21世紀にも生きる「ファラオの呪い」/昭和こどもオカルト回顧録
王の眠りを妨げるものは呪われる……! 「ファラオの呪い」が、現代の世界を震えさせた。懐かしくも恐ろしい怪奇譚を今、見つめ返す。
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大河ナイルの上流、エジプト最南部のヌビア地方に築かれた壮麗なアブ・シンベル神殿。古代エジプト史に名を残す偉大な王、ラムセス2世の最高傑作とうたわれたこの巨大神殿には、高度な天文知識によって作られた、驚くべき「仕掛け」が施されていた!
午前3時、大型観光バス、マイクロバス、乗用車など、およそ50台の車両が「コンボイ」と呼ばれる隊列を組み、警察の護衛車両に前後を守られながらアスワンの町を出発する。この一大集団がいっせいにアブ・シンベル神殿を目指す。
アスワンから南へ約280キロ、ヌビア砂漠を猛スピードで疾駆するうちに、真っ暗闇の空が次第にオレンジ色に染まっていく。砂漠を黄金色に照らしながら昇る太陽が、今日の撮影の成功を予感させる。
アブ・シンベル神殿は新王国時代第19王朝の半ば、紀元前1250年ごろにラムセス2世によって建立された。数千年もの間、砂に埋もれていたこの巨大な神殿は、1800年代にスイスやイタリアの探検家たちに発見され、いまやエジプトを代表する遺跡のひとつとなっている。
なんといっても目を引くのが、神殿正面に並ぶ4体の巨大な王像だ。像の高さは21メートルで、すべてラムセス2世の像である。ラムセス2世は67年におよぶ治世の間に、エジプト全土に数多くの建造物を築いた王として有名だが、アブ・シンベル神殿はエジプト最南端のもっとも大規模かつ壮麗な神殿として、彼の最高傑作と評されている。

自身の像やレリーフを多数残したラムセス2世は自己顕示欲が強かったといわれるが、アブ・シンベル神殿の巨大な王像はその極めつけといえるだろう。しかし、この神殿のすごいところは像の大きさだけではない。ここには1年に2度だけ見られる、驚くべき「仕掛け」が施されているのだ。筆者はそれをカメラに収めるべく、未明の大ツアーに参加したのである。
午前7時、ようやくアブ・シンベル神殿に到着。正面から朝日に照らされた大神殿の4体のラムセス像が圧倒的な存在感を見せつけながら、ツアー客を出迎える。
王像の足元にある入り口を抜け、大列柱室へと入る。ここにはオシリス神の姿をした、高さ9メートルのラムセス2世像がある。

立ち並ぶ8体の王像の間を通り過ぎ、大神殿の一番奥へ進んだところに、今回の目的だった神像が目に飛び込んできた。
至聖所と呼ばれる部屋のつきあたりの壁に並ぶ4の像。右側から太陽神ラー・ホルアクティ、神格化されたラムセス2世、王の守護神アメン・ラー、そしてメンフィスの創造の神にして冥界神プタハが、差し込む朝日に照らされ、窓のない至聖所の暗闇に浮かびあがっている。
春分と秋分の日、東向きの大神殿の入り口から差し込んだ朝日が、約60メートル先の至聖所の神像を照らしだす。これが、アブ・シンベル神殿の「仕掛け」である。
地平線から朝日が昇った瞬間、壁面に鎮座する像は太陽の光を浴びて輝きだし、神々にはさまれたラムセス2世は永遠の力を手にする――、なんともドラマチックな演出だ。しかも闇の神である左端のプタハ像には、光が当たらないように設計されているのだ。驚くべき技術ではないか。
エジプト文明が高度な天文知識をもっていたことは知っていたが、春分と秋分の日を正確に割りだし、朝日が差し込む時間、角度など、太陽の軌道を計算しつくして設計された、いわば「天文装置」ともいえるこの大神殿を前にしては、ただ古代人の叡智に驚嘆させられるばかりだった。
朝日が像に当たるその瞬間を撮りたくてはるばるやってきたのだが、残念ながら日の出には間に合わなかった。それでも、わずかではあるが像まで光が届いていて、たしかにプタハ以外の神たちが照らしだされている姿を見ることができた。
神殿内は撮影禁止になっているにもかかわらず、観光客たちは小さなデジタルカメラでお構いなしに撮影している。筆者も、警備員に見つからないように大きな一眼レフを胸の前に構え、うまく撮れるように祈るような気持ちで、ファインダーをのぞかずにシャッターを切った。

