君は街角で円盤おじさんを見たことはあるか?/大槻ケンヂ・医者にオカルトを止められた男

    何をしているのかわからない人は、それぞれの町にいる。彼らは街角を守るヒーロー……だったのかもしれない。

    未確認ご近所ヒューマン

     ”ご近所UMA”とでも呼ぶべき存在があるかと思うのだ。
     どの街にもたまにいるだろう。特徴ありすぎるかっこうであるとか、特異な行動などでもって、ついつい目がいってしまう、というような人物だ。

    「たまにあの不思議な人を街で見かけるけれど、知り合いじゃないし正体不明なんだよな~」
     そんな人のことだ。
     人とわかっているんならUMA(アニマル)じゃなくてUMH(ヒューマン)だろう、と思うものの、まぁとりあえず。ここはUMAとさせてください。

     僕が子供の頃、近所に通称「にゃおんにゃおんじじい」という老人がいた。普通のおじいさんなのだが、道で出会った子供に向かって人差し指を上方にクイッ、クイッ、と曲げて「にゃおん、にゃお〜ん」と猫の声色をしてみせるのだ。僕も一度出くわしたことがある。わけがわからず死ぬほど怖かった。今にして思えばややネジのズレた子供好きの老人だったのかもしれないが、僕ら北原小学校の生徒たちは彼を、ご近所UMAとしてとても恐れた。

     またいつもサンダルを前後逆に履いて乳母車を押して歩く通称「マルさん」という謎の人物も町内にはいて、怖がられていた。「妙正寺川の近くでにゃおんにゃおんじじいとマルさんに挟みうちにあった!」生徒がいるとのまことしやかなウワサも校内に流布したものだ。

     大人になって思えばマルさんも何かご事情のある方であったのであろうと思うけど、なぜ前後逆のサンダルで歩けたんだマルさん? いまだに不思議である。

     ……数年前から近所で謎の行動をとる人物をたまに見かけるようになった。
     おじさんだ。僕は同世代だと思う。彼は、昼でも夜でも、街角にひとり、たたずんでいるのだ。飲み屋街に入る小路の角とか、100円ショップの前とか、バス停の付近とか、ひとりぼっちでたたずんで、空を見上げて、その片手に奇妙なものをいつも持っている。

     それは円型の平たい厚紙のようなものに割りばしか何かを刺したスティック状のものだ。
     そいつを、空に向けて、厚紙の部分をくるくると回しているのだ。
     まるで空高くにいる何かにその回転を見てもらいたいかのようだ。時には手を上方に伸ばしてくるくるくるくるとずっと回し続けている。

     なんだろう? わからない。ちょっと怖いので、すれ違うときには目を合わさないようにした。といっても彼の目はいつも遠くを見ているから僕と目の合うことなどないのだけど。すれ違い、15メートルも歩いてから振り向くと彼はまだくるくると円形のものを空に向かって回し続けている。奇妙なのである。

     しかし、僕が彼を見て特に「奇妙だな」と思ったのは、彼の行動それ自体以上に、僕が彼の謎の行動に対して『なんかあのくるくる、記憶にあるなぁ』と、不思議な既視感を持った点なのだ。

    「あのくるくる、どこかで前に見たことがあるぞ! え? 何だっけ…あっ!」

     ハッと思い出した。思い出してみればそれは、見たことがあるどころか、自分も昔やったことがあった。

    「あれはヒューマンサインだ! 『突撃!ヒューマン!!』だ!」

    1972年の特撮ヒーロー

    「突撃! ヒューマン!!」とは何か?
     それは1972年にわずか12本だけ放映された幻のヒーロー番組のことである。成田亨デザインのシルバーに輝くフォルムを持ったヒューマンは、土曜日午後7時半という「8時だヨ!全員集合」の直前、ゴールデンタイムに放映が開始された。でも短命に終わった。打ち切りの理由は多々あっただろうが、このヒーロー番組がアニメでも特撮でもなく、舞台で行われた着ぐるみ怪獣ヒーロー劇を公開録画で放送するという斬新にすぎるスタイルに挑戦したことが大きな原因であったと思う。
     それこそ「8時だヨ!全員集合」のように、ホールにお客さんを入れて、舞台で役者と着ぐるみが活劇を演じて見せたのだ。カトちゃんや仲本工事ではなく、怪獣とヒューマンが格闘するステージ上の光景には強い違和感を子供ながらに感じたものだ。こりゃなんか変だ。

