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かつて南極観測隊が、航海の最中に目撃したものとは…… ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!
ネッシーとゴジラの違いとは。前者は実在する可能性があるとされた「未確認動物」で、後者は創作された怪獣という点です。ところが、創作ではなく、複数の目撃者がいる、「未確認動物としてのゴジラ」の記録があるのをご存じでしょうか。
ただ、その場合はゴジラの名前の前に、「南極の」とつきます。
【南極のゴジラ】――この怪物を目撃したのは日本人の南極観測隊でした。彼らは、この怪獣を目撃するまで、どのような航海をし、どのような状況にあったのか。出航から怪獣目撃に至るまでの記録を見ていきましょう。
1957年(昭和32年)10月21日、砕氷船・宗谷が日本を出発しました。
南極観測を目的とした第2次航海。船長は第1次航海と同じく松本満次。
南緯40度の暴風圏にさしかかったとき、海はまだ静かでしたが、南緯60度に下がってから急激に海が荒れだします。その後も予期せぬ自然の変化によって宗谷は12月23日、群氷(パックアイス)の海域に突入、1日に1キロメートルほどしか進むことができず、群氷域内でクリスマスを送ることとなります。
12月31日、早朝からブリザードが宗谷を襲いますが、外洋から70キロも続く群氷の中にいたことが幸いし、宗谷はまったく揺れません。ですが、視界は閉ざされ、船のまわりの氷の高さがどんどん高くなっていき、このままでは完全に閉じ込められてしまいます。
ブリザードは約2週間、1月13日まで吹き荒れました。溜まるばかりの船員たちのストレスを少しでも解消させようと映画を見たそうです。
航空偵察により、宗谷が関東平野ほどの氷野(視界に広がる流氷だらけのアイス・フィールド)に囲まれていることがわかります。その氷野ごと西に流され、1か月ほど漂流。リュツォホルム湾から出て、クック半島の北西27浬の海に達すると、北東向きの潮流に南寄りの風が加わり、氷野は北方に押されだします。その2月5日、このチャンスを逃すまいと全力の脱出を試み、6日にようやく宗谷は外洋に脱出。そのまま東に進んで2月7日、昭和基地の北方に到着します。
するとそこで、アメリカの砕氷艦バートン・アイランド号がヘリコプターを飛ばしながら、宗谷の救助にやってきました。松本は2日前にバートン号が来るのを通信で知っていましたが、とても悔しい思いだったそうです。
その後、宗谷はバートン号が砕氷した後について氷海を進みます。バートン号は常にヘリコプターを2機飛ばし、1機は船の周りを、もう1機は数十浬遠方まで偵察させていました。このまま順調に航行できると思われましたが、リュツォホルム湾の氷は固く、バートン号でも足止めを食うことになってしまいます。
2月11日、水上飛行機で第一次の予備観測の越冬隊員を基地から呼び戻して船に収容。
――そして、その日がきます。
1958年(昭和33年)2月23日。
悪天候の続くなか、スクリューを折られた状態の宗谷は、バートン・アイランド号の後ろについて航行していました。このとき、宗谷のブリッジには船長の松本、航海長、機関長、当直航海士、操舵員たちがいました。
午後7時ごろ、バートン・アイランド号の後方500メートルほど、宗谷から300メートルほど先の水面に、なにか黒いものが、ほっかり浮かび上がるのが見えました。よく見ると動物のようですが、それにしては大きすぎます。
「あそこになにかおるぞ」
その声に、一斉に視線が集中。
「バートン・アイランド号の落としたドラム缶だ」とだれかがいいますが、「7、8メートルの風が吹いているのに、空の缶が水中でまっすぐ立つはずがない」と松本は否定します。
その動物のようなものは、いきなり頭らしいものを宗谷のほうに向けました。
「あの大きい頭や目玉がわからないか。すごく大きい動物の頭じゃないか」
怪物の頭の長さは70、80センチメートル。大きな目、尖った耳、前から見ると牛のようにも見え、頭頂部が丸く、猿のようでもあり、10センチメートルほどの長さの黒褐色の毛が全身を覆っています。それは、ひとつの動物では言い表せられないような奇妙な姿でした。怪物は肩あたりから上を海上に出し、その状態で約30秒は見えていました。
当直航海士が双眼鏡で、目と耳が二つずつあるのを確認。機関長は大急ぎで私室へカメラを取りに行きますが、戻った時にはもう謎の怪物は船首の陰に入ってしまって撮りそこなってしまいます。
