知られざる透視能力者ヒロコ・アンジェラ・マツノの秘密と”サムライ”のルーツ／新村幸三郎

サイキックの女王が示唆した女性能力者

　ヒロコ・アンジェラ・マツノとの出会いは面妖なものだった。時のいたずらか、点が線になり、驚きの真実へとつながっていく。筆者にとって、彼女との対峙は初めてづくしの摩訶不思議なものだった。
　ヒロコ・アンジェラ・マツノの先読みの力は本物だ。相談者の近未来、そして数年先を正確にいい当てる。また、遠隔透視で心配事や体調などを見抜く千里眼の持ち主でもある。

　彼女との出会いから彼女の内に流れる血の歴史、そして稀有な能力の証明まで、ひとつひとつ紐解いていこうと思う。

　話は十数年前に遡る。2005年のクリスマス近くだった記憶がある。
　それは一本の国際電話から始まった。電話の先の優しげな声の持ち主はヨラーナ・バード。ニューヨークで活躍するヨラーナは、「サイキックの女王」「ニューヨークのベストサイキック」など、多くの称賛と富裕層の顧客をもつ全米トップクラスの女性サイキックだ。
「この間、ステキな力を持つ日本女性に会ったのよ。彼女も私と同じサイキックなんだけど、ホントにすごい娘よ」
　電話口の彼女は少し興奮し、喜人でいるように聞こえた。
「多分彼女はニューヨークで開眼したんだと思うわ。今はまだ粗削りだけど、ホンモノのサイキックに成長するわ。そう遠くない時期に、彼女は日本に戻ることになると思うわよ」
　どうやらヨラーナは自分に似た能力を持つ日本人女性と出会い、それを知らせるために連絡をくれたようだった。
「ただ、あなたに紹介はしないわよ。運命であなたと彼女は出会うことになっているから、そのときを待っていてね」
　なんとも不思議な女王様からの電話だった。
　そして、最後にヨラーナは不可解な言葉を残した。
「彼女はラストサムライの血を受け継いでいるはずよ。覚えておいてね」
　それから２年後、サイキックの女王はこの世を去った。彼女が出会った日本人女性がだれなのか、真実を知るヨラーナは逝ってしまった。
　そして時が過ぎ、ヨラーナの言葉をすっかり忘れたころに、あの出会いが待っていたのだ。

アンジェラとの運命の出会い

　それは、ニューヨークの国際電話から10年の時を経た2015年10月のことだ。フランスからやってきた人気シェフとふたりで、寿司店のカウンターで会食をしていたとき、隣に座る女性から声をかけられた。
「あのう、すみません。おふたりは近々ヨーロッパのほうに行かれますか？」
　最初はちょっと状況がつかめなかったのだが、多少の酔いもあり、「あ〜、彼は日本人なんですけど、パリから来ているシェフなんですよ。来月、彼の帰国に合わせて、僕もパリのレストランの取材で一緒にフランスに行きますよ」と答えていた。
　そのとき、彼女の顔が少し曇ったのを今でも覚えている。そう、私たちに声をかけたこの女性こそ、ヒロコ・アンジェラ・マツノだったのだ。

　その後、彼女は遠慮がちに「もう少し日本を楽しんでほしい」とか、「冬の魚はこれからが旬だ」などと話し、遠回しに私たちのフランス行きを延ばそうとしているように感じられた。彼女がシェフに好意を感じて、彼の滞在を延ばそうとしているのだと私は考えた。
　そこで私は翌日のランチに彼女を誘い、改めて３人で会うことにした。そのときは、自分はナイスなキューピッド役だと内心ほくそ笑んでいたのだが、翌日、表参道のカフェで私たちは額に汗をかくことになる。私たちを霊視した彼女の言葉に絶句してしまったのだ。
　彼女はとても控えめで真摯な女性だった。自分が能力者であることも遠慮がちに語ってくれた。彼女いわく、昨夜隣に座る私たちが海外で大きな事件に巻き込まれる映像が見えたというのだ。だが、初対面の男性にどう声をかけていいのかわからず、とにかく日本にとどまるように説得したかったのだという。
　にわかには信じがたい怪しい話に、友人のシェフは少し気分を害していたようだ。しかし、その疑念も彼女の言葉でかき消されてしまった。
「おふたりは数年前にお仕事で一緒になったのが最初ですよね。そのとき、ふたりの共通点が多いことで親しくなった。たとえば誕生日が一緒だったり、子供のころに大好きだったヒーローがブルース・リーで、同じ流派の拳法を習っていたり。あと、ふたりともとても忘れ物が多くて、財布を持たずに食事に出かけて支払いができなかったり。ふたりが一緒に動くと話のネタが増えていく。違いますか？」
　まったくその通りなのである。その後も、ふたりしか知り得ないことをほぼ正確にいい当てられた。いつしか私と彼はアンジェラの言葉に魅了されていった。そして、彼女は私たちの命の恩人になった。

