幽霊は重力かもしれない…量子重力理論の奇妙な世界で考える「霊の正体」

文=久野友萬

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    観測されても正体はわからない、そもそも科学の対象ではない幽霊は、同じく観測されても解明しがたい重力に似ている?

    幽霊は上下に移動する

     幽霊の正体は何なのだろう? 幽霊を見た人は多い。思い込みや見間違いを差し引いたとしても、相当な数になるだろう。この数を無視する方が科学的ではない気さえする。

     科学者といえば、「幽霊なんてあるわけがない」と冷笑するものだ……そう考える人は多いが、正しくない。月刊ムーの取材で科学者に会うことは多いけれど、みなさん以前からムーを読んでいる。中には定期購読されている方もいる。科学者は個人的にはオカルトが好き。ではなぜそういうイメージかというと、科学は幽霊を否定しているわけではなく、扱うノウハウがないといった方が正しい。

     科学は人間の心に関することは扱わない。これは意識で物理法則は変わるとする魔法と呪術の世界から、物理法則は絶対の理性と実験の世界へと移ったときの暗黙の了解で、まじないの不完全さ、恣意性から離れた客観的な事実のみを科学は扱うことに決めたのだ。呪術の全否定から科学は始まっている。だから幽霊が人間の意識に関係するなら科学の範疇にはない、死んだ人間が幽霊だったら、魂という科学以前の呪術のカテゴリーなので、科学は研究してはいけない。

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     しかしここでは幽霊を科学してみたいと思う。現象として見た時、幽霊には一定の特徴がある。そこから正体を暴けないかと考える。

     いろいろな実話怪談を聞くと幽霊にも共通点があることがわかる。中でも気になるのが垂直方向での移動だ。
     ムー本誌でもちょくちょく登場するイラストレーター兼怪談師の西浦和也氏のレパートリーに「旭山動物園」というネタがある。高級マンションを格安で借りた男がいる。友人が部屋に遊びに行ったら、夜中に天井の一角が丸く光り、そこから逆さになった女が天井から垂直に落ちて床に吸い込まれた。怖くて固まっている友人を見て、男はニヤリと笑い、「な、旭山動物園みたいだろ?」という。

     アザラシが通る透明チューブを幽霊の通り道に見立てるとは……。

     また、カチモードという事故物件調査の会社がある。事故物件のオーナーの依頼で「オバケ調査」を実践している児玉さんによると、マンションやパートで幽霊が出る部屋があると、だいたいその上下の部屋にも人がいつかないのだという。

     映画「三茶のポルターガイスト」で名前の知れたヨコザワプロダクションのスタジオは、やたらに幽霊が出る。この幽霊は出張する。それも上下階。真下はキャバクラだかガールズバーなのだが、出るらしい。決まった場所に出る。その真上はスタジオの隅でよく白い手が現れる場所だ。

    重力がわかれば幽霊がわかる?

     幽霊とは何なのか? 量子力学の統一理論では、この世界は粒子交換による4つの力でできあがっている。これを否定する証拠はなく、解釈違いはあるにせよ、恐らくは正しい。原子内部の力である強い力と弱い力はさておき、私たちの世界を大きくコントロールしているのは電磁力と重力だ。

     幽霊を電磁力で説明しようとする人は多い。幽霊が現れると家電に異常が起きることが多く、撮影しているとカメラが壊れたりコンピュータのデータが異常を起こしたりする。私も心霊スポットの取材をしていた時は、何度か電子機器を操作された。どこにもいない女の声がICレコーダーに録音され、撮影した人魂がSDカードの中を移動し、最後はハードディスクを誤作動させた。

     作家のコリン・ウィルソンは幽霊は電磁的な存在で、地下水脈を帯電させ、そこに残るのだという仮説を立てた。幽霊を電磁的な存在と仮定すると説明がつくように見えることは多い。意識は脳神経の中の電流の流れなのだから、死後、意識が電磁的にこの世に残るというのはあるのではないか? 空間にそうした性質があるのでは? みたいなSF小説の設定はありそうだ。

