タイムトラベルは“実現した瞬間に不可能になる”!? 矛盾に耐えきれず世界線が自壊する“自己抑制的な現象”理論

文=仲田しんじ

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    現在のこの世界にタイムマシンは存在しないと思われるが、もしも未来のどこかの時点でタイムマシンが開発されると仮定してみると、現在を訪れているタイムトラベラーがいてもおかしくないし、未来から持ち込まれたタイムマシンもどこかにあるはずだが――。

    公認タイムトラベラーがいないのはなぜか?

     映画『ターミネーター』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のような有名なタイムトラベルの物語はSFとして極めて魅力的であるが、タイムトラベルについて考えるとさまざまな“無理難題”な矛盾が浮上することになる。

     たとえば「祖父のパラドックス」は、タイムトラベラーが自分の親を生み出す前の祖父母を殺害した場合に何が起こるかを探る思考実験である。

     過去に行って自分の祖父を殺せば、その瞬間に自分は存在しなくなるはずだ。自分が存在しなければ何の行動も起こせないが、しかし過去で祖父が生きているままであれば父を誕生させ、その後に自分が生まれてしまうのだ。

     このパラドックスを解消する理論は、パラレルワールドが無数に枝分かれしているという「多世界解釈」で、過去に行って自分の祖父を殺せば、祖父が存在しない世界が枝分かれして出現し、そのタイムラインでは自分もまた存在しないことになる。しかし、祖父の殺害後に自分が存在しないパラレルワールドに戻ることができるとは考え難い。元の世界に戻るとすれば、そこでは祖父が存在(存命しているがどうかに関わらず)していることになる。

     このように堂々巡りの思考実験になってしまうタイムトラべルだが、そもそもの素朴で最大の疑問は、これまでの人類史において誰一人として公式に確認されたタイムトラベラーが存在しないという事実であるかもしれない。

     ネット上の“自称タイムトラベラー”は少なくないが、これまで彼らが実際にタイムトラベルする現場を確認した事例はないだろう。

     理論物理学者の故スティーブン・ホーキング博士は2009年に“タイムトラベラーパーティー”を企画し、事後に開催を告知するパーティーを開いたのだが、残念ながら誰一人として参加者はいなかったという逸話が残されている。

     タイムトラベラーが私達の日常生活に紛れているなら、1人くらいは参加してほしかったものだが、冷やかしや気まぐれで来る者すらいないということは、やはりタイムトラベルは不可能なのだろうか。

    Dave TavresによるPixabayからの画像

    結果的にタイムトラベルが不可能になる!?

     英エディンバラ大学情報学部の研究員であるアンドリュー・ジャクソン氏が今年8月に学術サイト「arXiv」で発表した「Where Are All The Tourists From 3025?(3025年から来た観光客はどこにいるのか?)」というタイトルの研究論文では、タイムトラベルが少なくともこの現実世界では不可能であるように見える理由について、科学的・技術的な側面を超えた理由を探求し、タイムトラベル自体が“自己抑制的な現象”である可能性を示唆している。

    画像は「arXiv」より

     自己抑制的であるということはつまり、もしも仮に未来にタイムマシンが開発されたとしても、人類はタイムトラベルをしなくなったのである。

     ジャクソン氏の理論は、タイムトラベルが特定の現実に不安定さをもたらすことで自らを破滅させる結末をもたらし、最終的には最も安定したタイムライン、つまりタイムトラベルがまったく存在しないタイムラインにつながるという考えを探求している。

     つまり、タイムトラベルが技術的に可能になると、パラドックスに耐え切れずにタイムラインが自壊して結果的にタイムトラベルが機能不全に陥り、そうなった時点でタイムトラベルが不可能な世界になるというのだ。

    「私のモデルを前提とすると、タイムトラベルは自己抑制的であると結論づけます。タイムラインは絶えず書き換えられ続け、最終的にはタイムマシンが一切建造されないタイムラインに到達します」とジャクソン氏は記している。

    「この時点では、タイムラインをこれ以上変更することは不可能です」(論文より)

     ジャクソン氏はこの考えを、ロシアの数学者アンドレイ・マルコフにちなんで名付けられた「マルコフ連鎖」を用いて例証している。

    「マルコフ連鎖」とは、未来の状態が現在の状態のみに依存し、過去の状態には依存しないという事象の連鎖を説明する概念である。

     論文の中でジャクソン氏は、あらゆるタイムラインにタイムトラベルを導入すると動的な不安定性が生じ、最終的にはタイムトラベルが発明されなかったタイムラインに収束するという。つまり、あらゆるタイムラインの中で最も安定した状態であるタイムマシンがない世界に落ち着くことを示している。

    Eva MichalkovaによるPixabayからの画像

     しかし、この継続的なタイムラインの変化のプロセスは、現在の我々のようにタイムトラベラーではない者にとっては、一瞬のことのように感じられるという。タイムトラベルが可能になった次の瞬間に、永遠にタイムマシンが無い世界が出現するというのだ。

     古典物理学における熱力学第二法則では、物体は常に最も安定した状態に戻る。たとえば、熱いコーヒーが室温まで冷めるのと同じであり、もしタイムマシンが時間的な不安定性をもたらすなら、タイムラインも同様に最も安定した状態、つまりタイムマシンが全く存在しないタイムラインに戻ることになるということだ。

     タイムトラベルは人類にとってまさに“泡沫の夢”ということになるのだろうか。そして、もしもタイムラインが切り替わった時点でタイムトラベルをしていたら、その時代に取り残されることになる。ひょっとして“自称タイムトラベラー”たちはその種の“迷子”なのかもしれない!?

    ※参考動画 YouTubeチャンネル「AI Papers Slop」より

    【参考】
    https://www.popularmechanics.com/science/a65973489/missing-time-travelers-of-3025/

    仲田しんじ

    場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
    ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji

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