1960年代、アスワン・ハイ・ダムの建設計画によって、アブ・シンベル神殿は水没の危機に陥った。しかし、遺跡の価値を認めたユネスコが世界中に呼びかけ、日本を含む30か国以上の国の援助により、4年の歳月をかけてもとの位置から約60メートル上方に移築された。
神殿は1000以上のブロックに分割され、慎重に再建された。先の「大仕掛け」も損なうことなく再現され、おかげで現在でも数千年前と変わらぬ天文ショーを見ることができるのだ。
カイロからナイルをさかのぼること670キロに位置するルクソールは、古代エジプトでもっとも栄えた都だ。かつてテーベと呼ばれ、中王国時代、新王国時代、そして末期王朝時代と、エジプト文明の長い歴史の中で、たびたび首都として繁栄した。
ルクソールにはカルナック神殿やルクソール神殿、王家の谷など名立たる観光名所が集まっているが、ここからさらに南、アスワンとの間にも古代エジプト末期の華麗な遺跡が点在する。
ルクソールの南約100キロの地点には、ホルス神を祀ったエドフ神殿がある。プトレマイオス朝時代に上エジプトの都として栄え、ホルス神とアポロンを同一視したギリシア人に「アポリノポリス・マグナ」と称された歴史をもつ地だ。
神殿は紀元前237年ごろ、プトレマイオス3世が着工し、約180年後のプトレマイオス12世の時代にようやく完成した。数あるエジプトの神殿遺跡の中でも、もっとも保存状態のよいもののひとつである。


エドフから南へ60キロほど行ったところにはコム・オンボ神殿がある。コム・オンボとはアラビア語で「オリンポスの丘」を意味し、その名のとおりギリシアの影響を色濃く残している。
神殿からは新王国時代の遺物も発見されているが、現在の神殿はプトレマイオス朝時代末期のプトレマイオス6世から、ローマ皇帝アウグストスの時代まで受け継がれて完成したものだ。

コム・オンボ神殿には、ワニの頭をもつセベク神とハヤブサの頭をもつハロエリス神という2神が祀られているため、塔門や列柱、至聖所にいたるまで、すべてふたつずつあるのが特徴的だ。
レリーフの美しさに感心しながら撮影をしているところへ、警備員が微笑みながら近づいてきた。頼みもしないのに列柱に刻まれたレリーフの説明を始め、ワニのミイラのある部屋へ連れて行かれた。どこの遺跡でも出会うバクシーシ(謝礼)目当ての行為だったのだが、ひとりで探しても見つけられなかったこともあり、これもエジプト名物と割り切ってドル紙幣を渡した。


エジプト最南部のヌビア地方は、先史時代から金や銅などの鉱山物質に恵まれた豊かな地である。アスワンはヌビア地方の中心で、古代においては中央アフリカとの貿易の中継地として大いに栄えた。気候も温暖なため、多くの旅行者がエジプトで一番安らげる都市としてその名を挙げるそうだ。
アスワン市内の船着場から、イシス神殿のあるフィラエ島に渡る。イシスは冥界の神オシリスの妻にして天空の神ホルスの母であり、古代エジプトにおいては重要な神のひとりだ。
フィラエ島はイシスがホルスを生んだ聖なる島として、イシス神信仰の中心地であった。島には末期王朝時代からローマ帝国時代にかけて、さまざまな神殿や建物が建てられたが、中でも見事なのがイシス神殿である。
イシス神殿はプトレマイオス朝時代の紀元前4~紀元前3世紀に建造された。神殿のいたるところにイシスやホルス、ハトホルなどさまざまな神々の姿が刻まれており、ヌビア地方を代表する美しい遺跡である。


しかし「ナイルの真珠」と称されたこの美しい島も、アスワン・ハイ・ダムの影響で水没の危機にさらされた。一時はダムに半ば没するまでになったが、1972年から7年の歳月をかけて近くのアギルキア島に移築され、華麗な姿を取り戻したのだ。現在はここがフィラエ島と呼ばれているが、かつてのフィラエ島はすでに湖底に沈んでいる。

アスワンではほかにも興味深いものが見られる。町から東へ1キロのところに、切りだし作業の途中で放置された巨大なオベリスクがあるのだ。
古代からアスワン地方では花崗岩が産出され、ここから切りだされた巨石はナイル川でエジプト各地に運ばれた。オベリスクがある場所はかつて石切り場だったところで、古代の石切りの作業工程が見てとれる。
放置されたオベリスクは、新王国時代のトトメス3世のころのもので、長さがおよそ42メートル、重さは1200トン近くあるとされ、完成していればエジプトで最大級のものになるはずだった。
切りだしの途中でヒビが入ったため放置されたといわれているが、うまく切りだせたとしても、目的地までどのように運び、どのように立てるつもりだったのだろうか。

今回筆者はアブ・シンベル神殿の「仕掛け」を見るために、春分の日を狙ってスケジュールを組んだのだが、エジプトを目指す旅行者に目的を聞いてみると、実に人それぞれの答えが返ってくる。
世界中のツーリストたちの心を捉えて放さない古代エジプト文明は、筆者にも旅塵を払う間もなく次のエジプト行きを考えさせるほど、強力な魔力をもっているようだ。
(月刊ムー 2005年8月号 初出)
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