「動物の味覚は想像以上にグルメ」最新の遺伝子研究で一番の美食家はウーパールーパーと発覚/久野友萬
動物の味覚は人間とどう違うのか? 実は人間は進化の過程で味覚を失ってきた? 最新研究によって次第に明らかになってきた味覚の真実に迫る。
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パンダはなぜ笹や竹しか食べないのか? それなのに、どうして太っているのか? 秘密は腸内にあった! しかも、あなたの体型を変えるヒントまで!?
春といえば、たけのこ。たけのこといえば竹。竹といえばパンダだ。
パンダは笹や竹しか食べない。ある発明家が中国に招待され、パンダを見学したときに閃いた。人間は竹の葉を食べられないが、パンダは食べる。ということは、笹や竹の強靭な繊維を分解し、栄養に変える腸内細菌がいるはずだ。もしそれが見つかれば、今まで食料にできなかった食物繊維も栄養にできる! 食糧問題は解決だ!
いや、その発想はおかしい。仮にそういう腸内細菌が見つかったとして、人間が皿に笹を出されて食べるか? 竹をかじるか? しかし、その発明家は中国政府に掛け合い、パンダのウンコを持って帰ろうとしたら、止められた。国家機密だという。パンダのウンコは国家機密なのだ!
「彼らもバカじゃないので、すでにそういう繊維を分解する菌を見つけているのでしょう。それを国外に持ち出されては困るわけです」(発明家)
おっしゃる通り。では、パンダ特有の食物繊維を分解する菌は本当に見つかっているのか?
2024年、成都医科大学の研究チームは、竹の繊維質リグニンを腸内細菌のシュードモナス属が分解し、栄養に変えていることを突き止めた。
200万〜240万年前に熊から分岐したパンダは、柔らかいタケノコ、竹の茎や葉を食べるように適応した。適応はしたが消化器官は肉食のままであり、前述の特殊な腸内細菌を使っても食べた竹の20パーセントしか栄養に転換できない。その結果、1日に利用するカロリーが一般的なクマの45パーセントという超省エネ体になった。のっそりしたかわいい動きは、何ということはない、カロリー不足で体が動かないだけなのだ。
また、パンダは笹や竹を食べるが、他の動物は見向きもしない。草食動物も、たけのこはともかく、成長した竹をかじる鹿はいない。なぜかというと、おいしくないから。ところが、パンダの遺伝子にはうま味受容体を作るT1R1体がない。パンダはうま味を感じないのだ。
うま味を感じないということは、少なくともうま味の元であるアミノ酸の塊である肉の味はわからない。だから、パンダが草食になったのもわかる。しかし、草食動物にもうま味受容体はある。 なぜ、パンダだけがそれをもっていないのかがわからない。昆布だしのグルタミン酸の味がわからないなんて、食生活が味気ないにもほどがある。
食事の時には快楽神経が興奮し、脳内物質、主にドーパミンを出す。それが空腹とともにより質の高い栄養を取ろうとする衝動になるのだが、パンダはドーパミンの分泌量が極端に低い。パンダは食事がうれしくないのだ。栄養補助食品のゼリーやクッキーしか食べないITエンジニアのようである。
ところが、竹に含まれる何らかの物質がドーパミンの合成を補っている可能性が高いらしい。パンダは竹を食べる時だけおいしい……いや、舌は味覚オンチなので、気持ちが上がる、気分が良くなるのだ。食事とタバコがいっしょになっているようなものか。
つまり、発明家の言うように、人間がパンダのように笹や竹を食べる体になるには、リグニン分解菌を腸内に増やすだけではなく、うま味をなくし、竹を食べる時だけおいしいと感じるように脳代謝を変えなければならないのだ!
人間はたけのこだけ食べるので、残りはパンダさんよろしくである。
腸内細菌といえば、痩せている人と肥満の人では腸内細菌の構成が異なり、肥満の人の腸には、セルロースやリグニンといった野菜全般に含まれる難消化性の食物繊維を分解する細菌群が多いことがわかっている。どうりでパンダがむっくむくに太っているわけだ。食物繊維を分解して栄養に変えるから太るのだ!
では、痩せる人のような腸内環境を人工的に作れるのか? 逆に痩せて困っている人を腸内細菌で太らせることができるのか?
読者は「医療ダイエット」で使われるGLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)受容体作動薬をご存じだろうか。水溶性の食物繊維(納豆やワカメなどのネバネバした部分)をエサにする腸内細菌が作り出す脂肪酸が、GLP-1の分泌を促し、それが食欲中枢に働きかけて食欲を押さえることで痩せる。そのメカニズムに着目した薬だ。
つまり、太っている人は水溶性食物繊維(納豆や昆布などの海藻、意外なところでキウイ、オートミールなどの押し麦)を優先的に食べて、腸内に痩せる菌を増やせばよく、反対に痩せている人はしっかりした噛み応えのある野菜を食べて、太る菌を増やせばいい。
マウスに水溶性食物繊維のイヌリンを20パーセント含む食事を与えた実験では、体重増加が抑えられ、脂肪の蓄積も減ることがわかった。
20パーセントのイヌリン! 痩せるかもしれないが、人間の食事なら白米がほぼ全部イヌリンに置き換えられる勢いだ。そこまで極端な食事は人間には不可能だが、意識的に納豆や海藻をとることで、ゆっくり腸内を整えていくことはありだろう。
太るのも痩せるのも、竹をかじるのも、結局は腸内細菌の働きというのは面白い。
【参考】
「Pseudomonas-associated bacteria play a key role in obtaining nutrition from bamboo for the giant panda (Ailuropoda melanoleuca)」(Microbiol Spectr. 2024 Mar 5;12(3):e0381923)
「Why Does the Giant Panda Eat Bamboo? A Comparative Analysis of Appetite-Reward-Related Genes among Mammals」(PLOS ONE July 27, 2011)
「Fiber-Mediated Nourishment of Gut Microbiota Protects against Diet-Induced Obesity by Restoring IL-22-Mediated Colonic Health」(Cell Host&Micro VOLUME 23, ISSUE 1, P41-53.E4, JANUARY 10, 2018)
久野友萬(ひさのゆーまん)
サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。
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