     しかし前述の上下移動を考えると、もしかしたら、幽霊は重力なのではないか。
     彼らが重力なら、いまだに何一つわからないことにも納得がいく。物理学にとって重力は鬼門で、ヒッグス粒子が見つかったと言っても、だからといって重力の正体がわかったわけではない。無限遠まで届く小さな力であり、粒子交換で説明つくはずの量子力学で重力子は見つかっておらず、無理やりひねり出したヒッグス粒子でなんとか説明しようとしているがエレガントではない。つまり間違っている可能性がある。

     今、もっとも新しい量子論のひとつ、量子重力理論では重力をエントロピーで説明しようとしている。エントロピーは無秩序を表す概念で、デタラメさを表す。量子重力理論では時間をエントロピーと見なす。時間は存在しない、という衝撃的なコピーで紹介されたのは、時間がエントロピーの流れ、すなわち無秩序が増える方向を示すものだからだ。

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    エントロピーに抗する生命は反重力である

     時間と空間は表裏一体だというのがアインシュタイン以降の宇宙観だ。そして重力と空間も表裏一体。宇宙の膨張が時間を発生させ、超重力の特異点=ブラックホールでは時間は凍結する。ということはエントロピーの増大と重力の増大は反比例し、重力が大きくなるとエントロピーが減少、重力が小さければエントロピーは増大する?
     ふんわり考えるとそうなるが、量子重力理論はそう単純ではない。それにこのロジックでは重力とエントロピーには相関がありそうだねというだけで、重力をエントロピーで説明することにはならない。

     物体があれば、物体の形に時空は曲がっている。理屈上はそう考える。物体には重さがあるので、重さで時空は曲がる。実際の物体と時空の曲がり方にはわずかな差がある。宇宙創成やブラックホールでは、この差が無視できないほど大きくなる、この差をエントロピーで表そうというのが量子重力理論だ。

     エントロピーが大きいと空間は引き延ばされてエントロピーを小さくする効果が働くのだという。散らかった部屋も体育館の広さにしてしまえば、散らかり具合いも目立たなくなるというわけだ。

     重力理論のいうように重力とエントロピーに関係があるとしよう。これと幽霊に何の関係があるのか? 宇宙はエントロピーが増大する方向に働く。量子重力理論では、だから宇宙は膨張するのだという。増大するエントロピーを薄めるためだ。この理屈を使えば、ダークエネルギー抜きで宇宙の加速膨張を説明できるのだが、ここでは割愛。

     一方、生命はエントロピーと拮抗する。割れた岩が元に戻ることはないが、生物は傷を治す機能がある。容赦なくエントロピーは増大するものの、それでも組織化という反エントロピーの作業を続け、出産をし、命はつながれていく。無生物が99パーセント以上を占めるこの宇宙で、生物は奇跡的にエントロピーに対抗し、秩序を保つ、反エントロピーな存在なのだ。

     生命が反エントロピーで重力はエントロピー。
     だとしたら生命とはすなわち反重力ということになる(あくまで極論で暴論であることはご理解を。だってそう考えたら面白いじゃないか?)。

     重力の無限遠に届く力は、生命では局所に押し込められ、重力と生命は反発し、浮遊する。幽霊の正体が生命を生命たらしめている反エントロピーのアルゴリズム(反エントロピーの発生システム)なら、そりゃ浮くだろう。プカプカ浮いて、その場所から動けないだろう。反エントロピーは反重力であり、重力の真反対の性質を持つのだから、無限に広がる重力とは反対に反重力は1点でしか存在しない。だから幽霊はその場所に固定される。

     反重力はすべての力は粒子の交換という量子論から生まれた。陽子や電子のように必ず重力子はあり、それと対になる反重力子もあるというのが根拠だ。しかし相手が反エントロピーなら、量子加速器では生み出せない。エントロピーそのものを測定する方法もない。恐らくは空間の歪みを測定する技術が必要だが、ブラックホールのような極限以外では難しい。

     次の物理はエントロピーを操作する技術の開発になるだろう。その時、私たちはこれまでオカルトとされていたタイムトラベルや幽霊、反重力にUFO、そうしたすべてがエントロピーでつながっていることを知るのだ。

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    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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