ラヴクラフトにも影響を与えたアメリカ最古の呪術ステート/ロードアイランド州ミステリー案内 

文=宇佐和通

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    超常現象の宝庫アメリカから、各州のミステリーを紹介。建国起源州のひとつロードアイランドは、アメリカが生み出したあの“神話”の始祖の地でもあった!

    独自の怪異譚をもつ、アメリカ最古にして最小の州

     “オーシャン・ステート”というニックネームを持つロードアイランド州には、アメリカ独立時のオリジナル13州のひとつという側面がある。そして全米50州の中で面積が最も狭く、陸地面積(2,707平方キロ)は最大面積のアラスカ州の約547分の1、本土48州最大の面積を有するテキサス州の約250分の1で、日本を尺度にすると47都道府県中42位の佐賀県とほぼ同じくらいのサイズ感だ。「小さなロードアイランド州」というニュアンスを込めて“リトル・ローディ”と呼ばれることもある。

     アラスカやテキサスなどの広大な州なら、車はおろか人さえほとんど通らない辺鄙(へんぴ)な道路やどこまでも続く山並みなどの風景が伝説の舞台となるだろう。しかしロードアイランドで語り継がれている伝説の存在域は、海沿いの町や豪邸、そして墓地が密集する小規模なコミュニティだ。魔女、幽霊、吸血鬼、そして超常現象……。ロードアイランドならではという伝承に盛り込まれている要素は想像よりも多い。独自の系統の怪異譚が生まれた理由には、州としての長い歴史と移民の民間信仰が深く関与している。

     ロードアイランドが宗教的自由の地として建国されたのは1636年だ。初期の移民は清教徒だけでなく、魔術や占いを含めたオカルト思想を信仰対象にする人々も含め、多様な文化的背景があった。こうした多様性が、後になって数々の不気味な伝説を育んでいくことになったようだ。

    新大陸を震撼させた19世紀のヴァンパイア

     新天地アメリカでの魔女裁判はマサチューセッツ州のセーラムが有名だが、ロードアイランドもまたウィッチクラフトに彩られた地だった。病や災難を引き起こす存在として特に目立っていたのは、州南部ニューポート周辺に住んでいたアンという名の魔女だ。本人が実際に裁判にかけられたり、命を奪われたりすることはなかったが、多くの人々から向けられる深い疑念が拭われることはなかった。特に彼女が実践していたされる呪いにまつわる噂が州民の心に淀んでいたのだろう。

    セイラムの魔女裁判を描いたイラスト。ロードアイランドもウィッチクラフトに彩られた土地だった。HistoryExposeより。

     先住民族ナラガンセット族の存在も、この地ならではの伝承に強い影響を与えていると考えられる。彼らの自然信仰の枠組みの中では湖や岩、森に魂が宿り、軽んじれば呪いの災厄がもたらされると信じられていた。ヨーロッパ移民はこうした話を知り、自分たちが抱くキリスト教的な恐怖と重ね合わせ、独特の怪異譚体系が形成されていったのかもしれない。

    ロードアイランド州の先住民族、ナガランセット。(ロードアイランド大学のPDF資料より)

     19世紀のニューイングランド地方一帯が吸血鬼騒動で揺れたことはよく知られている。ロードアイランド州も、こうしたトレンドの中心地のひとつだった。1892年、州南部のエクセターという町でマーシー・リーナ・ブラウンという若い女性が亡くなった。彼女の死後、血縁者たちが次々と結核に侵され、短い期間で多くの人々が亡くなった。住民たちがさかんに「死者が生者を蝕んでいる」と噂していたという記録は残されている。

     不気味な事件の原因を特定し、さらなる悲劇を防ぐため墓を暴いて確認すると、マーシーの遺体は生々しく血を宿していた。恐怖を覚えた住民たちは心臓を焼き、その灰を一族の生き残りであるエドウィンという男性に飲ませて呪いを断とうとした。だが効果はなく、エドウィンもまた命を落とした。この事件はアメリカにおける最も有名な吸血鬼伝説のエピソードとされ、現在も研究と創作の対象となっている。

    ラブクラフトにも影響を与えた奇怪な古建築の数々

     また、州内には怪異譚の舞台としてふさわしい古い豪邸やホテルがある。ニューポートのベルコート城には世界中から集められた骨董品のコレクションがあり、今も訪れる人が多い。「座ると振動する椅子」や「見えない者に押される感覚」など、不気味な噂が後を絶たない。典型的な幽霊屋敷として、修道士や騎士、女性、腕の幽霊など多彩な心霊現象の目撃が続き、現代も超常現象のイベントやゴーストツアーのメインアトラクションとなっている。

    ベルコート城(画像=Wikimedia commons)。

     1922年に建設されたプロビデンス・ビルトモア・ホテルは、出資者が悪魔崇拝者だったと噂され、開業当初から不穏な雰囲気に包まれていた。自殺や殺人に関する話が絶えず、2000年に「アメリカで最も呪われたホテル」のひとつとして公式に認定された。よく知られているのは、1929年の株価大暴落ですべてを失った投資家が14階から飛び降り自殺したという話だ。この人物は今も死に切れていないようで、宿泊客が窓越しに落ちてくる人影を見ることがよくある。かなり昔の時代の洋服を着た男がさかさまになって落ちていく途中で目が合うという体験をする人もいて、このストーリーラインが大都会で語られるようになった都市伝説の原型になった。

     バックストーリーも興味深い。前述の通り、1918年に建設を出資したヨハン・ヴァイスコフはサタニストだったといわれている。彼はホテルの屋上で動物を飼い、儀式を行うための小屋や地下に儀式用の泉を設置したといわれている。禁酒法時代には地下室が違法酒場として使われ、多くの暴力事件や殺人が起きた結果、犠牲者の霊が館内に閉じ込められているという話もある。

    ビルトモアホテル(画像=Wikipedia)。

     下を徘徊しながら踊るカップル。存在しない宿泊客。勝手に開閉するドア。浴槽で溺れた女性や、血まみれの少女の影。プロビデンス・ビルトモア・ホテルにまつわる怪談は後を絶たない。スタンリー・キューブリック監督が『シャイニング』の制作に関わった際、このホテルからかなりのインスピレーションを得たという話はよく知られている。

     プロビデンス出身の有名作家H・P・ラヴクラフトは、州の伝承と歴史的建築様式から強く影響を受けたようだ。1937年に発表された小説「忌まれた家」は、プロビデンスのベネフィット・ストリートにある実在の家が舞台であるとされており、町の住民はラヴクラフトの生家を今も怪異の象徴とみなしている。文学と民間伝承が溶け合い、ラヴクラフト自身もロードアイランド伝説の一部になっているのかもしれない。

     全米最小であるにもかかわらず、ロードアイランド州は先住民族や移民の文化的記憶を反映したオカルトのタペストリーのような場所なのだ。数多くの観光客が今も有名スポットを訪れ、心霊ツアーやラヴクラフト文学の聖地巡礼を楽しむ。この地で語られ続ける伝説の数々は、ポップカルチャーという枠組みの中で保たれてきた独自の伝承の影響力を雄弁に物語っているのだろう。

    H・P・ラブクラフト(画像=Wikipedia)。

     

    宇佐和通

    翻訳家、作家、都市伝説研究家。海外情報に通じ、並木伸一郎氏のバディとしてロズウェルをはじめ現地取材にも参加している。

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