電気係の機関士は松本船長たちよりも近い距離で見ていました。彼の話では、怪物は船首近くで水に潜ってしまったが、その背中には縦に鋸形のような鰭が見えたといいます。毛の生え具合、顔の形などから鯨やアザラシとも違い、陸棲動物のようであったと証言しています。
目撃者全員で観測隊員の生物専門・吉井博士に報告しましたが、正体は不明。吉井博士は半信半疑ながらも、目撃できなかったことをひじょうに残念がったといいます。
この日、松本は23年前の、あることをとても後悔しました。
「あの日に見たもの」を、もっとよく調べておけばよかったと……。
1935年(昭和10年)、松本が神戸商船学校の実習生として、練習航海でニュージーランドへ行った時のことです。
オークランド大学の生物学の教授から、「世界でいちばん珍しいものを見せよう」と地下室へ案内されました。
そこには2尺ほどの大きさの箱があり、中に大きめの石ころと得体のしれない動物がいました。教授は箱の金網の引き戸を開け、その生き物をつまみだすとシャツをまくって自分の腕にのせます。それは1尺くらいの大きさで、イモリに似て、黒い胴には縦に鋸形の背びれがついています。皮膚は茶褐色、毛らしいものもあったようですが、はっきりしなかったそうです。
その姿に不思議さよりも気味の悪い気持ちが勝ってしまい、松本はまったく面白くありません。そうとも知らず教授は、その生物についていろいろと説明してくれましたが、言葉が満足に通じず、しかもまったく興味がないので、よく理解できませんでした。
「これこそ日本へのよい土産になるから」と、教授は詳しい学名などをメモに書いて松本に渡し、この生き物を撮影しておきなさいとすすめてきます。一応は撮ったそうですが、そのフィルムもメモも紛失してしまいました。
それから23年後、あのときのメモやフィルムがどれだけ大事なものであったか、松本は気づき、もっと注意して調べておけばよかったと後悔します。
彼は南極で目撃した怪獣を「南極のゴジラ」と命名します。
オークランド大学の地下で見たというその生物。学名もあったようですが、結局、不明のままだったのでしょうか。
「南極のゴジラ」同様、鋸形のような背びれがあったというのも気になります。
これらの記録は松本の著書『南極輸送記』にあります。
本書を古書で購入時、松本満次本人のものと思われる書簡と絵葉書などがついてきました。1956年、1957年、「南極のゴジラ」を目撃する前のものです。そこには、彼らが閉じ込められたリュツォホルム湾の危険海域の手書きの地図が描かれていました。
地図の真ん中が、彼らが苦戦を強いられた群氷海域です。
小説家の野村愛正が1968年に書いた『海の奇談』(大陸書房)は、著者が聞いた海にまつわる奇談をまとめたものです。この本の「海の怪物の信憑性」の章に、南氷洋で目撃された怪物の話があります。
昭和25年2月22日、あるいは23日、経緯度は定かではありません。大洋漁業の第一日進丸捕鯨船団は、群氷に入り込んだ数頭の鯨を残して集鯨を打ち切り、東方へ進路を向けました。
母船に従事するキャッチャー・ボートの一隻に乗っていた無電局長は、早朝6時ごろに船橋に上っていきました。
すると当直の操舵手が「あれはなんでしょうね」と指さします。左舷前方80メートルほどの海上に、なにか異様なものが1.5メートルほど、にょっきりと出ています。海獣の頭のようですが、双眼鏡で見てみると、鯨の頭とも違います。
同じものを双眼鏡で見ている当直の二等航海士に、あれはなんでしょう、亀のようではないですか、と問いかけると、よくわからない、と返ってきます。亀なら甲羅があるはずですが、そのようなものは見えないと。
それは、顔つきは亀に似ていますが、首のまわりが四斗樽ほどあるわりに頭が小さく、濃い褐色で、オットセイのような毛に覆われています。シマウマのように黄色い縞模様があり、ヒゲはありません。船が至近距離を通ってもおそれる様子もなく、動かずにじっと船のほうを見ています。
8インチの大望遠鏡でそれを見ると、すうっと水中に潜り、1、2分したらまた現れ、船のほうを見つめます。局長は大急ぎでメモ用紙にこれをスケッチし、朝食時に他の乗組員に見せたのですが、こんな生き物は誰も見たことがないといい、正体は不明のままだったといいます。
南の海には、知られざる怪物が潜んでいるのでしょうか。
さて、宗谷の乗組員たちに目撃された「南極のゴジラ」ですが、『南極輸送記』にあるスケッチでは、このような姿をしております。
ゴジラっぽくはありません。
【参考資料】
松本満次『南極輸送記』
野村愛正『海の奇談』
黒史郎
作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。
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