南信州の「霜月祭」と「昼神の御湯」で八百万の神々が生まれ清まる!/奇祭巡り・影市マオ

文・写真=影市マオ

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    「遠山の霜月祭」の後、神々が滞在する湯治の温泉街を訪問! 湯屋守様が出迎える「昼神の御湯」へ向かった。

    八百万の神が湯治に集う南信州

    「ここはね、人間の来るところじゃないんだ。八百万の神様達が疲れを癒しに来るお湯屋なんだよ」
    ――ジブリアニメの名作『千と千尋の神隠し』の劇中において、異界に迷い込んだ主人公の少女・千尋に対し、湯屋「油屋」を営む魔女・湯婆婆が言う台詞である。映画の観客にも、物語の世界観を簡潔に説明したものだ。
     いくつかのメディアで宮崎駿監督が語ったところによると、この“神々がくつろぐ湯治場”のアイディアは、テレビで見た「霜月祭」が基になっているそうだ。(参考)

    スタジオジブリ「千と千尋の神隠し」より https://www.ghibli.jp/works/chihiro/

     霜月祭とは、昼が最も短い毎年12月(旧暦霜月)の冬至の頃に、全国から神々を招いて湯を捧げるという儀式。聖なる湯浴によって穢れを祓い、太陽とともに弱まった万物の「生まれ清まり」、すなわち命の再生などを願うのである。

    「湯立神事」とも呼ばれる同様の儀式は、日本各地の神社で行われている。
     が、宮崎監督に影響を与えたのは、南信州の奇祭「遠山の霜月祭」だという。鎌倉時代から約800年間、ほぼ原形のまま続くと言われる伝統行事(国の重要無形民俗文化財)で、長野県飯田市の遠山郷(上村・南信濃地区)にある複数の神社で開催される。

     神社ごとに日時や形式が異なるものの、この祭りでは基本的に、神職と氏子らが一昼夜かけて「湯立神楽」の奉納を行う。社殿の中央に設けた竈や大釜で湯を立て続け、その周りを神楽歌とともに舞うのである。
     そしてクライマックスには、様々な面(おもて)で八百万の神に扮した氏子達が現れ、煮えたぎる熱湯を素手で豪快に跳ね飛ばす。遠山郷だけに伝わる「湯切り」の荒行だ。この熱湯を浴びた人間も、神々と一緒に浄め癒され、無病息災を得られるという。

     実に神秘的で興味深い祭りである。
     だが、筆者がより気になったのは、同時期に隣りの阿智村で行われる関連行事の方――その名も「昼神の御湯(おんゆ)」であった。

     阿智村と言えば、「日本一の星空の村」として近年有名だ(以前「ムー」も星空観賞イベントに協力している)。実は知人の出身地という事もあり、スタービレッジ化する以前から阿智村についてなんとなく知っていた。
     しかしまさか、こうした不思議な行事を見に訪れる事になろうとは、全く思いもよらなかった。

    阿智村の昼神温泉郷。

    守り神・湯屋守様を祀る昼神温泉郷

     JR飯田駅から車で約30分、小さなトンネルを抜けると、やがて阿智村の「昼神温泉郷」に到着した。
     ここは中央アルプスの南端、岐阜県との県境付近に位置する、山あいの静かな温泉街。阿智川の清流沿いに、約20軒の旅館・ホテルが建ち並んでいる。

    昼神温泉は1973年に温泉地として再発見された。

     2023年現在、昼神温泉はちょうど開湯50周年に当たり、温泉地としては比較的新しい。

     ただし、美肌の泉質を誇る温泉自体の歴史は、古くは戦国時代まで遡り、“武田信玄の隠し湯”の1つだったと言われている(阿智村は信玄の没地でもある)。
     江戸時代の中頃には、川の上流の「湯の瀬」と呼ばれる場所で、傷ついた鹿が浸かる温泉を村人が発見。温かさや硫黄の匂いから、霊験あらたかな湯水と考えられ、すぐに「湯屋権現」の神が祀られた。その後、山越えの旅人が疲れを癒す湯屋となったが、明治時代に土砂崩れで埋もれ、湯屋権現だけが取り残された。
     だが、時は流れて1973年(昭和48年)、旧国鉄の中津川線建設の際、トンネル工事中に再び温泉が湧出。この湯脈によって昼神温泉は復活し、南信州最大の温泉地にまで発展した。いわば「生まれ清まり」を果たした温泉なのだ。
     地元の人々は湯屋権現の霊験に感謝し、守り神として今も崇め続けているという。

     さて、筆者はまず、温泉街の中心部にある「朝市広場」へと向かった。
     名前の通り、普段は早朝に市が立つ場所らしいが、既に昼過ぎだったとはいえ、この日は明らかに様子が違う。

     広場の中央に大きな結界が張られ、内部には藁で作られた“何か”が、ズラッと13体も並んでいるのだ。その見た目は大小様々だが、概ね高さ1~2m余りの円錐形で、真ん中に獅子舞のような怖い顔がある。というか、全身の大部分が顔で、それこそ『千と千尋の神隠し』に登場しそうな雰囲気である。
     これらは「湯屋守様(ゆやもりさま)」と呼ばれる神様。湯屋権現の分霊のような存在らしい。

    大きな藁人形がずらり。湯屋守様である。

     昼神温泉では「遠山の霜月祭」の後、八百万の神がそのまま湯治で滞在し、1年の疲れを癒すと考えられている。湯屋権現も冬の間は温泉で休むとされ、毎年12月から3か月間、代わりを務める湯屋守様が各宿の玄関先などに祀られる。いわば、温泉版の道祖神で、災いが入らぬよう地域と入浴客を守るのである(長野市の芦ノ尻道祖神にも姿が似ている)。

     また、この時期に昼神の湯に浸かると、神様と混浴したとして無病息災のご利益があり、各施設から「入湯の証し」の札を貰えるという。
     この神様が入る湯こそが「御湯」であり、一連の催しを指して「昼神の御湯」と呼ばれているのだ。

     12月の開幕時には、阿智川に架かる恩出橋の上で、降神祭と分湯式が執り行われる。湯立神事などで、湯屋守様に御霊を入れるのだ。
     そして、3月の第1土曜日の夜には、御湯期間のフィナーレとして、お焚き上げ神事(昇神祭)が盛大に執り行われる。役目を終えた全ての湯屋守様を広場に集め、一斉に燃やして天に送り帰すのである。

     もちろん、この夜の儀式が目当てで来た訳だが、明るいうちに会場を下見する事で、湯屋守様をじっくり拝みたかったのだ。その御神体の迫力には、 予想以上に心躍るものがあった。

    (つづく4月15日公開)https://web-mu.jp/spiritual/16002/

    影市マオ

    B級冒険オカルトサイト「超魔界帝国の逆襲」管理人。別名・大魔王。超常現象や心霊・珍スポット、奇祭などを現場リサーチしている。

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