終わらない都市伝説「セレーネ・デルガド・ロペスの失踪」! ネットと人間の悪意が生んだ未解決行方不明事件

文=オオタケン

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    現代の都市伝説が拡散するスピードや規模は、ネットを介して劇的変化を遂げた。しかし同時に、その出元や変遷をたどることも可能になった。今回は、ネットを介して拡散した都市伝説の代表例ともいえる、「セレーネ・デルガド・ロペスの失踪」の真実に迫る!

    増殖するネットロア

     オカルト系のフェイクドキュメンタリーが人気の昨今である。視聴者は、それが作り物だと分かった状態で、その不気味さや恐怖を楽しめる。オカルトの醍醐味とも言える「人智を超えた謎に近づいていく自分」を安心して疑似体験・追体験できるコンテンツなのだろう。

     最近は参加・体験型のオカルトイベントも人気だ。人々が不可思議を求めるのは世の常だが、インターネットやAIの発達でそこに「手軽さ」も加わってきている。

     まさに都市伝説などは好例だろう。ネットロア(ネット上の都市伝説)はPCやスマートフォンの画面を通して発生し、広く素早く拡散するようになった。もしかすると、自分が都市伝説の発生源になれてしまう可能性もある。謎のアニメ『さきさのばし』などは、ネット掲示板に何気なく投稿した話が世界的ネットロアになった実例だ。考えようによっては、これは最も手軽に参加できるオカルトイベントなのかもしれない。

     今回、とある映像がネットを介して大きな都市伝説へと変化した例を紹介する。この「セレーネ・デルガド・ロペスの失踪」はコンピューターの介入によって虚実が入り混じった展開を見せ、まさに昨今の生成AIがもたらす異変の先例だったとも言える。

     事の始まりは2001年頃、メキシコのテレビ局「Canal 5」でアニメ番組の途中に挿入されていたコミュニティーサービス『Al servicio de la comunidad(地域社会への奉仕)』という放送だった。

    不自然な女性の映像

     行方不明者たちの顔写真と共に名前や年齢、姿を消した場所などを淡々と読み上げるこの放送は、子どもを含む視聴者に恐怖心とトラウマを植え付けるには十分だった。
     特に注目を集めたのが、90年代後半に失踪したとされるセレーネ・デルガド・ロペスの情報だ。低く厳粛な声のナレーションをバックに映し出されたセレーネの写真を見た視聴者は、どこか言葉にできない不安感を覚えた。その写真は、90年代に撮られたとは思えないほど画質が荒く、CGで合成されたモンタージュのような不自然さを感じさせたからだ。セレーネは無表情のようでもあり、少し笑っているようでもある。映像には、少なくとも2つのバージョンが確認されている。

     ナレーションによれば、18歳だったセレーネはメキシコの首都、メキシコシティのアルバロ・オブレゴン地区で姿を消したという。
     この放送は1日に何度も流れていた(一説によれば2009年頃まで続いたとの説もある)ため、多くの人が彼女のことを長く記憶に留めていた。
     そのため、後年になってネットで話題となった。彼女は無事に見つかったのか? それとも今だに行方不明なのか?

     メキシコ国家捜索委員会によれば、 1962年1月から2023年6月までに11万人以上が行方不明となり、依然として発見されていない。しかし、セレーネの情報を追ってみると、奇妙なことに彼女は委員会の作成したリストの中には入っていなかったという。メキシコシティではセレーネ・デルガド・ロペスという女性の失踪に関する報告は存在せず、親族や友人だと名乗り出る人もいなかったのだ。

     彼女は本当に行方不明者なのか?
     そうでなければ、なぜ「Canal 5」はセレーネ捜索の映像を、複数のバージョンを作成してまで放送したのか?

    加速する謎解き、誤認の拡散

     ネット上では謎解きが始まった。まず、あの放送は1993年以降にメキシコ北部シウダー・フアレスで発生した連続女性殺人事件に対する抗議のプログラムだったのではという説が唱えられた。アムネスティ・インターナショナルによれば、同事件では2005年までに370人以上の女性が殺害され、犯人も野放しだという。また、セレーネの映像は子供たちに同様の事件に対して警鐘を鳴らすための社会実験だったのではないかとも噂された。

    1996年に8人の女性の遺体が発見された場所に建てられた十字架 画像は「Wikipedia」より引用。

     一方、この「Canal 5」という放送局は、時に不気味で不快なコマーシャルや広告を流すことでも有名だ。そのため、セレーネの存在自体がこの放送局のでっちあげである可能性もかなり早い段階から指摘されていた。

     ところが、しばらくするとセレーネ・デルガド・ロペスがネット上のポップカルチャーとして祀られる原因となる事態が起こる。彼女の写真が、何者かによってアメリカの連続殺人鬼デリック・トッド・リーのモンタージュ写真と入れ替えられ、拡散されたのだ。

    中央が問題のモンタージュ写真。右は実際のデリック・トッド・リー、左は警察によるスケッチ。

     これはおそらく、もともとのセレーネの写真がどこか不気味さを感じさせるものだったため、同じように不気味さを掻き立てる写真だったデリック・トッド・リーのモンタージュと同列で語られるようになり、いつしか混同された(意図的だったかもしれないが)ものと思われる。

     さらにその後、「Canal 5」で放送された映像を元にセレーネの写真をデリックの物と置き換えたフェイク映像も続々と作られ、拡散された。そして今や、YouTube等で見られる映像はほぼ全てがフェイクバージョンである。さらにはホラーゲームの題材としても多用されたほか、彼女の顔写真は呪われたものだと言う噂まで生まれ、徐々に日本でも知られるようになっていったようだ。

