人気者にはハナがある? 駄菓子屋さんや児童書に出現した「かさおばけ」百態/黒史郎・妖怪補遺々々
ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」! 今回は、だれもが子供の頃に出会っている、あのお化けを補遺々々します
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昭和オカルトの特大級ネタながらも、安直すぎる名前のインパクトも強烈な「ニューネッシー」。その命名の経緯とは…?
このコラムで主に扱うのは昭和オカルトブームのアレコレの「すき間」に置き捨てられている「忘れかけた話題」ばかりなので、モロな大ネタにはあまり触れてこなかった。だが、今回のテーマはあの「ニューネッシー」! 僕ら世代にとっては昭和オカルトの「ど真ん中」に君臨する超ベタな特大ネタである。
「1977年4月25日、日本国籍のトロール船『瑞洋丸』が、ニュージーランド沖で首長竜に似た謎の生物の腐乱死体を引き揚げた!」
このニュースが大きな話題を集めたのは、国内の大手新聞が大々的に報じた同年7月からだった。全長約10メートル、重さは1800キログラム、首の長さは1.5メートル。撮影された鮮明な写真が新聞、週刊誌、学年誌などの児童雑誌、オカルト児童書などに掲載されまくり、さまざまな議論を呼んだ。
肝心の死骸そのものは「あまりに腐敗臭がひどかった」ため、すぐに海へ投棄されてしまったが、未確認生物発見の証拠として死骸から引き抜かれたヒゲ状の物質が持ち帰られたという。雑誌の記事などには「そんな貴重な生物の死体を発見しておきながら“臭いから捨てた”なんて軽率すぎる!」みたいな「識者の苦言」が掲載されていた。当時は僕も「そうだ、そうだ!」と、正体不明の死体を捨ててきたという乗組員たちに腹を立てた。
この騒動に対する大人たちの反応は、あくまで当時子どもだった僕の個人的な印象だが、メディアはやたらと盛りあげていたものの、多くの人たちは「またこういう話か」といった感じで、ちょっと冷笑的だったように思う。
しかし、もちろん僕ら子どもたちは心底興奮していた。ほどなくして「正体は腐敗して変形したウバザメの死骸」という説が有力になり、多少テンションは下がったものの、それでも多くの子が「いや、まだわからないゾ!」と自分に言い聞かせつつ、「今もどこかで生きている古代の首長竜」のイメージに胸をふくらませていたと思う。
当時のことで印象に残っているのは、騒動から数年後の80年代初頭、中学校で配布された社会科の教科書だったか、あるいは副読本の「社会科資料集」だったかに、デカデカと「ニューネッシー」のカラー写真が載っていたことだ。年代ごとに「社会の主な出来事」をまとめたページがあって、「1977年の事件」として「ニューネッシー」騒動が詳細に紹介されていたのだ。誰かがそれを見つけて「あっ! ニューネッシーが載ってる!」と叫んで、教室中が大騒ぎになった。「UMAの話題が教科書に載るなんて!」と僕もビックリしたのを覚えている。
ことほどさように「ニューネッシー」騒動は僕ら世代を魅了したのだが、あまりに語り尽くされてきたネタをこれ以上長々と書いても仕方がないし、その正体はすでに「ウバザメ」ということでほぼ確定しており(もちろん当時からさまざまな異論も出ていたが)、今さらその反証をしてみせる技量が僕などにあろうはずもない。ここで考えてみたいのは名前について、「ニューネッシー」という呼称についてなのである。
この騒動が今では半笑いでしか語られない大きな要因は、「ニューネッシー」という安直過ぎるネーミングセンスにあると思う。しかし、初期の報道では「ニューネッシー」などという呼称は用いられていなかった。ニュースが国内に知れ渡るのは朝日新聞などが盛んに記事を連発した7月以降だが、この段階ではメディアは主に「南太平洋のネッシー」「ニュージーランド沖のネッシー」、あるいは単に「海の怪物」という呼称を使っている。記録が残っていないテレビのワイドショーなどはわからないが、多くの紙メディアは10月に入ってから急に「ニューネッシー」を乱用しはじめ、学年誌などがこぞって特集を組んだ。「ニューネッシー」というトホホな呼び名が完全に定着したのはおそらくこのタイミングで、あくまで推論だが、もしかしたら最初は児童雑誌が提示した「子どもにもわかりやすい名前」だったのかも知れない。