　2015年11月13日、フランス・パリ同時多発テロ事件。パリ市街と郊外地区の商業施設で、イスラム過激派ＩＳの戦闘員と見られる複数の実行犯によって銃撃および爆発が同時多発的に発生し、死者130名、負傷者340名以上に及んだ。
　もし未来を変えられないとしたら、私たちふたりはまさにそのときフランスに滞在し、事件が発生したパリの10区で食事をしていたに違いないのだ。多くの死傷者が出たレストランは、私たちの憩いの場所のひとつだったからだ。
　彼女の言葉を信じ、フランス行きを先延ばしにしていなかったら、私は今こうして原稿を書くことすらできなかったことになる。ヒロコ・アンジェラ・マツノは、事件から遡ること数週間前に、私たちが事件に巻き込まれることを先読みし、それが海外で起きるテロであろうことを予知していたのだ。日本で流れる同時多発テロの報道を見ながら、私は改めてアンジェラに感謝し、犠牲になった人々に哀悼の意を表していた。

　感謝の気持ちを伝えようとアンジェラに連絡しようとしたときだった。脳裏にあのときのシーンがフラッシュバックした。サイキックの女王からの国際電話。
「運命であなたは彼女と出会うことになる」——。
　もしかすると、ヨラーナ・バードが伝えたかったのはアンジェラのことではなかったのか？
　アンジェラとの偶然の出会い、そして確かな霊視力。すべて10年前のヨラーナの言葉通りなのだ。

思春期の彼女を苦しめた特異な能力

　スピリチュアル・カウンセラーとして多くの顧客を持つアンジェラは多忙な日々を送っている。彼女は無理をしてプライベートの時間を割き、取材に応じてくれた。
　ヨラーナ・バードがいう日本人能力者が自分かどうかはわからない、とアンジェラは語る。ただ、彼女は成人を機にひとりでアメリカに渡り、その活動の中心はニューヨークだったそうだ。まさにヨラーナのお膝元だ。そして何人かのサイキックとセッションをした記憶もあるという。やはりヨラーナのいう日本人能力者はアンジェラではないのだろうか。

　彼女はとても控えめな女性だ。たとえヨラーナとつながりがあったとしても、自分より高名なサイキックを自分の知り合いだとはいわないのかも知れない。以前、「どうしてスピリチュアル・カウンセリングを始めたのか？」という質問に、彼女から返ってきたメールの文面を思いだしていた。

「まったく修行もしていなければ、霊体験と見えたモノ、感じたモノをただ伝えるだけの天然能力です。私がスピリチュアル・カウンセリングを始めた理由は、みんなの背中を押したいから。とてもシンプルな理由です。私は友だちに縁がなかった。泣きたくてもいつも頼るのは母。私は友だちがほしかった。先輩がほしかった。私をガイダンスしてくれる人がほしかった。でも、みんな私を利用するか、裏切るかだった。私は悩んでいる人、辛い人、前に進みたいけど勇気が出ない人の味方でいたいと誓った。そうしたらみんなが幸せになるから。豊かなものが生まれるから」

　とても優しい女性であり、自己犠牲を知る稀有な能力者——それがアンジェラの素顔なのかもしれない。

　ヒロコ・アンジェラ・マツノという女性はどんな少女期を歩んだのか？

　アンジェラは昭和60年、房総半島の木更津で産声をあげた。農業と漁業を営む自然豊かな家庭で育った。アンジェラがいう天然の力は３歳のころから開花しはじめたようだ。

　叔父の葬儀に行ったときのことだった。
「遺影の叔父さんが笑顔になったと思ったら、やっと来たかと嬉しそうな声が聞こえたんです。霊を見ている感覚がなくて、周りの人たちにも見えているって普通に思っていたんですよね」
　そして霊との距離はどんどん縮まっていった。
「小学校に上がるころ、隣の家のおじさんが入院していることを知らず、朝起きたときに、母に『３日後に隣のおじさんが亡くなるから、喪服を用意しておいたほうがいいよ』と口走ったらしいんです。３日後、本当に亡くなってしまって。そのころから、人の生死の感覚が身についちゃった気がします」

