軍用兵器の砲弾を吸い込んだ巨大気球の正体は? ペルー・ラホヤ空軍基地UFO迎撃事件/忘れじのUFO事件史

文=秋月朗芳(UFO手帖)

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    空飛ぶ円盤という言葉が世に飛び出して約80年。数々の遭遇の中から忘れられない―― 忘れたくない事例を振り返る。初回は通常兵器をものともしなかった未確認飛行物体について。おや? そんなケース、最近も聞いたような?

    UFOにミサイルを撃ち込んでも無駄!

     今、UFOが熱い!
     2004年に太平洋上空で空母ニミッツから発進した米海軍の戦闘機が、人気お菓子「チックタック」とよく似た奇妙な白い飛行物体を追跡し、その映像がリークされた。
     この事件を発端に、UFOは「UAP(未確認空中現象)」と新たな呼び名が与えられた。米国防総省が専門調査機関を設立し、50年ぶりに米議会でUFOが議題として取り上げられ、その後も断続的に審議が続いているのは「ムー」でもご紹介のとおり。

     さて、直近の公聴会では、2024年にイエメン沖で撮影されたとされる不可解な映像が公開されて、大きな話題となった。その映像には、無人機が捉えた未確認の飛行物体に、追尾ミサイルが発射され命中した様子が映し出されていた。不可解なのは、命中しても爆発がなく「破片のようなもの」が散っただけだったことだ。そして物体は何事もなかったかのように飛行を続けていく。

     この奇妙すぎる「兵器が効かないUAP」の映像で思い出したのが、40年以上前の南米で起きた「ラホヤ空軍基地事件」と呼ばれる事件だ。

     1980年4月11日、早朝。ペルー南部ラホヤ空軍基地。
     オスカル・サンタマリア中尉に「上空の気球を撃墜せよ」との緊急命令が下された。ソ連製のSU-22戦闘機で上昇した中尉の目に映ったのは、想定外の光景。磁器のような質感をもつクリーム色の球体で、底には金属製の皿のような構造が見えた。
     中尉はためらわず30ミリ砲弾を64発発射――命中した、はずだった。
     ところが砲弾は、物体の表面に触れた瞬間、まるでジェル状の壁に吸い込まれるように消え去り、傷ひとつつかなかった。攻撃はまったく通じなかったのだ。
     次の瞬間、物体は驚異的な加速で上昇を始める。中尉は全速で追跡するが、時速950キロで並走したかと思うと、相手は突如として静止。危うく衝突しそうになったという。さらに再追撃を試みた途端、物体は垂直に急上昇。戦闘機の限界高度を超える1万9000メートルに達したところで、燃料切れが迫り、追跡を断念せざるを得なかった。
     作戦は失敗。残ったのは、説明のつかない記憶だけだった。

    スペイン語版の「ナショナル・ジオグラフィック(National Geographic enEspañol)」が制作した、1980年のペルー空軍によるUAP迎撃事件(ラ・ホヤ事件)を視覚的にまとめたインフォグラフィック。戦闘機とUAPの行動の一連の流れを図示している( 画像=WikimediaCommons CC BY-SA4.0)。

     2024年のイエメンと1980年のペルー、どちらも信じられない方法で攻撃をかわしているという点で、ともすれば、われわれが思い描くUFOの概念すら歪めてしまうかもしれない物体だ。ペルーの事件はここまでなら証拠も何もない「都市伝説でしょ」で片づけられる話だろう。だが、この事件には、その後に奇妙な続きがある。
     事件は当時ほとんど報じられず、国内でも忘れられていたという。ところが約20年後、状況が一変する。この事件の詳細な報告書が、米国防情報局から突如として公開されたのだ。
     なぜアメリカで? 慌てたのはペルー政府だった。なし崩し的に機密解除せざるを得なくなる。当時、アメリカはすでにUFOに関する調査を打ち切っていたはずだ。にもかかわらず、南米の事件を秘密裏に記録していたのって、いったい何? ――アメリカは裏でこっそりと情報収集を続けていたってことだろうか?
     さらにこの情報公開後、パイロットはテレビのインタビューに応じ、当時ラホヤ基地には1800人の兵士と職員が勤務しており、そのうち460人が物体を目撃した可能性があることも明らかになった。今では「ペルー史上最大のUFO事件」と呼ばれている。

    1980年に「UFOに攻撃」したパイロットが最近もペルーのテレビでインタビューに答えていた。これも情報公開の流れを受けてのことだろうか(画像=YouTube)。

     いや、冷静になろう。冷戦期におけるペルーとアメリカの軍事的な結びつきを考えれば、情報が米国側に渡り機密扱いとなったことは、それほど不思議ではないかもしれない。

     しかしだ、この記録はアメリカの別の政府管轄の文書でも引用されており、一定の関心を持って追跡されていたことがうかがえるのだ。もはや「知らぬ存ぜぬ」は通らない。「政府はUFO情報を隠蔽している!」とは、UFO陰謀論の定番フレーズだ。かつては信じがたいと思っていたが、最近では本件を含め、FOIA(情報公開請求)という制度の働きによって、長年封印されていたUFO文書が……出るわ出るわ……。
    「やっぱり隠してたんじゃん!」と声を大にしていわざるを得ない。

     アメリカだけという気がしないでもないが、冒頭で触れたように、今UFOシーンは沸騰している。
     昔は素人が細々と続けていたUFO研究も、今や科学者が堂々とやっているほどだ。日本にも超党派の国会議員による「UFO議連」が発足している。
     そして、現在進行形でUFOが語られるようになると、同時に「そういえばあの事件って……」という機運も高まってくるもので、マニアとしてはたいへんありがたい。過去に起き、闇に葬られた数々の事件が、新たな視点から再検証されようとしているのだ。「忘れじのUFO事件史」では、そうした世間から忘れ去られたUFO事件を掘り起こし、再びさまざまな角度から光を当てていきたい。時代が変われば、見えてくるものも変わるからだ。

    (月刊ムー 2026年01月号)

    秋月朗芳

    2005年に発足したUFOサークル「Spファイル友の会」代表。同会で年一回発行している同人誌『UFO手帖』の編集長を務める。また最近『日曜版』という、オカルト/ポップカルチャー/テックを扱うニュースサイトの運営も始めている。

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