この宇宙が一瞬で消滅する「偽真空崩壊」は起こるのか? “宇宙的ロックダウン”状態が終焉する戦慄のシナリオ

文=仲田しんじ

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    この宇宙が、一切の予告もなく突然崩壊する――そんな可能性について科学者たちは考察を進めている。

    この宇宙が“ニセ”の真空である可能性

     137億年前に生まれたこの宇宙は、いったいどのような終焉を迎えるのか。物理学者たちは宇宙の終焉について数々の興味深い理論を提唱している。その一つに、「この宇宙が最も安定した状態ではない」とする説がある。もし宇宙が真の安定した状態に移行すれば、われわれを含めすべての物体は量子的に消滅してしまうというから興味深くもあり恐ろしくもある。

     この理論は「偽真空崩壊」と呼ばれる。宇宙は局所的観測者であるわれわれには安定しているように見えるが、実は最も安定した状態――つまりエネルギーが最小となる真の真空状態にはない可能性が研究によって示唆されている。つまり現状は偽真空であるというのだ。

     そしてもし、偽真空状態である宇宙がより安定した状態へと「トンネル効果」によって移行すれば、現実世界は消滅してしまう。この宇宙規模の移行は光速に近い速度で膨張する量子バブルを生み出し、予告なく物理法則を完全に書き換えてしまうのだ。

     いったいどういうことなのか。より理解を進めるために、まずは「ヒッグス場」の理解が求められる。

     ヒッグス場とは宇宙空間全体に広がっている目に見えない“場”のことで、その揺らぎが生み出すヒッグス粒子が、素粒子にまとわりついて抵抗を与えることで、質量(重さ)を生み出すと定義される。ちなみに2012年にCERN(欧州原子核研究機構)のLHC(大型ハドロン衝突加速器)によってヒッグス粒子の存在が確認されている。

     現代の素粒子物理学の基本である「標準模型」に基づく計算によると、ヒッグス場は最低エネルギー状態ではなく、偽真空状態にある可能性があり、より低い第二の極小値が存在する可能性があるという。

     量子場理論において「偽真空」とは、たとえば谷底の最も底の部分ではなく、山の斜面にある浅いくぼみに留まっているボールのように、長期間にわたって安定している状態を指す。つまり、われわれの宇宙は斜面に引っかかっているボールのようなもので、なにかのきっかけで窪みから外れて谷底へと転がり落ちてしまうかもしれないのだ。

     そのきっかとして、量子力学的には「トンネル効果」が挙げられる。トンネル効果とは量子力学において、電子などのミクロな粒子が波動となって物理的な壁などの向こう側へと到達する現象である。トンネル効果によってこの宇宙が斜面の窪みの外へ出てしまえば、後は転落するだけである。そして谷底という真の真空状態に到達すると、われわれの宇宙の“化けの皮”が剥がれて崩壊するというのだ。

    Gerd AltmannによるPixabayからの画像

    動けない「宇宙的ロックダウン」状態とは

     しかし新たな研究によると、この滅亡シナリオは恐れられているほど起こりそうにないことが報告されている。だとすれば、まずはホッと一安心できるかもしれない。

     英ポーツマス大学と米シラキュース大学の研究チームが今年9月に学術誌「Journal of Cosmology and Astroparticle Physics」で発表した研究では、初期宇宙の急速な膨張が量子効果を引き起こし「宇宙的ロックダウン」と呼ぶ状態に宇宙を閉じ込めたメカニズムを説明している。そのため、たとえこの宇宙が実際に偽の真空状態にあったとしても、崩壊する可能性はきわめて低いということだ。

     とはいえ「今回の結果は、宇宙の現在の状態が永遠に安定し続けることを証明するものではなく、ヒッグス場(素粒子に質量を与える場)が最終的に崩壊する可能性を決定づけるものでもありません」と、研究チームのグレゴリー・カプラネック氏はプレスリリースで念を押す。

     ヒッグス場は宇宙空間の全体に一様に満たされている場であり、どこか一部にだけ孤立して存在するものではない。研究チームのモデルは、あくまでも急速に膨張する空間におけるヒッグス場の進化を評価するものだ。そして計算の結果、ヒッグス場のトンネル効果はデコヒーレンスによって抑制されることが分かったという。デコヒーレンス(量子デコヒーレンス)とは、量子力学において電子や量子ビットなどの「重ね合わせ状態」が、周囲の外部環境と相互作用することで乱され、量子的な性質を失う現象である。

    Pete LinforthによるPixabayからの画像

     研究チームによると、考えられるシナリオは2つあるという。ヒッグス場が宇宙の膨張率に比べて重ければ、この宇宙は真の真空に近づく可能性が高い。そしてもし軽ければ「システムは変化に追いつけず」、おそらく偽の真空のままであるということだ。

     デコヒーレンスは、この宇宙が最終的に陥った局所的な最小値に、システムを「固定」する働きがあるという。これは量子ゼノン効果によるもので、観測されている量子システムが、ある状態から別の状態へ移行するのに難儀する理由となる。この場合、(環境自体の相互作用によって)「場の状態に関する情報が周囲に継続的に伝達されるため、事実上、継続的な観測装置として機能する」とカプラネック氏は語っている。

     とはいえ研究チームは、このモデルが偽真空崩壊の可能性を完全に排除するものではないとも釘を刺す。これまで見落とされていた要因を考慮に入れているものの、宇宙膨張率の変化や重力における場自体の影響など、そのほかの関連要素を考慮していない簡略化されたモデルであるというのだ。

     恐れるほど起きそうにもないが、絶対に起きないわけでもない「偽真空崩壊」。日常生活とはあまりにもかけ離れたレベルの話にも感じられるが、われわれは一歩ずつこの宇宙の本質へと迫っているのだろうか。

    【参考】
    https://gizmodo.com/a-quantum-bubble-could-end-reality-as-we-know-it-heres-why-it-probably-wont-2000822224
    https://ecs.syracuse.edu/stories/cosmic-lockdown

    仲田しんじ

    場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
    ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji

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