「引き寄せの法則」が超能力になったのはなぜだ? 最善を目指す無意識で自己を操る超精神論

文=久野友萬

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    「引き寄せの法則」をご存じだろう。人間は強く願ったことを実現する能力があり、あらゆる出会いや偶然がその目的に向かって収斂していくという、自己啓発ではお馴染みの超自然的な力だ。よく考えれば、ただのご都合主義に思えるが、そうではないという心理学の体系もあるのだ。

    超能力者とお金

    「ビジョン!」ーーとユリ・ゲラーは言った。

     ずいぶん前だが、ユリ・ゲラーが来日した時の講演会に参加した。元祖「スプーン曲げ」の超能力者である。
     ユリ・ゲラーは過去の自らの業績を語り、「米ソのデタントは私の超能力でうまく行った」とか、「矢追純一氏のおかげで超能力ブームが起きてニューヨークにマンションが買えた」とか、「イギリスの家には日本庭園があって神社もある」などと語っていた。超能力はめちゃくちゃ儲かるのだ。

     ユリ・ゲラーいわく、スプーン曲げと「引き寄せの法則」は同じものだという。スプーン曲げでは、スプーンの曲がった姿を、まさにそこにあるようにイメージする。それができれば、スプーンは曲がるのだそうだ。

     お金が欲しければ、ただ金持ちになりたいと願うのではなく、毎日、明確にいくら欲しいとイメージする。1000万円なら100万円の束が10個、積み上がった姿を明確にイメージする。とりわけ大事なのは、そこに1000万円があるとイメージすることだそうだ。1000万円はすでにそこにある。これは現実だ。そこまでイメージすると、スプーンが曲がるようにお金が本当に入ってくるらしい。

    ナポレオン・ヒルについての誤解

    「引き寄せの法則」の元ネタは、ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』(きこ書房)という元祖・経営指南書のような本に書かれている。

    「本当にお金が欲しいと願い、必ず手に入れるのだという強い意欲を持ち、そして自分自身でそれを必ず手に入れると確信することである」。そして、富豪になった自分を想像できたら「その実現は保証された」ようなものだそうだ。

    『思考は現実化する』(きこ書房)

     しかし、最近の引き寄せの法則は、龍だとか宇宙意思とかが絡んで、ドラえもんとのび太の関係のようになっているが、そんなわけがないだろう。「ドラえもん〜お金がないよう〜」「しょうがないなあ、のび太君は。ハイ、消費者金融!」……21世紀にはドラえもんも龍もいません。

     ナポレオン・ヒルがあまたの金持ちへのインタビューを通じて知ったのは、金持ちほど明確な目標と計画を持ち、信じがたい忍耐力でその実現に向けてがんばるということだった。そういう生き方をすると幸福な偶然に出会い、資産が積み上げられていく。

     幸福な偶然を「引き寄せの法則」と呼ぶのだが、それは当たり前の話で、目標の実現にはどうすればいいのか、ずっと考えているからチャンスを見逃さないということなのだ。

     ユリ・ゲラーの言うようなビジョンも重要だが、同時にそれを現実化するためには、明確な計画と努力と犠牲が必要なのだ。毎日飲んだくれていても、金のビジョンを持てば金持ちになれるなんてナポレオン・ヒルはひとことも言っていない。努力を続けられる心持ちのことを説明しているだけだ。

    なぜ「引き寄せの法則」は超能力になってしまったのか?

     心折れずに頑張るための鍛錬方法が、どこで「願ったら叶う」という、神社のお参りみたいな話になってしまったのか。おそらくNLP(Neuro Linguistic Programing、神経言語プログラミング)が元凶ではないかと思う。

     1970年代にカリフォルニア大学の心理学者で数学者のリチャード・バンドラーと、言語学の助教授だったジョン・グリンダーが開発した心理学の分野で、心理学や精神医学の主流派からはあまりいい顔をされていない。ようは学術的な根拠に乏しいというものだ。

     NLPは次のような前提に立っている。人間の思考にはその人ごとのプログラムがあり、五感から入ってくる情報は決まったプログラムで処理されるため、決まった結果しか出力されない。このプログラムは無意識下にあるため、自分では知ることができない。出世したい、結婚したい、金持ちになりたい――そういう欲望や願望が満たされないのは、無意識下のプログラムが自分の欲求が現実になることを避けているためだ。

     つまり、「引き寄せの法則」がうまく機能しないのは自分の中の知らない自分、無意識下のプログラムが限界を決めたり、無理だと諦めさせているから。しかし、この無意識下のプログラムは環境や才能とは異なるから、変えることができる。自分の中のネガティブなプログラムを変えることで、富豪たちのように自信にあふれ、迷わずに目標に向かい、望んだ人生が送れるようにする――それがNLPというわけだ。

