾ひれがついたにせよ、ともかくこのような不可解な「焼死事件」が起こったことは確かなのだろう。
毎度おなじみ中岡俊哉先生も、当然のことながら「人体自然発火」を何度か紹介しているが、なかでも非常に異色で不気味なのが1964年のルーマニアの事件だ。中岡氏はこれを「人体自然発火」という怪現象というより、ある種の「呪われた家」にまつわる怪談として紹介している。
ルーマニアのバルシという街で暮らすデシュ(「レシュ」としている著作もある)という少女(年齢は明記されていないが、小~中学生くらいらしい)が夕餉時になっても食卓へやってこないので、母親が子ども部屋に呼びに行った。すると、なんとデシュは椅子に座って本を読む姿勢のまま炎に包まれていたそうだ。デシュが焼死した二週間後、彼女の父親が帰宅すると、いつも出迎えてくれる妻の姿が見えない。不審に思いながらキッチンへ行ったところ、彼女もまた食堂の椅子に腰をかけたまま黒焦げになっていたという。その3年後、今度は父親の黒焦げの焼死体が書斎で発見される。
恐ろしい連鎖はさらに続く。デシュの一家全滅から2年後、この空き家に越してきたゲオルギーという6人家族のうち、3年後の1972年までの間に長男、祖母、母親と次女(母は娘を抱いたままの姿だった)の4人が屋内で焼死してしまったそうだ。この家は「人を焼き殺す家」として有名になり、事件後に科学アカデミーが家を取り壊して建材や土地の状態を調査したが、謎の焼死の原因はいっさいわからなかったとのこと。
なんとも不思議な事件だが、さらに不思議なことに、この特異なケースは、僕の知る限り中岡俊哉の数冊の本に記録されているだけで、ほかの文献には見られないようだ。ネット上を探してみても、少なくとも日本語・英語の記事は皆無。御大が当時の独自のルート(?)で入手した情報だったのか、はたまた……
その他、当時のオカルト本から気になるケースをさらにあげてみたいのだが、どうも裏を取ろうとするとかなり眉唾なものが多いようだ(まあ、当然といえば当然なのだけど)。
たとえば、これも多くのオカルト本に掲載されていた「イギリスの有名な作家、ジョン・テンプル・サーストンの謎の焼死」というお話。世界各国のオカルト本のパクリ元として知られるチャールズ・フォートの著作によって知れ渡ったものらしい。しかし、フォートの記述には決定的な誤りがあったとされている。そもそも「ジョン・テンプル・サーストン」なる「有名作家」は存在しない。存在するのは20世紀前半に活躍した作家「アーネスト・テンプル・サーストン」だ。さらに火事の犠牲となったのは「ジョン・テンプル・ジョンソン」なのだそうだ。ややこしい話だが、勘違いなのか故意なのか、ともかくフォートは犠牲者の名を不正確に記した上、「有名作家」として紹介してしまったのである。さらに事件自体は「ただの火事」と考えらえており、「極めて不可解」なものとして経緯を記述したのはフォートならではの「アレンジ」によるものだったらしい。これがそのまま世界各国のオカルト本にパクられまくったわけだ。
また、「変わり種」の逸話として印象に残っていたのが、1953年に米国メリーランド州に住む11歳の女の子に起こった事件。彼女は三年前から高価なアコーディオンを所有しており、その日も演奏の練習をしていた。すると突如、アコーディオンから四方八方に火炎が吹き出し、彼女の体は火に包まれてしまう。父親に救出され、大やけどを負ったものの、命は取りとめたという。これは70年代に日本でも多くの翻訳本が出た奇譚蒐集ジャーナリスト、フランク・エドワーズの『謎の四次元』に書かれていたものだが、人体ではなく楽器が自然発火する奇妙なケースであり、犠牲者が生き残ったということでも稀な事例として記憶に残った。しかし、この事件も本書意外の記録がいっさい見つからなかった(フランク・エドワーズもローカル紙掲載の噂や与太話を取材せずに引用するタイプの書き手である)。
ほかにもクルマの運転をしていた人が「自然発火」する事故などが多数記録されているが、どうもそれらの興味深い事例の事実確認も今となっては難しいようだ。
「人体自然発火」の各事例は事件として新聞などで報道されたものをソースにしていることが多いので、「なんでもあり」だった70年代のオカルト本の記述も、ほかの超常現象ネタと比べれば比較的正確に現象の詳細を語っているものが多いと思う。しかし、それでもやはりかなりの玉石混合状態だったらしい。
さて、次回は「映像で見る『人体自然発火』」というテーマで、映画や昭和の特撮ドラマなどの話をしてみたい。
初見健一
昭和レトロ系ライター。東京都渋谷区生まれ。主著は『まだある。』『ぼくらの昭和オカルト大百科』『昭和こども図書館』『昭和こどもゴールデン映画劇場』(大空出版)、『昭和ちびっこ怪奇画報』『未来画報』(青幻舎)など。
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