人間の意識は脳内の量子もつれが生み出している!? 人体に秘められた「量子通信リソース」に最新研究が迫る!

文=仲田しんじ

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    依然として謎に包まれている人間の意識の源泉。それは量子論の世界に属する現象かもしれないという――。

    意識の源泉は脳内の量子もつれ!?

     人間の意識はどのようなメカニズムで発生しているのか、依然として解明されていないが、それと同じく難解な問題であるのが「量子もつれ」などの量子論現象である。

     量子もつれとは、2つの量子(通常は光子)が、たとえ遠く離れていても、時空を超えて分かちがたく結びついている現象である。この現象にはアルバート・アインシュタインをはじめとする世界を代表する知性たちも困惑を余儀なくされた。アインシュタインは量子もつれを「不気味な遠隔作用」と呼んでいる。

    dlsd cglによるPixabayからの画像

     類は友を呼ぶのだとすれば、共に不可解な現象である意識と量子もつれには関係があるのかもしれない。つまり、脳内で起きている量子もつれが意識を発生させているのではないか? そんな可能性が改めて注目を集めているという。

     人間の脳が量子特性をもつという考えは新しいものではなく、イギリスの物理学者ロジャー・ペンローズとアメリカの麻酔科医スチュアート・ハメロフは、1990年代に「Orch OR 理論」というモデルを用いて、意識は量子論現象の過程から生じていると提唱した。それ以降も、いくつかの研究によって脳内のある種の量子特性が意識の生成に関与している可能性が示唆されてきている。

     しかし一部の科学者からは、量子現象が起きるには脳は高温で乱雑すぎるとの指摘もあり、また脳内で量子現象が起きていたとしてもその検出はきわめて困難であることが示唆されている。それでも研究は続けられている。脳内の量子もつれが意識を生み出しているというアイデアは一部で熱心に検証されているのだ。

    ミエリン鞘で量子もつれの光子対を生成

     昨年8月に「Physics Review E」で発表された上海大学の研究では、神経線維を覆うミエリン鞘内で、多数の量子もつれ光子が生成できることを報告している。つまり、脳内の神経細胞で量子もつれ現象が起きているというのだ。

    「進化の力が便利な“遠隔作用”を求めているのであれば、量子もつれはその役割に最適な候補となるでしょう」と上海大学のヨン・コン・チェン氏は科学メディア「Phys.org」への声明で述べている。

    画像は「Popular Mechanics」の記事より

     脳は神経組織の主要構成要素であるニューロン間でシナプスと呼ばれる電気信号を発することで、内部で情報伝達を行っている。意識をはじめとする脳の機能は、何百万ものニューロンの同期した活動によって生じていると考えられるが、しかしこの正確な同期がどのように起こるのかはまだよくわかっていない。

     ニューロン間を接続するのは軸索(電線に似た長い構造)で、それを脂質でできた白い組織であるミエリンでできたコーティング(鞘)が覆っている。数百層にも及ぶミエリンは、軸索を絶縁するだけでなく、軸索の形状を整え、軸索にエネルギーも伝達している。しかし、この軸索に沿って信号が伝播する速度は音速未満で、時には音速をはるかに下回り、脳が実行できるあらゆる機能の基礎となる何百万ものニューロンの同期を生み出すには遅すぎる。

     そこで研究チームは、ミエリンが光子の量子もつれを可能にする環境を提供していることを示唆。ミエリンによって光子の量子もつれが起きていれば、ニューロン間の信号伝達がはるかに高速化され、認知能力、特に情報処理と迅速な反応に不可欠なニューロンの同期能力の著しい向上を説明できる可能性があるのだ。

    「ミエリン鞘によって形成される円筒状の空洞が、振動モードから自発的な光子放出が促進され、相当数のもつれた光子対を生成できることを示しています」(研究論文より)

     研究チームは、赤外線光子がミエリン鞘に作用し、脂肪組織に埋め込まれたC-H結合(炭素=水素結合)にエネルギーを与える仕組みを詳細に記述する数理モデルを構築した。この数理モデルによれば、多数の光子対が絡み合った二光子生成が促進され、神経系内で一種の「量子通信リソース」として機能する可能性がある。

    Gerd AltmannによるPixabayからの画像

    「量子通信リソース」発見への困難な道のり

     今後、科学者たちが脳の新たな「量子通信リソース」の発見に取り組むには、この現象が生物学的な環境(マウスの脳内など)で確認される必要があるのだが、著者たちもそのプロセスはきわめて困難な道のりになると率直に認めている。

     さらに、量子もつれが意識に影響を与えるという考えはどうやらまだ主流ではなく、前出のハメロフは科学誌「New Scientist」の取材に対し「彼ら(上海大学)の意識モデルが発表された後、私たちへの非難の声がとても多くなった」と語っている。

     ともあれ科学とは、存在の本質を見極めるために仮説を立て、厳密な検証を重ねることにある。そして歴史が示すように、かつては“遠隔作用”と思われていた現象が、今や量子論の礎となっていることも事実だ。今後の研究の進展で量子現象と意識の関係がひとつでも多く解明されることに期待したい。

    ※参考動画 YouTubeチャンネル「The Informatics」より

    【参考】
    https://www.popularmechanics.com/science/a65368553/quantum-entanglement-in-brain-consciousness/
    https://phys.org/news/2024-08-photon-entanglement-rapid-brain-consciousness.html

    仲田しんじ

    場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
    ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji

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