     では、どのようにすれば、無自覚なプログラムを変えることができるのか?
     ここからが超能力なのだが、NPLでは(もしかしたら一部の学派かもしれないが)感情は周波数だと考える。スピリチュアル界隈では、良い波動・悪い波動と当然のように言うが、それは世界に実体はなく、一定の周波数で振動する波動の重なり合いだと考えるからだ(ちなみにスピリチュアル界隈の波動の考え方と、現実の波動力学とは、海と宇宙が違う以上に違うので、混同してはいけない)。

     この魂の周波数を正しい周波数、つまり引き寄せの周波数にチューニングすれば、願望は実現する。そのために必要なのは、「私はそれを受け取っている」と宣言することだという。

     いきなり、わかりやすくなりすぎてはいないか。
     ナポレオン・ヒルの引き寄せの法則は、自分を効率よく鍛え直し、ビジネスを成功させるためのノウハウだったが、NPLの引き寄せの法則は自己暗示であり、洗脳の一種だ。そして、人は自分を変えるという幻想に振り回される。

     ここまできたら、もう超能力まであと一歩のところだ。自分の中に眠っているスプーン曲げの能力を目覚めさせる方法と、言っていることは変わらない。

    無意識の世界はコントロール可能なのか?

     無意識があることに異存はないだろう。人の行動は9割以上が無意識でおこなわれていると心理学では言われている。学者たちのコンセンサスもあるので、たぶんそうなのだろう。そんな無意識にアクセスし、NPLのいうようにプログラムを変えることはできるのか?

     ヘミシンクをご存じだろうか。耳から左右の周波数が違う音を聞かせると脳が左右同時に動き出し、意識を保ったまま無意識の世界へ入ることができる。そこは魂の世界であり、死者と会ったり、異星人と会ったり、肉体から魂が離れたりする。無意識には幾層もの階層があり、ある階層から奥はすべての人間につながっていて、その階層に来たら、来た人同士で話をすることさえできる。

     さらにそこには宇宙ステーションまであって――という話を聞いた時は、なんだそれと思ったが、ヘミシンク愛好家の間では全世界で知られているイメージで、全員が宇宙ステーションをイメージするうちに共通のイメージができ上がり、そこへ参加可能になったのだそうだ。イメージが実体化(?)する世界なのだ。

     私もビギナー向けのセッションを受けたことがある。正直、まったく信用していなかったのだが、聞いていると頭上から光が差し、明らかに頭をゆっくりもまれるような奇妙な体感に、異星人との出会いはともかく、音で意識を変えることは可能なのだとわかった。ヘミシンクを聞くと脳の血流が全体で増すというが、本当らしい。

     左右の脳をつなぐと、夢を現実のように見ることができる。普通、夢は忘れるものだ。30分間の夢をすべて覚えることなどできない。断片をわずかに覚えているだけで、それもすぐに忘れるのが常だ。これは当たり前の話で、夢は右脳で見ているが、この時に記憶を司る左脳はほとんど休んでいるのだ。

     しかし、ヘミシンクを聞いていると、夢が見える。あの支離滅裂の夢の情景を、昼間見た景色のように覚えている。ただし、現実に目の前で見る風景よりも彩度が低く、細部は甘い。私の脳がイメージする力が、現実ほど強くないからだろう。

     起きたまま見る夢は、自分が気づいていない自分からのメッセージそのものであり、自分の過去の体験が今のどこにつながっているのかを知ることができ、有用だった。なにせ夢が“体験した記憶”となり、30分間のセッション分だけほぼ全部思い出せるのだ。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     そこでわかったのは、無意識は常に最善を目指して働いていて、隠れた才能などなく、今が自分のベストだということだった。自分がなにをすべきかは、無意識が教えてくれる。そのために無意識を利用するのがいいんじゃないか。

     結局、金持ちになりたければ、働くことだ。引き寄せの法則とは、一生懸命自分にとって正しい道を頑張る時に偶然起きた副次効果のことをそう呼ぶだけで、それだけを切り出して利用するなんて都合のいいことはできない。引き寄せの法則を手に入れたから金持ちになるのではなく、金持ちになった人(自分にとっての正しい道を頑張れる人)だから引き寄せが起きるのだ。

     たまには自分の無意識と向き合うのも大事なのだろうと思う。マインドフルネスとかウェルビーイングとか、経営者が妙なことを始める気持ちもわかる。経営者の場合、凡人の想像を超える判断を迫られることも多いだろう。無意識のお告げに頼りたくなるのもわかる。一般庶民の場合は、滝に打たれる前にまず働け、なのだが。

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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