名前が決まるまでの数か月の間に、この「正体不明の怪獣」に独自の呼び名をつけようとした人物がいた。自切俳人(ジキル・ハイド)、精神科医兼ミュージシャンという異色の肩書を持つ北山修の別名である。
彼は自分のラジオ番組「自切俳人のオールナイトニッポン」でリスナーに「あの謎の生物に名前を付けよう!」と呼びかけ、ネーミング案を募集。寄せられた多数のアイデアのなかから選ばれたのが「ユメカシーラ」……。まぁ、この名前もどうかとは思うが、「夢かしら?」と「シーラカンス」を掛け合わせたアイデアは、「ニューネッシー」の安直さよりもはるかにマシだろう。
「ユメカシーラ」については、北山自身の作詞、「戦争を知らない子供たち」で大ヒットを飛ばした杉田次郎の作曲で歌までつくられ、1978年に「高石ともや&ザ・ナターシャセブン」がレコードを出している。大ヒットというわけにはいかなかったが、TBSの幼児番組『ワンツージャンプ!』の挿入歌として採用された。
UMAの名前に「シーラカンス」の名称が用いられるのは、もしかしたら今の若い人にはちょっとピンとこないかも知れない。僕ら当時の子どもたちにとって、「生きている化石」と呼ばれた「シーラカンス」は、「プレシオサウルスの生き残り」とされた「ネッシー」の実在可能性を担保する最重要生物だった。絶滅したと思われていた古代魚が今もシレッと生きていた!という大発見こそ、僕らが「ネッシー」を信じ続ける原動力になっていたのだ(シーラカンスの現生種が発見されたのは1938年。この発見については70年代のオカルト児童書がUMAを語る際、よく引き合いに出された)。僕ら世代にとって「シーラカンス」は、「未知」への夢と冒険とロマンの象徴だったのだ。
そういう時代に育ってしまった僕らは、昨今の「ネッシー」に関する考察の数々を目にすると、なんだかちょっと悲しくなってしまう。人々の「ネッシー観」から、ダイナミズムのようなものがどんどん失われているように思えてしまうのである。
僕の子ども時代、オカルト児童書などで紹介される「ネッシー」の体長は、たいてい「20~30メートル」と表記されていた。中には「90メートル」としている本もあったのだ。当時の「ネッシー」は主に「プレシオサウルスの生き残り」と考えられていたわけだが、その「プレシオサウルス」の体長が実際には4メートルほどだというから、まったくメチャメチャな話である。しかし、僕らはその「デカい!」という部分に魅了されていた。
「ネッシー」はやはり幻の「怪獣」、あるいは人知れず現代に生息する「恐竜」であってほしいのだ。ところが、どうも最近はこの古代生物説は「時代遅れ」になっているようで、現在考えられている「ネッシー」の体長は最大でも10メートルほどに設定され、その正体はウナギだとか、ナマズだとか、ウミガメだとか、あるいは巨大ナメクジのような「タリーモンスター」(これはこれで興味深いのだけど)という推論が有力になっているらしい。
古代の首長竜の姿を夢見ていた元・少年にとって「ネッシーはウナギだった!」などという話はどうにも受け入れがたい。より現実的な考察なのだろうが、現実的であろうとするあまり、未知への想像力がこじんまりと萎縮し続けているような感じがする。それならばいっそ「ネッシーはいなかった!」という方が、夢の終わり方としては美しいとすら思ってしまうのである。
しかし、今年(2022年)7月、モロッコの地層からプレシオサウルスの化石が発見された。太古には川が流れていた場所だという。この発見で海の生物だと考えられていたプレシオサウルスが実は淡水にも生息していたのでは?…という新説が話題を集めた。昔から「ネッシーは恐竜ではない。淡水湖であるネス湖ではプレシオサウルスは生息できない」といった意見があったが、これが今さらながら覆されつつあるらしい。
これを機に、また「ネッシー=怪獣・恐竜」説が盛りあがらないかなぁ…と個人的には期待している。「ネッシー」にはやはり「失われた世界=LOST WORLD」の象徴であってほしいし、再びあの荒唐無稽なほど巨大な「雄姿」を取り戻してほしいのだ。
初見健一
昭和レトロ系ライター。東京都渋谷区生まれ。主著は『まだある。』『ぼくらの昭和オカルト大百科』『昭和こども図書館』『昭和こどもゴールデン映画劇場』(大空出版)、『昭和ちびっこ怪奇画報』『未来画報』(青幻舎)など。
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