君はクライシスアクター派遣先のお弁当を妄想したことはあるか?/大槻ケンヂ「医者にオカルトを止められた男」

文=大槻ケンヂ 挿絵=チビル松村

    演出された事故や災害現場で死傷者役を担うクライシスアクターたち。オーケンの脳内を舞台に、劇団クライシスの幕が上がる。

    ワニに欠けていたもの

     僕が初めて芝居をしたのは学芸会だった。役名は“ワニその2“だ。”その3“だったかも。ま、端役だ。
     それでも昭和の小学校の学芸会といえば晴れ舞台だ。二行の台詞を覚えて夢中で熱演した。興奮した。でも翌年は舞台上に僕はいなかった。教室内で行われた学芸会出演オーディションに落ちたからだ。

     芝居上手と思い込んでいた小三の僕はショックを受けた。先生に「なんでですか?」と理由を尋ねた。すると先生が「うん、確かに大槻の演技は目立っていた」「じゃあなんで」「だがな大槻、お前の芝居はただ目立ちたいだけの大げさなものだ。お前には、役者の心とさりげなさがない。だから落ちたんだ」

     小三相手に役者の心とさりげなさを説く教師ってどうなの? と今でも思うが、昭和の学校の先生は基本そんな事を言う存在だった。僕は合唱班に回され、学芸会当日はカスタネットを叩いた。

    “クライシスアクター”の話を聞くと、なぜか学芸会で落ちた日のことを思い出す。

     クライシスアクターは2010年以降からささやかれ始めた陰謀論だ。
    「テロ、事故、疫病、戦争などの被害者は、実は俳優が演じている。ニュースの映像に映っているケガ人や死者も、事務所から派遣された役者なのだ」という奇想天外な説である。ボストンマラソン爆弾テロ事件、エボラ出血熱、近年ではウクライナ侵略などの映像に、クライシスアクターの演じる悲惨な状況の人が映っているという。そうやって事件を捏造して、情報操作によって利を得ようとする組織、政府、その他の陰謀であるらしい。
     諸説あるが、クライシスアクターは登録制で、彼らをマネージメントする事務所が存在し、そこから「はい、〇〇さん今日はここの学校で銃乱射事件を捏造しますんで、死体役やりに行ってください」などと各地に派遣されていくらしい。

    「はい〇〇さん、今日は〇〇線で無差別テロ作りますんで、被害者役でちょっと行って下さい」
    「了解です。ちなみになんですけど、クライアントはメイソンさんですか? CIA?」
    「それは言えないんですよ。ただ行って、ちょっと死んで来てもらえます?」
    「ですよね。はい、了解しました」
     そう答えて、クライシスアクターは現場へ赴くのだ。

     血のりや服は経費で落ちるんだろうか? けっこう自前なのではないだろうか? ギャラはそんなに高くは無いといわれている。弁当のひとつも支給されるのか? 弁当屋が「金兵衛」だったら「あ、やった。美味いとこのだ」と、ライブの日の楽屋のバンドマンのようにちょっとうれしくなったりもするのか? お肉かお魚かどっちか選んで、腹ごしらえしたら自分で血のりを体につけて、ガレキの下に横たわって、カメラも自分で回すのかもしれない。「ううっ」とうめいてみたりして。
     迫真の芝居をクライシスアクターはしなければならい。けれども、それはドラマではない。ドキュメントとしてなのだ。現実の事件の当事者なのだから。オーバーアクトであってはならないはずだ。真にせまるけれど熱演にはならない抑制された芝居が必要だ。そのコツは何だろう?

    「役者の心とさりげなさ」

     もしかしたらそんな辺りがクライシスアクターには必要なのかもしれない。

    クライシスアクターに役者の心はあるか?

