君は正常性バイアスに揺さぶられたことはあるか?/大槻ケンヂ「医者にオカルトを止められた男」新12回(第32回)・最終回

文=大槻ケンヂ イラスト=チビル松村

    webムーの連載コラムが本誌に登場! 医者から「オカルトという病」を宣告され、無事に社会復帰した男・大槻ケンヂの奇妙な日常を語ります。

    失われた記憶

     ご愛読いただいてきた当連載も今回で最終回である。webムーのほうではタイトルなど変更になるかもしれないけれど引き続き何かやるかもわからないので、そのときはまたよろしくお願いいたします。書くものではなく、会ってみたいオカルト関係の人々との対談なども面白いかなと思う。

     2022年からwebムーではじまった当コラム連載「医者にオカルトを止められた男」は、第21回から本誌「ムー」でのW連載となり、この最終回で32回目となる。さすがに個人的なオカルト・コラムとしては「書き尽くしたよ~」との感がある。果たしてまだなにかオカルト系のネタがあったかな~と考えてみて……あ、あった、まだ当連載では書いたことのないゾッとする体験談がひとつあった。

     ……それは今から数十年前、あるTV番組のゲストとして招かれてテキトーなことをしゃべっていたら番組の人に「そうですか、ではここで、大槻ケンヂさんと稲川淳二さんに怪談を聞かせてもらいましょう」といきなり振られて怪談界のキング・オブ・キング稲川淳二さんとまさかの怪談競演をやるはめになった。アレは本当にあせったおっかなかった。多分番組の人は当時怪談を語っていたロックミュージシャン・池田貴族さんと大槻ケンヂを人違いしたんじゃないのか……という原稿を書いて「ムー」に送ったら編集さんからすぐ「同じことを前にも書いています」との指摘がLINEに届いた。え? ウソでしょ? 初出しだよ~と思いながら同時に送られてきた以前の回を読んだところ……書いていた。まったく同じ内容を。

    「う~ん」とうなってから僕は思ったものである。
    「なるほど、これが異星人アブダクションの恐怖か。抜かれたんだな、前にも同じネタを書いたという記憶をスッポリ」

     いやそりゃ違うだろう。単に忘れていたのだ、スッポリと。というわけでまさかの最終回書き直しである。まったく最近モノ忘れがヒドくて困ってしまう。書店で立ち読みをしていたら不意にUFOの話が文中に出てきて「あっ、UFOについての本じゃないのにUFOの話が出てきた、面白い!」と思って購入することがたまにあるのだが、その本を家のどこに置いたかたいがい忘れてしまう。書名や著者名も忘れてしまうことがあり、結局古書店へ行って捜すことになるのだ。見つからない。たとえば、刺青バリバリの不良のアンちゃんたちがケンカ武勇伝を語っているはずが、なぜか途中でUFO目撃の話題になり「オレも見たよUFO! ありゃヤベー」「ヤベーよなUFO!! 追ってくるんだよなアレ」「UFOヤベーよ」と突然UFOはヤベーよ対談と化す記事の載った雑誌を以前買ったのだが、なくした。捜してもどうしても見つからない。どなたか知りませんか?

     最近もこんなことがあった。亡くなった映画プロデューサーの叶井俊太郎さんは一時期住んでいたハワイから帰国したのだが、その理由のひとつがハワイでのUFOによる執拗な追跡から逃れるためだった、と語っているインタビュー記事を僕は確かになにかの雑誌で読んだことがあるのだ。けれどそれがなんという雑誌であるか思い出せない。見つけられない。生前に叶井さんとバッタリどこかで会ったとき、ハワイUFO追跡事件について尋ねたことがあった。でも「ああ、UFO、そうそう」とそのとき急いでいらっしゃったのか、なんとなくはぐらかされたかのようになって詳しく聞くことはできなかった。どなたかご存じですか?

    正常性バイアス

     思想家の内田樹さんがUFO目撃に関して詳細に語っている本を読んだ記憶がある。これは見つけた。ヨーガの達人として有名な成瀬雅春さんとの対談新書『身体で考える。』の中にあった。
     内田さんが昔、真夏の夕方に近所の住宅街を歩いていたら「『じゃ~ん』という感じで。もうめちゃくちゃ自己主張の強いUFO」が「オレンジと白いライトでギラギラと光り輝いて」現れたのそうだ。注目すべきはこのとき、向こうからおばあちゃんがひとり歩いてきて、内田樹さんは「ああ、よかった、いっしょに確認しよう」とUFOを指差した。けれど、おばあちゃんはガンとして空を見上げることなく、下を向いたままその場から去っていったのだ。内田さんは、おばあちゃんは「これは見なかったことにしよ」と判断したのだな、と成瀬さんに語る。
    「ここにUFOがいるということになると、いろいろな知的判断の枠組みをぜんぶ組み替えないといけない『UFOが存在する世界に生きている私』というものを合理化しなければいけない」
     それはとても大変で面倒なことだから、おばあちゃんはUFOを見ないことに決めたのだと、一種の正常性バイアスがかかったということだろうか。ちなみにこの話に対してヨーガの達人が「まさに、僕が空中浮遊をした写真と同じですよ。『見なかったことにしよう』というケース、けっこう多いんですよ。認めたくないんでしょうね」とサラリと返していて、さすが達人リアクションも達者なのである。

     もうひとつ、UFOを見る、ということに関して、これはなかなかイイこと書いているゾ、と思いながら、その本の書名を忘れてしまったものがあった。それを先日、著者の訃報によって「あっ」と思いだした。と学会の本『タブーすぎるトンデモ本の世界』という本の中の一編だ。「『タブー』とされるものは本当にタブーなのか?」というテーマの元に宗教・食・芸能界そのほかについて考察する一冊。その中にUFOについて書かれたものがある。
     著者は先日亡くなったライターの唐沢俊一さんである。唐沢俊一さんは一時期雑学王として大人気となり、その後にUFOについての本での盗用問題が騒ぎになって、晩年はポジティブではない評判もあった方であるけれど、「タブーすぎる」の中で、「未確認淫行映像 UFO」というAVを題材に〝UFOを見る、とはどういうことか〞について書いたラスト数行が僕にはなにかとても心に引っかかるのだ。
     アキバ系アイドルを目指してAV女優になったうるるまみという女性とともに「UFOの映り込んだAVを制作する」ためAV撮影チームが石川県羽咋市に旅するという企画もののAVである。なんだかわからないが、彼らはUFO撮影に一応成功する。唐沢俊一さんはこの謎の作品をこうまとめる。
    「UFOを見てしまう、という行為は、アイドルになりたくてAV女優になってしまう、という方向性の倒錯と、どこか似ているように思うのである」

     今いる世界の全体像を把握することができない限り、人間はだれでも、自分の考える世界の範囲の外からの干渉を受けて、人生を大きく変化させられることがある。たとえ見ないふりをしていても……というように文章を自分なりに解釈してみる。するとじつにいい得て妙かもしれないな~と思うのだけれど、どうだろう? うるるさんはAV撮影後消息不明とのこと。

     というあたりで、当コラムは終了です。ご愛読どうもありがとうございました。

    (月刊ムー2024年12月号より)

    大槻ケンヂ

    1966年生まれ。ロックミュージシャン、筋肉少女帯、特撮、オケミスなどで活動。超常現象ビリーバーの沼からエンタメ派に這い上がり、UFOを愛した過去を抱く。
    筋肉少女帯最新アルバム『君だけが憶えている映画』特撮ライブBlu-ray「TOKUSATSUリベンジャーズ」発売中。

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