    「違う違う。そうじゃ、そうじゃない」と、鈴木雅之の歌のようなことを当時テレビの前で思ったものだ。

     ヒューマンが舞台上に現れる直前には「みんなでヒューマンサインをやろう!」というような煽りが舞台上から発せられたように思う。役者が言ったか、ナレーションだったか、ともかくそれに合わせて、子供たちは「ヒューマンサイン」を送ったものだ。「テレビの向こうのみんなもだよ!」と呼びかけられたと思う。僕はそれを聞くとあわてて、当時ヒューマン放送前に子供向けテレビ雑誌の付録としてついてきたヒューマンを呼ぶための円形の厚紙に、割り箸をつっ込んで、テレビに向かってくるくるくるくる回して叫んだものだ。

    「来て! ヒューマン!!」

     するとテレビの中でピアノ線に吊られたヒューマンの人形がユルユルと舞台の端から端に飛んで行った。ハッキリ人形だった。見えなくなると物陰から成田亨デザインのスーツに身を包んだヒューマンがヤーッ!と登場するのだ。

     その演出は子供心にも安っぽかった。
     やってられんわ、と僕は2回目からもうヒューマンサインを送るのをやめてしまった……。

    ヒューマンサインは届いたのだ

     それから何十年経ったであろうか。まさか令和の今に再びヒューマンサインを見るなどとは!?

     いや、わからない。確証は無い。「あの、それ……ヒューマンサインですよね?」とおじさんに尋ねる勇気もない。だが、ちょうどいいサイズの円型のものを棒でさして空に向かってくるくると回し続けるという行為に、僕はヒューマンサイン以外のものを何ひとつとして知らない。
     あれはヒューマンサインだ。
     だとしたら、おじさんは何故に放送終了から何十年も経った今、突撃ヒューマンを召喚しようとしているのか? おじさんに一体何があったのか?

     いやむしろ、今、この世界に何があったのか? それこそを考えるべきなのかもしれない。

     いい大人が、昼でも夜でも、ひとりぼっちでも、街角に立って、延々と、ヒューマンを呼ぶために、空に向かってヒューマンサインを送り続けなければならないほどの、のっぴきならない大問題に今、世界は包まれているということなのかもしれないではないか。
     きっと、それを知ったおじさんは、たった1人きりで、この世界の片隅で、孤独な戦いに臨んでいたのだ。ご近所さんに白い目で見られても、大槻ケンヂにご近所UMA認定されても……。

     と、ご近所UMAおじさんに「突撃! ヒューマン‼︎」の妄想が膨らんでいたのだけれど、最近、このおじさんに大きな変化が起こった。

     ヒューマンサインを街角で送らなくなったのだ。

     相変わらずたまに見かけるけれど、ただたたずんでいたり、道端に座り込んでいたり、でも、円形のものをもう持っていないのだ。棒状のものも無い。彼は何もくるくる回さなくなったのだ。おじさんはヒューマン召喚を諦めたのだろうか?

     いや、逆に、だ。「突撃!ヒューマン!!」はもう来たのかもしれない。
     ご近所UMAおじさんによる何十年ぶりのくるくるヒューマンサインによって、ピアノ線に吊られてかはわからないが、ヒーローはこの地上に再び現れ、悪の何某かを一瞬でなぎ倒し、また空の彼方へ遠く去っていったのかもしれない。

     ヒューマンによって地球の平和が守られたことを見届けたおじさんは、もう、ヒューマンサインを送ることを止め、単に、街角にたたずむひとりぽっちのおじさんになったのだ。

     また地球の平和に暗雲の垂れこめた時、おじさんは再び空に向かってヒューマンサインを送り始めるのであろう。

     来て! ヒューマン! くるくるくるくる……

    「突撃!ヒューマン!!」の当時の放送映像は現在一切残っていないそうだ。72年、それほど多くはないであろう子供たちだけが観た幻のヒーローなのだ。ヒューマンサインは、僕たちの記憶の中だけで共有されている。この街では、僕と、ご近所UMAおじさんは、知っている。

    今回から「手書きした原稿を読み上げてテキスト化したデータ」も届きました。

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