昔話に記される”事故物件”!? 住人を不幸にする祟りの妖怪現場/黒史郎・妖怪補遺々々
ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」! 今回は、「死んだ者が祟る恐ろしい地」を補遺々々します。
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12月に入り、街はクリスマスムード一色! みなさんはどんなプレゼントをもらったり贈ったりするでしょうか? 今月は「開けてはいけない箱」と題するシリーズ前編、プレゼントでも開けて後悔必至! でおなじみ、『舌切り雀』系民話の中から、さまざまなお化けコレクション補遺々々しました。ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!
素敵な包装をされた〈箱〉をもらったら、中身はなんだろうと期待をしながら開けます。
もうすぐクリスマス。今から箱の中身にワクワクと心弾ませる人たちもたくさんいることでしょう。
ですが、世の中には「開けてはならない箱」というものもございます。
すぐに思い浮かぶものは、昔話「浦島太郎」に登場する【玉手箱】でしょう。「開けて悔しき玉手箱」ということわざがありますが、これは期待外れでガッカリすることなどに使われます。
ガッカリどころか、開けたことをひどく後悔してしまう、そんな箱もあります。
昔話「舌切り雀」に登場する、【大きいつづら】です。
強欲なお婆さんが雀のお宿から持ち帰った大きなつづらの中身は、期待していたお宝ではなく、たくさんの蛇や毒虫、ゴミ、そして、こわいおばけでした。
お婆さんはとてもショックを受け、以来、善い人になりました——という話もあれば、つづらから出てきたおばけに喰われてしまい、反省して改心することも許されないまま終わる話もあります。
数ある類話の中で、とくに「ひどい」と感じた「舌切り雀」系の昔話をご紹介いたします。
【舌切り雀】
昔むかし。
お婆さんが川で洗濯をしていますと、ふたつの【香箱】が流れてきました。
そのうちひとつを持ち帰り、大事に飼っていました。
ある日、お婆さんは町へ買い物に行く用事ができたので、自分が留守の間の香箱の世話をお爺さんに頼んで、出かけました。
しかし、お爺さんは香箱の世話をまったくしません。お腹が空いたと香箱が鳴いても無視し、自分だけがご飯を食べ、鍋を洗ったお湯を香箱にぶっかけます。ひどい仕打ちです。
香箱は「あっつっつぅ」と鳴いて、家から飛びだしてしまいました。
帰宅したお婆さんは、香箱がいないことに気づきます。
香箱はどこに行ったのかとお爺さんに訊ねますと、お湯をぶっかけたら鳴いて逃げていったというじゃありませんか。お婆さんはすぐに香箱を捜しに山へ行きました。
道中いろいろあって、ようやく香箱と再会することができたお婆さん。
香箱からたいへん豪勢なご馳走をふるまわれます。
そして、帰りがけに香箱は、こういうのです。
「ここに、重いつづらと、軽いつづらがあります」
どちらか好きな方を持ち帰っていいというのです。
お婆さんは、「自分は年寄りだから」と小さい方を選びます。
こうして持ち帰った小さいつづらの中には、宝物がたくさん入っていました。
それを見たお爺さんは、自分もつづらをもらいに行くといって家を飛びだします。
急に訪ねてきたお爺さんに、香箱は、うどんとぼた餅をご馳走します。
