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動物の味覚は人間とどう違うのか? 実は人間は進化の過程で味覚を失ってきた? 最新研究によって次第に明らかになってきた味覚の真実に迫る。
動物は味がわかるのか? 犬猫を飼っていれば、わからないとは思わないだろう。しかし、ドッグフードをかじってみると、彼らの味覚が鋭敏だとはとても思えない。人間の味覚からすると、あれはとんでもなくまずい。何がうれしくて、あんなものをガツガツ食べるのか。
近畿大学農学部の西原秀典准教授、明治大学農学部の戸田安香特任講師らは、哺乳類だけではなくトカゲや蛇のような爬虫類や魚まで含む脊椎動物全体で、味覚の遺伝子がどのように分布しているのかを調べた。すると、動物たちが非常にグルメな舌を持つことが分かったのだ。
人間は舌に味覚細胞を持ち、そこに味の受容体がある。甘・酸・苦・塩・うま味の五味に辛味(痛みに分類される)、脂肪の受容体があり、それぞれ受け取る化学物資が決まっている。受容体の種類が増えれば、それだけ受け取る化学物質の種類が増えたり、味の区別がより多彩になるわけだ。
これまで人間で3種類見つかっていたうま味と甘味の受容体遺伝子が、脊椎動物全体で11種類も存在することが発見された。これまで見つかっていた遺伝子はTAS1R1(以下、T1R1)、TAS1R2(以下、T1R2)、TAS1R3(以下、T1R3)の3種類で、うま味の受容体はT1R1+T1R3、甘味の受容体はT1R2+T1R3の組み合わせで発現する。うま味と甘味の受容体はごく近い。
今回、発見された11種類(新規には9種類)の遺伝子はシーラカンスのような原始的な魚や肺魚など哺乳類よりも進化していない生き物に多く見られることがわかった。何らかの理由により、生物は進化の過程で味覚を失ってきたのだ。
調べた生き物は魚が7種類、それにトカゲとウーパールーパー(アホロートル)、ニワトリである。こうした受容体により、彼ら魚やトカゲは人間には感知できないアミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシンなど)の味も感知できる。いずれも体内で合成できないために外から摂る必要のある必須アミノ酸であり、多様な受容体は生存に必要なのだろう。
調べた生物の中でもっとも遺伝子が多かったのが、ウーパールーパーだった。
筆者はウーパールーパーを飼っていたことがあるが、イトミミズを丸呑みするだけで、とても味わっている感じはなかった。丸呑みでグルメなら、グルメとは何なのか。しかし、彼らはアミノ酸の微妙な味を感じている。不思議な話だ。
猫は甘味受容体遺伝子のT1R2+T1R3のうち、T1R2遺伝子が発現しない。つまり、甘味受容体が作られないため、猫は甘味を感じない。ちなみに、同じ理由でニワトリも甘味を感じない。
猫は甘味を感じないが、T1R1+T1R3は正常に働くのでうま味は感じる。ウォルサム ペットケア科学研究所が行った、猫にうま味成分を含んだ水を飲ませる実験と培養細胞を使った遺伝子活性の研究で、猫は人間がうま味を感じるグルタミン酸とアスパラギン酸には反応せず、かつお節など魚類のうま味成分であるイノシン酸とヒスチジンに大きく反応することがわかった。
猫は完全な肉食動物で、植物性のうま味はまったく感じない。肉に含まれるうま味しかわからないのだ。では、糖分はどうやって補っているのかといえば、たんぱく質を分解して合成している。肉さえ食べていれば、猫は元気。逆に甘いものを食べるとすぐに糖尿病になる。猫に甘いものは厳禁だ。炭水化物も不要なので、猫まんまは猫にはまったく良くない。
肉の中でも特に魚肉はイノシン酸が多い。グラム当たりで比較すると、かつお節のようにマグロを乾燥させたマグロ節がトップで970ミリグラムもある。かつお節が500~700ミリグラム、煮干しが400~850ミリグラムと魚の乾物はイノシン酸が濃縮されている。
生マグロは250~360ミリグラムなので、猫は生魚よりもマグロ節やかつお節にまっしぐらだ。肉では豚肉が一番高く230~290ミリグラム、鳥肉が150~230ミリグラム、牛肉は低く、80ミリグラム程度だ。
ちゅ~るの主成分はまぐろとまぐろ節、あるいはかつお節、鳥のささ身。猫にとっては、ごちそうでしかない。猫がちゅ~るをなめまくるわけである。
『科学者たちが語る食欲』(サンマーク出版)に興味深い研究結果がある。オーストラリア国立大学のアンニカ・フェルトンは、サルの食性を調べる中で、クモザルがある種のイチジクを偏食していることに気づいた。イチジクが手に入る時は、他の果物に目もくれず、イチジクばかりを食べる。
気になったフェルトンは、イチジクの栄養素とクモザルが他の食物を食べている時の栄養素を調べた。するとイチジクのタンパク質、脂肪、炭水化物の割合とクモザルがさまざまな果物や葉や虫などで摂取するこの3つの栄養素の割合が一致したのだ。最適な栄養バランスだからこそ、クモザルはイチジクを偏食していたわけだ。
昆虫から動物まで、生物は食べる時に最適の栄養バランスで食物を選んでいる。
人間の場合、自由に食べ物を選べるようにすると、タンパク質が15~17パーセントの食事をする。パンやご飯のような炭水化物や、甘いものばかりの食事でタンパク質を減らすと、カロリーが35パーセント増えるが、タンパク質量は自由に食べさせた場合と同じだった。高たんぱく質食にすると総カロリーは38パーセントも減った。生物の体がほぼたんぱく質でできていることを考えれば、たんぱく質の量が最優先で確保されるのは当たり前の話だろう。
生物にはそれぞれ適切な栄養バランスがあり、味覚はそのためのセンサーとして働く。
鳥には甘味受容体はないが、花の蜜を吸うハチドリは例外的に甘味受容体を持っている。肉食だったパンダは、竹食に変わることでうま味受容体を失った。パンダはうま味を感じないのだ。
欧米人と日本人ではうま味遺伝子のT1R1の発現が違う。日本人はT1R1遺伝子の発現率が高い。日本人は、魚食、海藻食が多い食環境に合わせてうま味重視の味覚へと最適化した。これはチンパンジーでも調べられていて、彼らは住んでいる地域によって苦み遺伝子の発現が違う。葉を食べる率が高い集団は苦味受容体遺伝子の発現率が低い。
欧米の料理が日本人の舌に合わないというのは、遺伝的に味覚の分布が違うからだ。生き物は種だけではなく、暮らす場所でも味覚が変わるのだ。
【参考】
Umami taste perception and preferences of the domestic cat (Felis catus), an obligate carnivore(Chemical Senses, Volume 48, 2023, bjad026)
久野友萬(ひさのゆーまん)
サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。
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