南北戦争の激戦地に残る「兵士の霊」怪談/ペンシルベニア州ミステリー案内

文=宇佐和通

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    常現象の宝庫アメリカから、各州のミステリーを紹介。今回の舞台は都市伝説を生成し続ける土地、ペンシルベニア州。

    アメリカ最大の古戦場が心霊スポットに

     ペンシルベニア州には製鉄業とアカデミズム、レンガ造りの工業地帯と緑濃い山並み、植民地時代から残る大通りと廃れた鉄工所跡など、さまざまな種類の対比がひしめき合っている。多用な風景からは多彩な物語が生み出される。長い間語り継がれている伝説に耳を傾ける者は、工場の汽笛や教会の鐘、そして森を吹き抜ける風の音を感じ取るかもしれない。実際に起きた悲劇的な出来事に由来する話も、“いかにも真実”という響きに満ちた作り話も、土地そのものに刻まれた有機的な記憶として生き続けている。

     州南部のゲティスバーグは、アメリカで最も有名な幽霊スポットのひとつとして知られている。南北戦争の激戦地だったこの町では、今も過去の記憶が息づいている。観光ガイドや毎年の祭りで兵士を演じる人々、さらにはホテルの従業員や学生まで、自分が目撃者となった怪奇現象について語りたがる人が多いことも特徴として挙げられるだろう。小麦畑の中を歩く兵士が見えた。写真に幽霊としか思えないものが写り込んだ。古い建物から太鼓や銃器の音が聞こえた。そんな“証言”が絶えない。

    ゲティスバーグの古戦場跡(画像=Wikipedia

     特に有名なスポットとして挙げられるのは、デビルズ・デンとファーンズワース・ハウス・インだ。南北戦争当時の弾痕が今も建物のあちこちに残るファーンズワース・ハウス・インは世界中から多くの超常現象愛好家を集め、奇岩の群れであるデビルズ・デンはネイティブアメリカンの霊や埋葬されていない兵士の魂が夜な夜な現れる場所として認識されている。

     こうした有名心霊スポットにおける目撃談について、スケプティクスの間では「暗示による錯覚」というコンセンサスが出来上がっているものの、160年以上にわたって数えきれないほどの体験談が語られてきたことも事実だ。ゲティスバーグは伝説や伝承がそのまま土地のアイデンティティになるプロセスの典型例であり、この地を訪れる人々の多くは過去の兵士たちの行軍を追体験するような感覚に襲われるという。

    ゲティスバーグはアメリカ南北戦争の激戦場となった。

    幻の「地獄の門」が開くとき……

     ペンシルバニア州を代表するもうひとつの都市伝説は、州南部ヨーク郡のヘラムに伝わる“7つの地獄の門”だ。町はずれにある森に7つの門が設置された。近郊にあった大規模メンタルクリニックの火災後、脱走した患者を封じ込めるためのものだったという。昼間に見えるのはひとつだけだが、夜になると7つの門がすべて現れ、順番に通り抜けていくと、最後に地獄に落ちると言われている。しかしこの話は完全なストーリーで、門は昼間見えるひとつしかなく、メンタルクリニックが存在していた記録もない。周囲の環境が物語を紡ぎ出したのだろうか。地元では肝試しの定番スポットとして知られている。

     この話は州南東部にあるスプリングシティのペンハースト州立病院の逸話がコピペされたのではないかと考える人が多いようだ。この病院は1980年代に虐待事件で閉鎖され、その後アメリカの負の遺産として知られるようになった。荒れ果てた建物は心霊探検の場となり、子どもの声や勝手に動くストレッチャーの目撃談が絶えない。

    実在しない「地獄の門」の都市伝説(イメージ画像)。

    刑務所の廃墟が恐怖を誘発する

     州南東部最大都市フィラデルフィアにあるイースタン州立刑務所は、19世紀に「独房監禁制度」を導入した画期的な施設だった。その象徴である放射状に延びる長い廊下と天窓は「神の眼差し」を象徴している。ただ、ユニークすぎるデザインの建物そのものが幽霊譚のおどろおどろしさと直結するという意見もあるようだ。かつてアル・カポネが収監されていた刑務所は、廃墟となった後に足音や囁き声を聞き、鉄扉がひとりでに開閉するという怪奇現象が頻発するようになった。現在は歴史博物館として運営されているが、毎年秋にはホラーイベントが開催され、期間中は現実と怪談の境界線がますます曖昧になる。

    イースタン州立刑務所(画像=米議会図書館)。

     フィラデルフィアには「どこにも行かないバス」というちょっとほっこりする都市伝説がある。このバスに乗ることができるのは、仕事や家族を失うなど、悲しみの縁に立たされ、絶望と喪失を抱えた人たちだ。乗客は呆然としたまま車内で過ごし、降りるタイミングを思い出した者にはバスの記憶が一切残らない。ただ、バスに乗ったことが人生の転機になるという。由来については諸説あり、地元のストーリーテラーによって様々なバージョンが存在する。オーソドックスなものは、バスが街を一周する間に気持ちを落ち着かせた乗客が好きなところで降り、人生の新しい幕開けを迎える。バスの番号もルートも定かではないが、人を癒す都市のシステムへの願望が形になった物語といえるだろう。

    乗ると人生の転機になるというバスの都市伝説(イメージ画像)。

    伝説が「都市伝説」になるプロセス

     ペンシルベニア州の都市伝説は州の歴史や自然災害、社会不安と密接に関わっている。多くは実際の悲劇や災害、孤独や死への恐怖が語り継がれる過程で歪曲・脚色され、メディアや地元のカルチャーによってストーリーラインが拡張されてきた。都市であっても郊外であっても、多くの人々によって語られる伝説は不安や警告としての役割も担っている。

     数々の伝説は小説や映画、YouTubeのドキュメンタリー、ポッドキャストで繰り返し取り上げられている。特にファーンズワース・ハウス・インやペンハースト精神科病院跡は伝説をそのまま活用した観光スポットとして知られている。こうした物語は単なる娯楽でなく、コミュニティの結束やアイデンティティの表現でもある。世代を超える伝説は「自分の物語」へと結びつける重要な役割を果たしているのではないだろうか。

     ペンシルベニア州の都市伝説は、独自でありながらアメリカ社会が抱える不安を反映しているという解釈もある。現実の悲劇やねじ曲げられた記憶、地元に住む語り部たちの創造力によって生まれる物語によって、古い伝説が語り継がれる一方で新たな怪奇談が生まれる。それに若い世代の「伝説巡り」—車で心霊スポットを訪れ体験を共有する行為―が、物語を世代から世代へとつなぐ役割を果たしている。フィラデルフィアとピッツバーグという二大都市が噂を広め、郊外の怪談を都市伝説として定着させるための理想的な舞台となってきたことも、ペンシルバニア州の独自性ということができるだろう。

    宇佐和通

    翻訳家、作家、都市伝説研究家。海外情報に通じ、並木伸一郎氏のバディとしてロズウェルをはじめ現地取材にも参加している。

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