しかし、うどんはミミズ、ぼた餅は馬糞です。
明らかにミミズと馬糞なので食べたくありませんでしたが、食べなくてはつづらはもらえないと思い、お爺さんはがんばってミミズも馬糞もたいらげます。
そしてお爺さんは、念願の【重いつづら】をもらっていきました。
家へ帰る途中、休憩中に箱の中身を見たくなったお爺さんは、つづらの蓋を開けたのです。
すると、つづらの中からは【一目小僧】、【三目入道】などの化け物が出てきて、お爺さんを食い殺してしまいました。
ただ、金玉だけは汚いという理由で、食べ残されてしまいます。
あまりにお爺さんの帰りが遅いので迎えに行ったお婆さんは、峠道に何かが落ちているのに気づきます。
それは、お爺さんの骨と金玉でした。
お婆さんは金玉だけを持ち帰ります。和尚さんに頼んで、金玉だけでも弔ってもらおうと考えたのです。
家へ帰ると金玉を串で刺して焼いておき、和尚さんに頼むために家を出ました。
和尚さんに事情を話すと弔ってもらえることになり、お婆さんは家へ戻ることにしました。しかし、和尚さんにふるまう食べ物を買おうと店に寄っている間、和尚さんはお婆さんを追い抜いてしまい、先に家に着いてしまいます。
見ると、美味そうなものが焼かれているので、焼きすぎたらいけないと思った和尚さんは、それを食べてしまいました。
帰ってきたお婆さんは、焼いていたはずのお爺さんの金玉がないことに気づき、和尚さんに訊ねました。
すると和尚さんは、どうせ自分に出されるご馳走だと思ったから、焼きすぎる前に食べたといいます。
——なんてことでしょう。
お婆さんは、和尚さんにいいました。
「それが、弔ってもらおうと思っていた、お爺さんの金玉だ」
それを聞いた和尚さんは家を飛びだし、「汚ねぇ、汚ねぇ」といって唾を吐きました。
その唾は、タニシになりました。
——というお話です。
「舌切り雀」のタイトルですが、スズメはまったく出てきません。
香箱とは、香木や香料を入れる箱のことのようですが、昔話にはこの箱が川を流れてくる「桃太郎」や「花咲じじい」の話もあり、この「舌切り雀」も、その類の話のひとつです。
また、「舌切り雀」では意地の悪いのはお婆さんであることがほとんどですが、この話では、その役目をお爺さんが担っています。しかも、壮絶な最後が待ち受けていました。
つづらのおばけに喰われるだけならまだしも、自身の大切な部分を「汚い」といわれて食い残されたうえ、あろうことか、和尚に喰われたのです。
しかも、その和尚にまで「汚い」といわれる始末。
ラストの和尚の唾がタニシになる部分も必要だったのでしょうか……。
昔話「舌切り雀」に登場する【大きいつづら】の中身は、これまで多くの絵師に描かれています。
月岡芳年の「新形三十六怪撰 おもゐつづら」がとくに知られていますが、つづらから出てくるおばけは基本自由なのか、昔話の絵本や紙玩具などから集めてみると実にバリエーションに富んでいることがわかります。
どのようなものが描かれているのか、ほぼ現代のものですが、私の集めた「つづらの中」の一部をご紹介します。
※※※
明治35年刊行『言文一致 教育昔話 舌切雀』には、このように書かれています。
『中は寶(たから)と思ひの外、一眼小僧に蝦蟇入道、狸の幽霊 鬼の首、其他 蛇に蝮(まむし)など、さも恐ろしい妖怪(ばけもの)がウジャウジャ詰まって居る(後略)』


