「人工子宮」の実用化で少子化ディストピアが加速する悪夢! 選民社会が人類滅亡へつながる

文=久野友萬

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    大陸の沈没、隕石、毒性ウイルス、核戦争――さまざまな終末論が語られ、どれも説得力があるものだ。だからどのような形であれ、今の文明が終わる時は派手な最期を迎えるのだろうと誰もが考えていたと思う。しかし現実は違う。終わりは静かに、すでに始まっていた。私たちの文明は、子どもが生まれずに滅ぶのだ。

    人類滅亡のカウントダウンは少子化だった

     日本でも少子化が取り沙汰されているが、出生率の低下は日本だけの問題ではない。2023年にCIAが発表した世界の出生率ランキング(CIAはスパイ組織かと思ったら、こういう仕事もするらしい)で、出生率が2以上の国は1位がニジェールで6.73、2位がアンゴラで5.76、それ以下は出生率2.02で102位のフランスまで、ほとんどアフリカ諸国が占め、ところどころ中東とアジアが入るぐらいで、まったくと言っていいほど先進国や中進国の名前は入っていない。辛うじてイスラエルが67位(出生率2.54)、インドが95位(同2.07)に入っているぐらいだ。

     出生率が2を切ると人口は減少に転じる。このまま推移すれば、未来の地球はアフリカ人のものだ。欧米人もアジア人も絶滅危惧人類である。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     アジアは中国があるじゃないかと思うかもしれないが、中国の出生率は1.45である。ちなみに日本は1.39で215位、日本より下にはスペイン、イタリア、香港、韓国など12か国しかなく、最下位の227位は台湾で1.09だ。

     なぜ国が豊かになると少子化が進むのか、明確な理由は見つかっていない。女性が働きに出ているから、便利になり過ぎたから、経済のせいなど理屈はいくらでもつけられるが、どれも正解ではないだろう。たぶん成熟した文明の持つ宿痾、すべての文明がたどって来た滅びの道を私たちもたどり始めただけだ。人口増加ではなく人口減少で文明は滅ぶのだ。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     しかし、今を生きる我々は、かつての古代文明と異なり、史上空前の科学技術を手にしている。すべての倫理観を取り払い、文明の滅亡を避けるために全リソースを少子化対策に向けたとして何ができるのか?

    人工子宮で人類滅亡を回避?

     ドイツの科学者でサイエンスコミュニケーターのハシェム・アル・ガイリが提唱する人工子宮コンセプト『エクトライフ(EctoLife)』は、人工子宮を使った赤ちゃん工場のコンセプトだ。完全無菌状態の工場で、一度に3万人の赤ん坊を「生産」できる。

     エクトライフは少子化対策を謳っているが、その目的は実際のところ女性を出産から解放することにある。人工授精させた受精卵から子どもを育て、親はたまごっちでも扱うように、ネット経由で子どもの発育を確認する。胎教も可能で、スマホから母親の声を人工子宮に送ることもできる。

     栄養はといえば、へその緒ではなく、へそにつながれたチューブから成長因子や酸素などを含んだ培養液が流し込まれる。この技術は、現在進行中の人工培養肉の応用だ。

    画像は「ECTOLIFE」より引用

     内閣府が推し進めるムーンショット型研究開発事業(破壊的イノベーションをもたらす事業)でも、出産はテーマのひとつだ。現在をVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の英語表記の頭文字)時代と定義、その結果、孤独と不安がループを作り、人間が本能として持っている出産の喜びを抑え込んでいると指摘する。

     現代は核家族も当たり前になったが、もとは大家族制であり、一生を通じて生き方を親族から学んでいく。本来の出産と育児は親族の手助けと経験によって行われるもので、保健所主催の育児講座で学ぶものではないわけだ。

     出産と育児のサポートがなくなった世界で出産しろと言うのも無理な話だが、人口の減少を食い止めなければ労働人口が減り、国は成り立たなくなる。年金にしても税金にしても、世代間の相互扶助で成り立っているからだ。

    画像は「ECTOLIFE」より引用

     そこで出産率を上げるために考えられているのが、不妊を病気として治療し、超高齢出産を可能にする技術と人工子宮による代理出産だ。

     ムーンショット型研究開発事業のレジュメには、「完全なる人工子宮による生殖のex-vivo化。生物学的に男性でも妊娠できる技術」とある。ex-vivoとは生体の外という意味で、この場合、体外妊娠という意味だ。

