日本版ウィンチェスター・ミステリー・ハウスが存在した!? 話題の古書店主が語る貴重な精神医学書たち

構成=伊藤綾 編集=千駄木雄大

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    いま密かに話題の古書店「書肆ゲンシシャ」の店主・藤井慎二氏が、同店の所蔵する貴重なコレクションの数々を紹介!

    「驚異の陳列室」を標榜し、写真集や画集、書籍をはじめ、5000点以上にも及ぶ貴重なコレクションを所蔵する大分県・別府の古書店「書肆ゲンシシャ」。

     まるで、温泉街には似つかない雰囲気だが、SNS投稿などで同店のコレクションが話題を呼んでいる。その異色さに惹かれ、九州のみならず全国からサブカルキッズたちが訪れる、別府の新たな観光スポットになった。

     知覚の扉を開くと、そこは異次元の世界……。ようこそ、書肆ゲンシシャへ。

    19世紀に撮影された精神科病院の光景

    ――前回に引き続き、精神科病院の写真集を紹介してもらいます。オカルトや都市伝説がテーマのコンテンツなどでは安易に舞台にされがちですが、それ以上に劣悪な施設も過去にはあったということを知りました。

    藤井慎二(以下、藤井)  まずは患者の顔写真をテーマにした本を紹介しましょう。著者の写真家がヒュー・ウェルチ・ダイアモンドという精神科医で、精神医療の現場で写真を使用した初期の人物です。

    『The Face of Madness』

    ――彼は19世紀に記録や治療のために、写真を使ったんですよね。

    藤井  そうですね。また、本書には撮影した写真をもとに描かれたイラストも収録されており、1枚1枚に文章も付いています。また、昔の精神科病院については『THIS WAY MADNESS LIES』もオススメです。写真が発明される以前の時代から20世紀にかけての、精神科病院の歴史などについて書かれています。かつて、精神科院は西洋絵画でも題材として描かれていました。

    『THIS WAY MADNESS LIES』

    ――ヨーロッパでは精神科病院が昔からあったんですね。

    藤井  そうですね。ちなみに、同書では当時の施設の構造がわかる平面図や設計図も載っています。さらに、実際に使われていた拘束衣の写真や、患者が描いた絵もカラーで紹介されており、「電気けいれん療法」を受けている患者の写真も載っています。

    ――体操のようなことをしていますね。

    藤井  「ダンスセラピー」ですね。これによってコミュニケーションスキルが向上したり、セルフイメージが回復したりと、患者が身体や精神のコントロールをしやすくなると書いてあります。

    ――調べてみると、今も実践されている療法のようです。

    明治・大正期の日本の精神病患者の実態

    藤井  続いて日本のケースを紹介しましょう。『精神病者 私宅監置の実況』(医学書院)は呉秀三という「日本の精神医学の父」とも呼ばれる精神科医が、大正時代に書いた本を現代語訳したものです。

    『精神病者 私宅監置の実況』(医学書院)

    ――呉……精神病院……夢野久作の『ドグラ・マグラ』じゃないですか!

    藤井  呉秀三は巣鴨にあった有名な精神科病院・巣鴨病院の院長で、同院は当時の荏原郡松沢村に移転し、松沢病院となりました。作家の二葉亭四迷が呉秀三の著書の愛読者で、呉の元を訪問したほどです。また、歌人・精神科医として知られる斎藤茂吉の恩師でもありました。本書には座敷牢の間取りも紹介されています。

    ――もう座敷牢を見たことがある人は少ないと思うので、気になるところではあります。

    藤井  実際に患者が座敷牢に入れられている写真なども載っています。「視察場所」として住所や、「被監置者」の性別、年齢まで書かれています。本書は私宅監置の実情を知らせるための資料として、出版されました。ほかに「民間療法の実況」として、患者を滝に打たせたり、温泉に入浴させるような治療の記述もあります。

    ――どの時代についての記述が多いのでしょうか?

    藤井  基本的には明治、大正時代の話が中心です。患者を精神病院へ運ぶために荷車に縛り付けている様子も写真付きで解説されています。また、日本で出版された本だと『改訂版 二笑亭綺譚』(中西出版)という本も有名です。

    『改訂版 二笑亭綺譚』(中西出版)

    ――それは何についての書籍なのでしょうか?

    藤井  「二笑亭」という不思議な建物が、現在の東京の門前仲町にありました。関東大震災後に精神に変調をきたし、統合失調症を発症した地主の渡辺金蔵が、意のままに空想し、設計し、建物を作らせたそうです。

    二笑亭

    ――そんな建物があったんですね。1938年に取り壊されたようですが、増築を重ねて不思議なものが出来上がったと……。ウィンチェスター・ミステリー・ハウス(霊障から逃れるために建築が繰り返されたというアメリカの幽霊屋敷)にも通じるものを感じます。

    藤井  まさしく。『二笑亭綺譚』は式場隆三郎という精神科医が著者で、二笑亭について記録したという本です。こちらの本には、画家の木村荘八の挿絵が収録されており、間取り図も載っています。何度も復刻されているし、文庫にもなっていますが、いずれも判型が小さいんですよね。

    ――それが、ゲンシシャでは貴重な大判サイズを所蔵しているということですね。

    「不思議の国のアリス症候群」や「ドリトル現象」

    『稀で特異な精神症候群ないし状態像』(星和書店)

    藤井  最後に「特殊な精神病」について知りたい読者にオススメの本を紹介して終わりたいと思います。『稀で特異な精神症候群ないし状態像』(星和書店)という論文集なのですが、珍しい症状について詳しく事例が書かれています。有名どころだと、自分の身体や周りの物が大きく見えたり、小さく見えたり、歪んで見える「不思議の国のアリス症候群」や、自分がもう死んでいる、もしくは死ぬこともできないという妄想を抱く「コタール症候群」ですね。

    ――「不思議の国のアリス症候群」は近年テレビでも紹介されて話題になりました。ちなみに、論文集というのはどれくらいの値段がするのでしょうか?

    藤井  私は古本屋で買いましたけど1万円ぐらいしました。特に「ドリトル現象」は興味深いですね。動物の言葉が人間の声に変わってきて理解できるようになったり、鳥や犬、猫と話ができると思い込む状態像があるそうです。

    ――一瞬「楽しそう」と思ってしまいましたが、実際に罹患してしまうと相当苦しいはずです。

    書肆ゲンシシャ

    大分県別府市にある、古書店・出版社・カルチャーセンター。「驚異の陳列室」を標榜し、店内には珍しい写真集や画集などが数多くコレクションされている。1時間1,000円で、紅茶かジュースを1杯飲みながら、それらを閲覧できる。
    所在地:大分県別府市青山町7-58 青山ビル1F/電話:0977-85-7515
    http://www.genshisha.jp

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