     そもそも、クライシスアクターは役者志望であったのか? それぞれにそれぞれの理由があってクライシスアクターの仕事にたどり着いたのであろうけれど、中には、役者志望の者もいただろう。

     彼ら彼女らはなぜ役者を志したのか?
     もしかしたら子供のころに学校の発表会でワニその2なり3なりを演じて夢中になった体験がわすれられなかったのかもしれない。翌年の発表会は教師にいろいろいわれてもう舞台には立てなかったけれど、その後も自分なりに芝居を続けて、小さな劇団に入ってシェークスピアを学び、青春の全てを芝居に費やした。大人になって映画の端役も掴んだが、人気俳優になれなかった。仕事も無く金もない、気がつけばいい歳になっていた。夢は捨てていない。でも、その先が見えない。どうしよう? そう思った時、彼はSNSでこんな求人を見つける。
    「クライシスアクター急募! 世界のいろんな場所でお芝居をしてお金をかせぎませんか!? 芸術界、財界、政界と強力なコネ有り!」
     クライシスアクターの事務所はわりとオープンに役者募集をしているとの説もあるのだ。
    「これだ! もう俺に残された芝居の道はこれしかない」
     彼は心を決め速攻で履歴書を送った。そうして数年が経ち、彼は今ではクライシスアクターの名優だ。これまで世界のあらゆる場所へ行って、被害者役を演じてきた。東洋の電車内で作った事件の時には、犯人役まで演じたほどだ。彼が演じた被害者役の動画は合わせればもう一億近く再生されている。彼は思う「まっとうな役者になれなかったけれど、役者にはいろんな道がある。華々しいスターもいれば、ガレキの下のスターだっているんだ。俺は、後者でいい。俺はクライシスアクター! ガレキの下のスターさ!」
     しかし、思ってもみなかったことが彼の身に起こる。アカデミー賞を裏で牛耳っているユダヤ系の某クライアントさんが、クライシスアクターの活躍に興味を持って、秘密裏に“アカデミー賞クライシスアクター部門”を新たに設立。その栄えある第一回目受賞者に彼を選んだとういうのだ。
     エプスタイン島を貸し切って行われた裏アカデミー・レセプションに彼は一張羅のスーツで出かけた。レッドカーペットを歩き、人々の喝采の中、ウィル・スミスから裏オスカー像を手渡された彼のガッツポーズ!
    「ガレキの下から世界中の陰謀に感謝します! 陰謀ありがとー」
     その時である。ドーン! と大きな音と震動が響いて会場の人々が四方八方に飛び散った。悲鳴、怒号、気づけばガレキの下にたおれていた彼は、一瞬にして、これが反裏アカデミー派による爆破テロであり、それによって自分の右腕がもう失われていることを理解した。
     それでも彼はガレキからはい出し、立ち上がり、その場からヨロヨロを走り去ろうと試みる。足元で埃まみれのウィル・スミスが彼にいった。
    「待て! あんた片腕がふき飛んでしまっているぞ。すぐに医者に行かなきゃダメだ。そこを動くんじゃない。」
     すると彼が、ウィル・スミスにいったのだ。
    「…ウィルさん、私はクライシスアクターなんです。テロや戦争を捏造する役者なんです。私がこの場にいたら、このテロも捏造されたものだと思われてしまう。私は私に役者としての舞台を与えてくれたクライシスアクターという仕事に心から感謝しています。そしてクライシスアクターの仕事を認めて下さった裏アカデミーの方々にも心から感謝しています。だから反裏アカデミーのテロを許すことができないし、捏造されたテロだなんて絶対に思われたくない! そのためには私がここにいたらダメなんです。だから去ります。この場から消えます。死んだっていい。さようならウィルさん、裏アカデミー賞をありがとう」
    「…OH! わかった…アンタはアンタで役者なんだな。じゃあ一言だけ。例え舞台を降りる時も、忘れるな、役者の心とさりげなさを」

    ※中盤からほとんど筆者の妄想です。あしからず。

    大槻ケンヂ

    1966年生まれ。ロックミュージシャン、筋肉少女帯、特撮、オケミスなどで活動。超常現象ビリーバーの沼からエンタメ派に這い上がり、UFOを愛した過去を抱く。
    筋肉少女帯最新アルバム『君だけが憶えている映画』特撮ライブBlu-ray「TOKUSATSUリベンジャーズ」発売中。

    関連記事

    おすすめ記事