    不気味さを感じる本当の理由

     セレーネやデリックのモンタージュを見た人々が違和感や恐怖を感じるのは、いわゆる「不気味の谷現象」によるものだろう。
     これは、ロボット工学者の森政弘氏が1970年に提唱した概念だ。ロボットやCGの見た目や動きが人間に近づいていくほど、人は親近感を覚える。だが、あるレベルを超えるとそれが不快に転じ、やがて人間と見分けがつかないほどになると再び親近感へと転じる。つまり、「人間との類似度」を横軸とし「親近感」を縦軸としてグラフを描いていくと、右肩上がりの親近感のグラフが、ある時点で急激に下がる。この谷の部分こそ「不気味の谷」なのだ。

     もともとセレーネの写真は、前述の通りどこか人工的で、不気味な感じを受ける人が多かった。ネット上でも、さまざまな人物の写真を寄せ集めて作ったフェイクだとする声が圧倒的だ。そもそも「Canal 5」自体が、近年はSNS上でセレーネの写真をネタとして扱い始めてもいる。本当に彼女が行方不明者ならば、不謹慎すぎる話だ。

    セレーネの写真をネタとして扱う「Canal 5」の投稿。

    ジョアンナ・ロペスの失踪

     では、彼女は本当に存在しないのだろうか? そうとは言い切れないかもしれない。たとえば、類似したこんな事例がある。アメリカ・シカゴで発生したジョアンナ・ロペスの失踪事件である。

    ジョアンナ・ロペス。

     1989年1月14日、大手メディアNBC系列の地方局「WMAQ」において、放送終了を告げる国歌が流れた後、奇妙なスポットが放送された。それは、行方不明になったジョアンナ・ロペスという少女に関する情報提供を求める短い映像で、シカゴ警察の電話番号と「WANTED」の文字、そしてジョアンナの姿が映し出された。

     この約20秒のスポットは無音、かつジョアンナの写真はあまりにも画質が悪く、視聴者に大きなインパクトを残した。そのため、警察に電話をかけた人々もいたが、そもそも彼女の情報は行方不明者リストに記載されていなかった。

     このスポットは数年のうちに、少なくとも4回は放送されていたことが確認されており、やがてセレーネ・デルガドの事例と同じような道を辿る。ネット上でさまざまな説が出ては消え、都市伝説化し、人々の間ではジョアンナは実在の人物ではなく「WMAQ」が創作した架空の人物だという説が根強くなっていったのだ。

     しかしその後、事態は驚くべき展開を見せる。
     放送から30年以上が経過してから、ネット掲示板「Reddit」などで活発にジョアンナを捜索していたユーザーが、ついに本人と思われる人物との接触に成功したのだ。そのユーザーによれば、彼女は存命であり、現在はシカゴ外の地域で暮らしているという。だが、本人とみられる人物は多くを語りたがらなかったという。

     前述のセレーネ・デルガド・ロペスも、ジョアンナ・ロペスのように実在し、どこかで暮らしている可能性は捨てきれないのだ。

    セレーネの都市伝説は終わらない

     収束するかに思われたセレーネの都市伝説だが、なんと2020年になって再び大きな動きが起こる。Facebook上にセレーネ・デルガド・ロペスを名乗るアカウントが登場し、多くのユーザーの友達リストに勝手に追加され、削除もできないという現象が報告されたのだ。

     当然、この一件はすぐに行方不明のセレーネ・デルガド・ロペスと関連付けられ、拡散された。かつて話題になったセレーネと、約30年の時を経てFacebookに現れたセレーネの年齢や居住地が一致しており、顔も似ていると多くの人が言い出したのだ。
     この話はメキシコが出元で、瞬く間に南米、そしてアフリカ大陸を経由し、世界中へと拡散。数々の噂や陰謀論が飛び交い、なんらかのハッキングだと主張する人も多かった。

     そして、何人かのFacebookユーザーは、セレーネ・デルガド・ロペスを名乗るそのプロフィールに恐る恐るメッセージを送ったようだ。すると、その中の一人に対して「すべて嘘です。私は行方不明者でもなければ、死んでもいません。家族と家におり、元気です」と返答があったという。

     実はその後、彼女のアカウントが勝手に不特定多数のユーザーに友達として追加されているという話は完全な誤解であり、Facebookの設定の問題だったことが判明している。しかし、やがて彼女のアカウントには悪戯メッセージや悪意あるコメントが殺到するように。さらには、悪意のある記事や動画のネタにされ、拡散していった。本物のセレーネにとっては災難以外の何物でもなかったはずだ。

    「オリジナル」のセレーネ・デルガド・ロペス。

     げに恐ろしきは人の業である。実際、セレーネ・デルガド・ロペスの失踪物語の全貌は、人間の悪意の煮凝りのような気もする。おそらく今後も度々話題になるであろうこの話が、完全に解明される日は来ない気もする。恐らく最も真実に近いのは「Canal 5」だが、すでに30年も前の放送の情報がどれだけ残っているのか。たとえ残っていても、彼らがわざわざ公にするかは甚だ疑問だ。

     行方不明になったセレーネ・デルガド・ロペスはどこにいるのか、いないのか? 彼女がもしも実在するならば、どこかで幸せに暮らしていることを望むばかりだ。

    【参考】
    https://mikimoz.blogspot.com/2020/05/mistero-selene-delgado-lopez-scomparsa.html
    https://urbanlegend.fandom.com/wiki/Selene_Delgado_Lopez

    オオタケン

    イーグルリバー事件のパンケーキを自作したこともあるユーフォロジスト。2005年に発足したUFOサークル「Spファイル友の会」が年一回発行している同人誌『UFO手帖』の寄稿者。

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