    実用段階に入っている人工子宮

     ムーンショット型研究開発事業が構想する不妊治療では、妊娠しやすいように精子や卵子を遺伝子操作したり、子宮移植やポリマー性のバイオエンジニアリング子宮(子宮のサイボーグ化といっていい。ウサギの実験では10羽中4羽が出産した)、iPS細胞による人工卵子や人工胚の製造など、現在の倫理観なら許されそうもない技術が含まれている。

    人工子宮で育てられて4日目の羊と28日目の羊 (c)Partridge et al/Nature Communications/creativecommons.org/licenses/by/4.0/

     一方の人工子宮の研究はどこまで進んでいるのか? 2017年にアメリカの胎児外科医アラン・フレイクが妊娠107日目の羊の胎児を人工子宮(「バイオバッグ」という名称で、ビニールパックを羊水の化学成分を模倣した人工羊水で満たしている)に移し、28日間の生育に成功したことを発表した。羊は無事に成長して出産(?)、牧場で暮らしているという。同様の研究は東北大学でも行われており、人間が早産した場合、胎児を外部で成長させられるかどうかに研究の主眼が置かれている。

    人工子宮で育てられるサメの胎児 画像は「一般財団法人 沖縄美ら島財団」より引用

     2022年には、沖縄美ら島財団がサメの一種であるヒレタカフジクジラの胎児を人工子宮装置で成長させることに成功した。卵を体内で孵す胎生のサメもいるのだ。

     同じく2022年、イスラエル・ワイツマン科学研究所のジェイコブ・ハンナ教授らは子宮に着床した直後のマウスの受精卵を取り出し、特殊な増殖用培地で胎児まで成長させることに成功した。

    AIナニーの概略図。胎児ではなく、胎児に成長する胚を人工的に培養する。 画像は「蘇州生物医工学技術研究所」より引用

     さらに中国では、蘇州医用生体工学研究所が受精卵を胚まで成長させる「AIナニー(乳母)」というシステムを開発。管理用AIが胚の状態を正確にコントロールし、着床しないまま、胚を一定サイズまで成長させている。担当の研究者は中国の危機的な人口減少への対抗策だと言い、倫理的な問題(国際法では人間の胚の培養を禁止している)がクリアできれば、両親がオンラインで胚の状態を観察しながら胎児への成長を見守るシステムも可能だという。

     倫理的な問題や医学上の問題は立ちはだかっているものの、人工子宮によって体の外で胎児を育てる技術は実現の一歩手前まで来ているのだ。

    科学が生み出す究極の階級制度

     日本で生まれる子どもの数は年間80万人強だ。出生率を現在の1.3から2.0へ上げるには、40万人以上増やさなくてはならない。

     だが、先述の人工子宮で子どもを作るのもお金がかかる。そこで、まずはお金持ちをターゲットに据える。

     野村総合研究所によれば、日本の富裕層は149万名、その純金融資産総額は364兆円だそうである。人工子宮なら年齢は無関係で子どもを作ることができるし、高年齢者の劣化した精子や卵子もiPS細胞でリフレッシュできる。富裕層をターゲットに遺伝子操作した子どもを作らせ、少子化を回避するというのは、これぞ異次元の少子化対策だろう。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     自分の子孫に権力を継がせたいという欲望は、老いた権力者なら誰もが抱くだろう。人工子宮なら、人間のように免疫の拒絶もなければ、私が代理出産をしましたと訴え出られる心配もない。さらに技術が進めば、現在は細胞のDNAを他人の卵子の核に埋め込んでいるがクローン技術も、自分の細胞から作った精子と卵子で胚を作ることができる。クローン以上のクローン、細胞質まで完全に自分をコピーしたクローンを作ることも可能なのだ。

     そうなった場合、氏も育ちも完全に富裕層がコントロールする超エリート層ができることになる。遺伝子レベルで一般人とは隔絶され、庶民は子どもを持つことができなくなるだろう。科学の力で生み出すカースト制度だ。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     未来の庶民は、子どもを産むことを禁止され、子どもを産まない自由があった現代を羨ましく思うかもしれない。もちろん富裕層に頼らず、人工子宮を健康保険適用にして万人に開放する方法もあるが、たぶん実現しないだろう。人間はあさましい生き物だからだ。

     このまま私たちは静かに滅んだ方がいいんじゃないかと思うのは、現代人の勝手な言い草だろうか。

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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