「つづらのおばけ」では定番といってもいい、首の長い大入道が描かれています。
長い舌でお婆さんを嘗めようとしています。あるいは、もう嘗めています。お婆さん、ものすごく嫌そうですね。
同じく、「つづらのおばけ」の絵でたびたび見られる、目の飛び出たおばけも確認できます。こちらに描かれているのは、全部ではありませんがスタンダードな「つづらのおばけ」の面子(メンツ)です。
※※※
こちらの絵本、『したきりすずめ/ももたろう』(さくら書房)に登場する「つづらのおばけ」は、見た目はあまりこわくありません。


文章内におばけの描写はなく、ただ「あけてびっくり」とだけ表現されています。
傘のおばけ、提灯おばけ、大蛙、大蛇、タヌキ、それからサトイモみたいな一つ目のおばけがいます。かわいいタッチですし、タヌキがとてもいい笑顔をしているので、こう見ると楽しそうな箱なんですが、お婆さんからすれば、まったく楽しくはないでしょう。
※※※


陽気そうなお爺さんが表紙のこちらの絵本、竹田慎平『したきりすずめ』(日照館書店)に登場する【大きいつづら】には、ほら貝を吹いているご立派な身なりのおばけがいます。烏天狗でしょうか。他にも河童、大蛙、コウモリと盛りだくさんです。
異彩を放っているのが、赤い着物を着た謎の女の子。無気味な笑みを浮かべ、両手をおばけっぽくダラリと下げた少女には、この両手の仕草以外、これといったおばけらしい特徴が見られません。なのに、この中ではいちばん怖い存在だと感じるのは私だけでしょうか。
よく見ると少女に左目が描かれていませんが、これは目がひとつしかないおばけなのか、あるいは、そういう意図はなく、ただ顔の角度で左目が隠れているという表現なのか、わかりません(河童や天狗は同じ顔の角度でも両目を描かれていますが)。

※※※
——ところで、「つづらのおばけ」たちは、どういう経緯があって、つづらの中に入ることになったのでしょうか。あんな狭い中に押し込められて、大変だったと思います。
雀たちがおばけたちに依頼したのか、雀のお宿の常連さんのおばけたちの協力なのか。
その解答ではありませんが、こちらの絵本、木村貞美『したきりすずめ』(幼園社)に登場する「つづらのおばけ」に、興味深いおばけが描かれています。


ダルマもいれば、かなりデカいカタツムリとカマキリもいます。このサイズなら、おばけ扱いでもいいでしょう。そんなおばけにまじって普通のリスっぽいのもいるのが気になりますが、それよりも目を引くのが、このおばけです。

「つづらのおばけ」によく見られる、首の長い大入道の亜種と思われますが、頭は人でなく、スズメに似ているのがおもしろいです。よく見ると、普通にスズメもいます。
なるほど。「つづらのおばけ」は、スズメが化けている可能性もありそうですね。
※※※
「舌切り雀」を題材にした漫画が掲載されている、昭和4年刊行『漫畫繪本物語』小学生全集第八十七巻(文芸春秋社)には、おばけや毒虫ではなく、スズメの入ったつづらが登場しています。


確実に、襲っていますね。お婆さんの表情を見てください。
ヒッチコック的な恐怖です。
※※※


こちらは絵葉書『昔噺 舌切雀』原色写真版に見られる「つづらのおばけ」です。
このレベルのおばけが入っていたら、期待外れどころの衝撃ではありません。
はっきりいって、生命の危機です。暗い背景も相まって、おばけたちの本気度がすごすぎる。お婆さんの表情からも、絶体絶命の状況であることがわかります。
見てください。最前列で箱の縁に手をかけてお婆さんを睨みつけている、この恨めしそうな眼差しを。

「つづらのおばけ」には、箱を開けた相手を落胆させるだけでなく、このように「恐怖させる」という大事な役割があります。あんなに善良なお爺さんと何十年も暮らしていたのに性格がひん曲がってしまったお婆さんです。簡単に改心などしません。これぐらいヤバいおばけをけしかけなくては。
たっぷり肝を冷やしたお婆さんは反省し、それから真人間になってメデタシメデタシ——ならいいですが、きっとこのお婆さんは……。


こちらは、昭和の中頃くらいに販売されていたと思われる、うつし絵です。
文字はなく、絵だけで物語を楽しめる「舌切り雀」です。もちろん「つづらのおばけ」も描かれています。
そこまで大きなつづらに見えないためか、箱から出てくるおばけは3体だけ。描かれているおばけは、どこか愛くるしいです。
左の一つ目なんて、子どもが大人を脅かそうとがんばっているように見えて、なんだかほっこりいたします。この後、お婆さんを美味しくいただいたかもしれませんが……。
黒史郎
作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。
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