藪知らずに、迷い込む 「千葉の多層異界」深津さくら怪談/吉田悠軌・怪談連鎖
内容が似通っているわけでなくても、奇妙な関連性を感じてしまう怪談がある。怪異の連鎖は人だけでなく、土地、時間、道具、さまざまなモノにひもづいて起こっていくのだろうか。
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巨大な妖怪、あるいは朝廷に従わない「まつろわぬ民」とされる土蜘蛛。しかし本当にそうなのか?文献を読み解くことでみえてきた、土蜘蛛の新たな可能性とは。
人を食べる巨大な蜘蛛の妖怪とされる、土蜘蛛(つちぐも)。酒呑童子を退治した源頼光や渡辺綱に討たれたといい、能や歌舞伎の題材となり、江戸時代の妖怪画家・鳥山石燕も描いている。
時代を遡ると、古事記や日本書紀には、朝廷の命令に従わない「まつろわぬ民」として登場する。尾がある、手足が長い、身長が低い、岩穴に住むといった特異な描写はあるものの、あくまでも神や魔ではなく人であり、「野蛮人」といった趣だ。土蜘蛛という名は、朝廷に従わず、遅れた生活をする人々に対する蔑称といわれ、稲作農耕民とは異なる山岳民や縄文系の民ともいわれる。
だが、本当にそうなのか。古事記では、土蜘蛛は神武東征の場面の一か所しか登場しないが、日本書紀では、時代や場所の異なる複数場面に登場する。さらに、ほぼ同時代に編纂された各国の風土記には、様々な時代、場所に、膨大な数の土蜘蛛が登場する。これらをひとつひとつ見ていくと、先に述べたような一般的な説明とは、全く異なる土蜘蛛像が浮かび上がってくるのだ。
そのひとつが、土蜘蛛には固有の名前を持つ人物が多く、そのうち間違いなく女性と分かる者が、全体の約4分の1に及ぶということである。なかでも、現在の大分県日田市に登場する五馬媛(いつまひめ)については、伝承地に女性首長が続いた事が明らかな古墳がある。
福岡県みやま市には、当地に現れる田油津媛(たぶらつひめ)の墓とされる蜘蛛塚があるが、そこは邪馬台国九州説の大本命とされる「山門(やまと)」の地である。土蜘蛛の多くは、卑弥呼のような女性シャーマン、巫女に率いられる人々であったらしい。その名や行動から、はっきりとシャーマンと分かる土蜘蛛も存在する。
佐賀市に現れる大山田女・狭山田女(おおやまだめ・さやまだめ)のふたりの土蜘蛛は、当地の女神の祟りを鎮める方法を朝廷に任命された領主に教え、「賢し女」と称えられたという。それが「佐賀」の地名由来になったとされている。その方法は、当地の土で人や馬の形を作るというもので、埴輪としか思えない。山田という名にしても、稲作農耕民を思わせる。
宮崎県高千穂町は、天孫降臨神話の地として名高いが、天孫瓊瓊杵(ににぎ)尊が降臨した際の地上は真っ暗で、当地の土蜘蛛である大鉗・小鉗(おおはし・おはし)が瓊瓊杵尊に稲籾を四方に撒くように教え、それによって地上が明るくなったとされる。この神話においては、稲作農耕の起源ともいえるような位置付けであり、朝廷サイドに重んじられてさえいる。
古事記や日本書紀では、神武東征の場面に現れる為、大和地方の山岳民という印象があるが、その他は、九州中部、新潟、茨城、福島に分布している。数としては、九州中部に偏っており、肥前(佐賀・長崎県)が最も多い。離島や沿岸部に住む土蜘蛛もいくらかおり、五島列島にも現われる。五島列島は、遣唐使が寄港するなど、古くから大陸との窓口になって来た場所だ。
福島県棚倉町に現れる土蜘蛛は、八つの部族に分かれ、それぞれ長に率いられており、うちふたりは「媛」の名を持つ。彼らは石の砦を築き、強力な弓を連ねて、一度は朝廷から任命された地方長官を敗走させている。結局は日本武尊に討たれるのだが、神衣媛(かむみぞひめ)と神石萱(かむいしかや)という「神」の名を冠するふたりだけは許され、その子孫は風土記編纂当時もこの地に住んでいて、一族は「綾戸」と呼ばれている。これは、絹織物の技術を持つ渡来系氏族「綾部」と酷似している。組織化された軍事行動、強大な武器や要塞、渡来人が持つ先端技術、ここには「遅れた生活」は見当たらず、むしろ進んでいる様子すら窺える。