　このころから自分が特異体質であることを自覚しはじめたという。ただ、その能力は消すことはできず、それが原因でアンジェラは孤立していくことになる。そして逆境の中、アンジェラの体には別の能力が芽生えはじめる。

「クラスのみんなから見ると、やっぱり変わった女子に見えていたんだと思います。話しかけてくれる子もいなかったし。ただ私はみんなと話をしたい。そんな想いのまま毎日を送っていたら、あるときからクラスメイトが何を考えているのか、今頭に何を思い浮かべているのかが透けて見えるようになっちゃったんです」

　霊感に加えて、中学進学のころには千里眼の能力が開花していた。しかし、その力が彼女の孤立を加速させてしまう。
「会話をしていても、相手の思考が見えちゃうので、『こんなことを思っているんでしょ？』みたいなことをいっちゃうんですよ、先に。そうすると、『どうして考えていることがわかるの？　気持ち悪い！』ってなっちゃって」
　友だちがほしくて、仲間に入りたくて、見る気はないけれど、観察をしていたら思考が読み取れるようになっただけ。しかし、その力は周りから称賛されることはなく、「気持ちが悪い」という最悪の感情を生みだしてしまったのだ。

　そしてアンジェラは中学２年の春、岩戸の扉を自ら閉じてしまう。彼女は暗闇に身を置いたのだ。

　筆者は思う。このときの経験が、今のアンジェラを支えているのではないだろうか。人に悲しい思いをさせたくない。希望ある人生を送ってほしい。勇気の出ない人の味方でいたい――。慈悲深い能力者の一面がここにある気がする。

　その後、自らの背中を押したのはアンジェラが20歳のときだ。何かに導かれるように彼女はアメリカへ渡り、ビジネスとエンターテイメントが共存するニューヨークに身を置いた。そして、この渡米がアンジェラの能力を最大限に開花させたことを本人も気づいていなかった。

謎の存在との戦いで開花した超能力

　アンジェラはニューヨークのハーレムに近いアパートメントホテルに滞在していた。
　身に迫る恐怖の時間は、アパートメントホテルですでに始まっていたという。常にだれかに監視されている感覚。負の力とも正の力とも判別のつかない何かが部屋に漂う。この場でありながら、時空が歪む感覚。思考を戻しても、なぜこのアパートメントを契約したのか記憶が薄い。
　そんな感覚に身を置いてから３日目の夜、「あれ」が部屋にやってきた。

「もう怖いとか、勝てないとか、そんな生やさしいモノではないの。突然空間に現れて勝手に体と頭を支配していくんですよ」

　アンジェラが見た非物質的プラズマは、首無しの悪魔の姿と体のない神の顔が交互に変化し、彼女の体に「刺す」「切る」「打つ」「焼く」の苦痛を与えて、憎悪に満ちた言葉を脳内に羅列しつづけた。悪魔だけでなく、神の顔も同じ苦痛でアンジェラを攻め立てた。
　アンジェラの能力は、今も昔も天然だ。修行で会得したものではない。当然除霊の経験もなければ、その力も持ち合わせていない。身体が悲鳴を上げる。彼女は生きたい一心で「あれ」と闘った。どのくらい戦いつづけたのか、実は時間は止まっていたのか、それすら判然としないとアンジェラは振り返る。そして命の灯火が尽きると感じたとき、頭の中にある感情が飛び込んできたという。

「あなたはなぜ生きたいのか？」
　思考が消えそうな、わずかな光しか感じない感覚の中で、彼女も感情を「あれ」にぶつけていた。
「私はみんなの背中を押してあげたい。私に見えたものを伝えたい」
　彼女の記憶はそこで途切れている。今でも空白の時間は埋まらないという。

　やがて、雑踏の音で彼女は眼を覚ました。
「ビックリしました。私、３日間眠りつづけていたんですよ。夢を見るというより、常に幸せの感情を体感していた感覚があるんですよね。もしかしたらあの出来事は夢だったのかもしれないと思ったんですけど、両手両足にクッキリ爪痕みたいなアザが残っていたんです。だから、あー、『あれ』は現実だったんだなぁって」

