君は自分のために秘密カンフー組織説を受け入れたことはあるか?/大槻ケンヂ・医者にオカルトを止められた男

文=大槻ケンヂ 挿絵=チビル松村

    信じられないような話があるなら、信じたくない話だってある。それならば積極的な幻想に漬かることだってありだろう。そんな気持ちも、わかってしまう。

    そろそろ「オイオイ!」って止める時

     都市伝説・陰謀論の多くはにわかには信じがたい話ばかりである。
     レプティリアンとドラコニアンが駒沢三丁目(二丁目だったかもしれない)で闘争をくり広げているとか、マッドフラットといって地球は過去に一度泥に埋まっていて今ある半地下の店はその名残だとか、その前にはタルタリア帝国というのがあってとか、にわかには信じがたい話だ……ってか『んなわきゃないんじゃないの?』と素朴に思う。

     それならまだしも、ハッキリと、信じられないし信じるべきではないと感じる陰謀論も個人的にはある。例えば『特攻兵器「原爆」』などという本が数年前に発売された。ちゃんと僕は本屋さんで購入して読んだが『こういうことは信じるべきではない』と思った。過激に尽きる内容なので、ここでは表紙にドーン!と書いてあるコピーを紹介するに留める。「世紀のスクープ!広島、長崎二つの原爆は日本人の日本人による水上(河上)爆破だった!」だって……。

     最近の都市伝説・陰謀論、あとスピ系の論の一部は、言ったもん勝ちの風潮が極まっている。マジ、そろそろ「オイオイ!」って誰か止めた方がようのではないのかなぁと時に思う。

    ヒーローの死に息が詰まる

     信じがたい、信じられない、信じるべきではない陰謀論の数々。でも、じゃあ逆に信じられる、あるいは信じるべき陰謀論というのはあるのか? と問われたなら、そんなものは無い。無いのだけどしかし、実は、一つだけ、“信じてあげたい陰謀論”というのが僕にはある。
     それは何か? それを告白する前に、知人のニューハーフ風俗体験について書こう。
     なんでだよって? まぁ聞いて…。

     知人が若い頃にニューハーフ風俗なるものに行ったことがあるそうなのだ。出て来たのはとても奇麗な方であったという。で、いざ事を始めようとしたところ、そのニューハーフさんが両手でいきなり知人の首をぎゅううっと絞め上げてきたのだそうだ。思いっきりだ。

    「え! 対大仁田厚戦の長州力みたいだね!」
     と僕は知人に言ったものだ。2000年の電流爆破マッチでの長州力の最初の大仁田への攻撃が首絞めだったのである。
    「いや長州の話じゃなくて」と知人は言った。
    「その子、ガチの窒息プレイマニアだったんだよ。あやうくオレ殺されるところだった」
    「マジか」
    「首を絞めるのも絞められるのも好きで、一人でする時はタオルで自分の首を絞めるんだって」
    「窒息自慰…デヴィッド・キャラダインだ!」
    「デヴィ? 誰、それ?」

     デヴィッド・キャラダインは70年代にブルース・リー原案の「燃えよ!カンフー」に出演したアクション俳優だ 。ブルース・リーに比べるとちょっとモタモタした動きの人。でもそれが家でダラダラとテレビを観る子供の動体視力にはちょうどよかったし、彼の主演した75年映画「デス・レース2000年」は最強にいかれたカーアクションだった。B級だけどパンチと風刺が効いていた。デヴィット・キャラダインは昭和の僕らにとってブルース・リーよりグッと敷居の低いカンフー・ヒーローだった。何十年も経ってデヴィットが映画「キル・ビル」のビル役で脚光を再び浴びた時は『僕らのデヴィットが帰って来た!』ととても誇らしく思ったものだ。
     ところが、2009年、彼は撮影のために滞在していたタイのホテルで怪死を遂げる。webサイト「シネマトゥデイ」によれば「ホテルのメイドが部屋に入ったところ、デヴィットが裸体でクローゼットの中で首をつっており、ロープの端は性器に結びつけられていた」のだそうだ。そのことから「自慰行為の最中に亡くなったのではないかとの見方もある」とのこと。

    「真相は不明」とあるが、知人のニューハーフ風俗首絞め話を聞いて思わず「デヴィット・キャラダインだ!」と僕が叫ぶほどにはデヴィット・キャラダイン窒息自慰死説は定説となってしまっている。
     他人様にどんな性的嗜好があったってかまわないし、自分の首を絞めて自慰行為をしていたってそれで本人が気持ちよけりゃいいじゃないかってもんだけど、でも、やっぱり、ちょっと、というかかなりこれはキツイ。
    「僕らのデヴィット」なのだ。昭和のテレビのヒーローだ。「燃えよ!カンフー」なのだ。その死因が、窒息自慰死というのはキツイ……。

    秘密カンフー組織という仮定的存在

     僕らごときがキツイのだ。彼の家族はもちろんはるかにキツかったのだろう。
     再び「シネマトゥデイ」によれば「『キル・ビル』のビル、殺人事件として家族がFBIに捜査を要請」とある。デヴィットの弁護士が「デヴィットがカンフーの秘密組織を調査していた」と主張「その秘密組織のメンバーには彼を殺す動機も手段もあると語った」のだそうだ。それに対し「家族もこの組織に暗殺されたのではないか」と同意。デヴィットが「性行為の最中に事故死したという説は受け入れない構え」でFBIに捜査を要請したということらしい。

     いわば「秘密カンフー組織のアクション・スター暗殺陰謀論」の誕生である。

     ……う~ん「んなわきゃないんじゃないの?」と素朴に思う。
     秘密カンフー組織って何? というか、武術家の側面もあったとは言え、なんで俳優さんがカンフーの秘密組織を調査するのよ、等々、つっこみ出したらキリの無い陰謀論である。
     とても無理を感じる。感じるがしかし、信じてあげたい!とも個人的には強く感じるのだ。
     昭和の僕らのブラウン管の中のヒーロー、レンタルビデオで何度も観たロジャー・コーマン製作 のB級映画「デス・レース2000年」のデヴィット・キャラダインの死の理由には“窒息自慰死”というキツい赤っ恥の汚名よりは、“カンフーの秘密組織を調査していての名誉の死”の方が、それはいいに決まっている。そうであってほしいし、そうであればと強く願ってしまう……きっとそうだ、だって「燃えよ!カンフー」なんだぜ、ヒーローなんだもん、そうに決まっているよ!

     あ…ナルホド、そうか人はこんなふうにして陰謀論にからめ取られていくのか。信じたいものだけを信じるようになっていくわけだ。今ハッ!と認知バイアスの出来上がる構造、その入り口に立ってしまっている自分に気づきおびえつつ、それでも、秘密カンフー組織のアクション・スター暗殺説は、僕が唯一、信じてあげたいと思う陰謀論ではあるのだ。

     皆さんにも、信じてあげたい陰謀論って、一つくらい何かあるのではないですか?

    大槻ケンヂ

    1966年生まれ。ロックミュージシャン、筋肉少女帯、特撮、オケミスなどで活動。超常現象ビリーバーの沼からエンタメ派に這い上がり、UFOを愛した過去を抱く。
    筋肉少女帯最新アルバム『君だけが憶えている映画』特撮ライブBlu-ray「TOKUSATSUリベンジャーズ」発売中。

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