このように、古代の土蜘蛛についての記述を、詳細に見て行くと、既存の説明の範疇には収まらないものであることが分かる。朝廷に従わない「まつろわぬ民」だというが、朝廷サイドに重んじられた記録もある。山岳民だというが、平野にも沿岸にも島にも住んでいる。縄文系だというが、稲作農耕文化と深い関係のある例もある。遅れた生活をしていたともいえない。
こうなると、土蜘蛛というのは一体何なのか、その定義を再考してみねばならない。同じ場面に、土地の者として登場しながら、土蜘蛛と呼ばれる者とそうでない者がいるのだが、その差異は不明だ。朝廷に従うか従わないか、稲作をするかしないか、山に住むか住まないか、文明レベルが低いか高いか、といった違いではないのは、既に見た通りである。
一方で、古代の土蜘蛛のなかには、不思議な共通点のあるものがある。奈良県の葛城と、茨城県、どちらも土蜘蛛に由来する地名だと、日本書紀、風土記にそれぞれ書かれているのだが、片や葛、片や茨と、どちらもツル植物で作った網状のものによって討たれている。なぜこんな内容が共通しているのか不思議だが、いかに古代の事とはいえ、朝廷が行った戦争の描写としては子供だましの感があり、蜘蛛と網(蜘蛛の巣)という、文学的象徴表現によるものと思われる。そこには、土蜘蛛という名が単なる蔑称ではなくて、「蜘蛛」である事に深い意味合いがあるように思えるのだ。
多様で定義が不明な土蜘蛛という存在も、蜘蛛に関係するという共通項があるなら、土蜘蛛と呼ばれるか否かの差異が、はっきりしてくる。
日本神話には、様々な動物が登場する。因幡の白兎や、それを傷付けた鰐(鮫)、三輪山の大物主神の正体とされる蛇、三本足の八咫烏等である。特に、大物主神のように、出雲系の神々と蛇の結び付きは強い。日本中の神々が出雲に集まる「神在祭」では、今でも晩秋に出雲に回遊してくるセグロウミヘビを、「龍蛇様」として丁重に祀る。
このように、特定の集団と宗教的に結び付けられ、祖神として神聖視される動植物を、トーテムという。トーテム・ポールのトーテムである。トーテム信仰は、古代や未開の社会においてよく見られるが、多神教が主流となって来た日本では、文明が発達した社会でありながら、今でも見つける事ができる。多くの神社で定められている、狐、鹿、猿、鳩、狼等幅広い「神使」も、その一種と言われる。先に述べた、出雲に代表される蛇のトーテム信仰は非常に強く、一方で蛇を気味悪がりながら、一方で蛇を神聖視するという精神文化は、現代でも顕著だ。
思えば蜘蛛も、蛇のように一方で気味悪がられ、一方で害虫を捕食する益虫と尊ばれる。不吉なものとも、福をもたらすものともされる。蜘蛛も、かつては蛇のようなトーテムであったのではないか。そして、土蜘蛛とは、蜘蛛をトーテムとする部族であったのではないか。
世界の神話を見渡してみると、蜘蛛の神もいくらか見つかる。ネイティブアメリカン・スー族に伝わるイクトミは、蜘蛛の姿をした男神で、日本でも知られるお守り「ドリームキャッチャー」を伝えたという。同じくネイティブアメリカン・ホピ族の神話に伝わるコクヤングティは、蜘蛛の女神で、副創造主とも言うべき高位の存在である。西アフリカに伝わるアナンシは、やはり創造神に近い立場であり、「全ての物語の王」と呼ばれる。アイヌ神話のヤオシケプは、噴火湾沿岸の村を破壊する巨大な蜘蛛の化物とも、石狩を守る蜘蛛の神とも伝わる。
(つづく)
高橋御山人
在野の神話伝説研究家。日本の「邪神」考察と伝承地探訪サイト「邪神大神宮」大宮司。
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