山で男を待っている…笑う「山女」/妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

    八尺様のように〝山のように大きな女〟を発見してしまった…? ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ! 

    山の女怪はオソロシイ

      山にいる妖怪には、人の女性の姿をしたものがあります。
     そういう妖怪には、人を食う、血を吸う、いろいろ吸う、見ただけで死ぬといった、恐ろしい影響を人間に及ぼすものがあります。肌は色白で、美人であり、山仕事をしている男に近づいて、その命を奪います。美しさは男を捕えるための罠なのでしょうか。

     名称に多いのは「山〇〇」。〇〇には「女」「姫」といった女性を指す語が入ります。
     各地に数ある山の女怪から、今回は「山娘」「神田山の山姫」「山女郎」をご紹介いたします。

    薩摩の「山娘」

     まずは、鹿児島県薩摩郡山崎村の山奥にいるといわれていた【山娘】。
     これと出遭った人の話があります。

     ある日、ひとりの樵が、山へ杉の木を伐りにいきました。
     仕事をしているうちに日が暮れてきてしまい、急いで終わらせて帰ろうと作業の手を早めていると、「にゃん」と、後ろで鳴き声が聞こえました。
     振り返っても猫はいません。
     提灯に火をいれて山を下りようとしますと、だれもいないはずの山中に、きれいな娘が立っており、にやりと気味の悪い笑みを浮かべています。
     きれいではありますが、口は耳元まで裂け、笑うたびに舌をぺろぺろと出します。しかも、その舌は娘の額にまでつくほど長いのです。
     樵は恐ろしさのあまり、提灯を投げました。
     すると、この娘は提灯を追っていったので、この隙に樵は転がるようにして山を下り、逃げ帰ったのだそうです。

     これは無事に逃げ帰れた人の話ですが、【山娘】と出遭い、にやにや笑って舌が額につくのを見てしまったら、その人はもう、命はないといわれています。
     また、舌が額についたときは、舌が邪魔をして目が見えなくなっているので、その隙に逃げなくてはならないともいわれています。

     子供を抱いて現れることもあり、人と会うと、その子供を持ってくれと頼むという話もあります。この子供を持ったら最後、その人は動くことができなくなり、【山娘】に食われてしまうのだそうです。
     そうならぬためには、子供を渡されても持った真似をし、もし提灯を持っていれば、先の樵のように火がついたまま投げるのです。それを【山娘】は追いかけるので、このあいだに逃げなければならないのです。

    「にゃん」という鳴き声や、投げたものを追いかける様など、その正体を猫だとうかがわせるものがあります。

    馬鹿にする「山姫」

      山のこわい女怪を語るなら、【山姫】を欠くことはできないでしょう。
     その美しい名からは想像もつかないくらい、恐ろしい存在です。

     同じ名称でも、伝承地域が違えば語られる姿や性質も異なることもある、というのは、妖怪には多々あることです。この【山姫】も複数の地域に伝承があるので一括りにはできませんが、美人であり、出会った人間に笑いかけ、その血を吸って殺すといった話が多いという印象です。

     ここでは、【山娘】と一緒の鹿児島県薩摩郡に伝わる、神田山の【山姫】をご紹介いたします。

     神田山は比野と永利の境にある、昔から恐れられていた山です。ここには【山姫】という美しい女の妖怪が現れたといいます。
     これは実に立派な顔をしており、いつも裸足だったそうです。この妖怪は笑うことによって人の心を惑わし、なんとその人を「馬鹿」にしてしまいます。
     昔、あるふたりの薪取が神田山へ入ったときのこと。
     薪をとっていると、どこから来たものか、美しい女が現れました。
     女はなぜかふたりを見ると、しきりに笑います。するとふたりは頭がぼんやりとし、家へ帰ることができなくなりました。
     こうして2、3日、山の麓に座り込んでいたふたりは、すっかり「馬鹿」のようになっていたということです。  

    土佐の「山女郎」

    【山娘】の舌ベロベロ、【山姫】の笑い。この両性質を足したような、山の女怪の話をご紹介します。

     高知県幡多の西土佐のある村に、義吉という働き者の炭焼きがおりました。
     山に泊まりこみで朝帰りも多く、この日も義吉は早朝に帰宅しました。
     起きだした女房の寝床に義吉が潜り込んできたので、驚いた女房は「お前さん、いつもと違うけど、なにかあったのかい?」と布団をめくりあげ、その顔を見ました。
     なにがあったものか、義吉は蒼ざめた顔で、ブルブルと震えています。
     昼ごろにようやく起きてきた義吉は、山でなにがあったのか、女房に話しました。
     昨日、義吉は朝早くから炭を出し、その後に木を入れはじめたのですが、すっかり遅くなってしまい、しかたがないので炭窯の入口に菰(こも)を吊って中で寝ることにしました。
     夜更けごろ、小便がしたくなって目が覚め、外で用を足そうとすると、入口に掛けておいた菰を上げて、女が顔をのぞかせています。
     女は紅い舌を出し、おかしげな声でケタケタと笑い、笑うたびに長い舌が義吉の顔に届きそうでした。
     小便はそのまま着物の中に出してしまい、寝るどころではなかった。そう女房に話した義吉は、それから床から出られなくなってしまい、間もなく死んでしまいました。

     村人は彼が、【山女郎】に肝を吸われて死んだのだと噂したそうです。

    参考資料
    鹿児島県立川内中学校『川内地方を中心とせる郷土史と伝説』
    市原麟一郎『土佐の妖怪』

    (2022年3月6日記事を再編集)

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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