　そして、目覚めてすぐに彼女は奇跡を実感する。アパートメントホテルのビッグママの部屋を訪ねたときだ。ママの顔を見た途端、彼女の脳裏にビッグママの近未来が映画のようにハッキリ見えたのだ。
「わたしは『あれ』に試されて、最後に契約したんだと思うんです。それで予知の力を授かったんだって。ただその代償もあって、あの日以来右耳がダメになっちゃったんです。ぜんぜん聞こえないんですよ」

　アンジェラはこの世のものではない「あれ」と契約することで予知の能力を持ち、その代償として右耳を捧げたのではないだろうか。その契約は、「私はみんなの背中を押してあげたい。見えたものを伝えたい」という気持ちが担保になっていることは明白だ。
　霊視、千里眼、予知の３つの能力を手にしたヒロコ・アンジェラ・マツノ。やはり、ヨラーナ・バードが見つめた先の能力者はアンジェラのことではなかったのか？

アンジェラが継いだ戦国の能力者の血

　なぜアンジェラは特殊な能力を持つようになったのか？

　その答えは意外なほど簡単に手に入れることができた。彼女の母方の家系には、代々親から子へ、子から孫へ、ひとりだけにつなげる一子相伝のいい伝えがあるという。祖母・松野いくさんから相伝された話を聞いて、アンジェラの能力に納得した。

　彼女の能力の源は、今から400年ほど前に遡る。その人物が登場するのは、1600年９月15日に始まった、だれもが知る関ヶ原の戦いだ。
　その人物とは、徳川家臣団の鉄砲頭・久保島孫兵衛である。祖母のいくさんの旧姓は久保島だ。文献を紐解くと、孫兵衛の記録が残されている。
　孫兵衛は家康に、小早川秀秋がこちらに寝返っていないことを伝え、それを聞いた家康は小早川を動かすために、孫兵衛に小早川に向けて威嚇射撃をするように命じる。関ヶ原の戦いで戦局を左右する大事な決断。そこに孫兵衛は深く関わっていた。そして、このときから一子相伝は始まっていたのである。

　久保島孫兵衛とはいったいどんな人物だったのか。彼は２里先のウサギを目視し、米粒に数千の文字を書けたという。２里先とは約８キロ先にいるウサギを見ることができたということだ。また、米に千の字を書くのは常人ではとても無理だ。一文字でも怪しい大きさである。
　そう、すでに読者の皆さんはお気づきだろう。孫兵衛は神の目と神の手を持つ能力者だったのである。彼は望遠鏡の目で人々を監視し、正確無比の神の手で引き金を引いていた。彼は徳川家臣団の密偵であり、スナイパーであったのだ。

　江戸幕府開城を機に、孫兵衛は本多忠勝が治める房総に移り住んだ。房総には常陸佐竹、安房里見などの監視対象がいたからだといわれている。
　房総はアンジェラの生まれ故郷である。アンジェラは色濃く孫兵衛たちの血を引き継いだのではあるまいか。

　家康が陰陽師などの霊的能力者を好んだことから、久保島家も神事を行い、代々能力者を作りつづけた。孫兵衛の血は女子にも引き継がれ、徳川家臣の霊視や先読み、大奥女中の体のメンテナンスの役を担っていた。一家は密偵、監視、霊視、先読みと、神事を守りながら江戸を生きつづけた。そして幕府の終焉とともに、その役目も幕を下すことになる。

　しかし、久保島の超能力は脈脈と女たちによって受け継がれた。祖母のいくさんもアンジェラの母も霊感が強いという。ただそれを生業とはせずに天然の能力として内に秘め、子供に伝え、そのときを待っていたのではないだろうか。そして家康の時代から400年後に、久保島の血が一気に花開いたのではなかろうか。それがヒロコ・アンジェラ・マツノなのだと私は確信している。

　ようやく最後の謎が解けた。サイキックの女王がいったあの言葉。
「彼女はラストサムライの血を受け継いでいるはずよ。覚えておいてね」
　ヨラーナのいうラストサムライは徳川を指すのだろう。その家臣であった久保島孫兵衛の血を引いているというメッセージに違いない。ここでもうひとつ確信が生まれた。ヨラーナの出会った日本人の本物の女性能力者は、ヒロコ・アンジェラで間違いない、と。

（ムー 2018年5月号掲載）