船を座礁させる「死者の灯り」の起源と都市伝説的意味/デラウェア州ミステリー案内

文=宇佐和通

    超常現象の宝庫アメリカから、各州のミステリーを紹介。案内人は都市伝説研究家の宇佐和通! 目指せ全米制覇!

    アメリカ最初の州

     各地のフォークロア(=民間伝承)には、自然現象とその土地ならではの逸話を紐づけた話が多い。米デラウェア州沿岸部を舞台として語られ続けている今回の話も、まさに土俗的な民間伝承や都市伝説の一種に分類できる。

     同州は米大西洋岸中部に位置し、建国に関わった13の植民地のうち最初に合衆国憲法を批准したことから、「ファースト・ステート(最初の州)」というニックネームで呼ばれる。きわめて柔軟な法人法が施行されていて、税制をはじめとする各種の条件・環境が企業にとって有利であることから、米国の上場企業の約60パーセントが登記上、本社を同州に置いている。

    リホボス・ビーチ 画像:「Adobe Stock」

     LGBTQ+コミュニティに支持されている「リホボス・ビーチ」は同州随一のリゾート地として多くの観光客を集め、デラウェア美術館やヘグリー美術館などの文化施設や、世界中のモーターファンに知られるナスカーレースも有名だ。

     デラウェア州初期の開拓地ルイスの近郊に、ケープ・ヘンローペン国立公園という観光名所がある。この公園の一帯で起きた事件がきっかけになり、州民によって今も語り継がれている「死体の灯り(Corpse Light)」という伝説がある。内容を大まかに言うなら、「なにも知らない船乗りを破滅へと誘い込む不思議で禍々しい光」に関する話だ。

    船を座礁させる「死者の灯り」

     物語の起源は、開拓時代までさかのぼる。 ネイティブアメリカンの結婚式に侵入したイギリス兵が出席者たちを虐殺。この蛮行に怒った部族のシャーマンが土地に呪いをかけ、「死体の灯り」と呼ばれる光を召喚、白人の船を岩礁へと導き、沈没させるようになったという。罪のない部族の人々が虐殺された報復としてかけられた呪いは、アメリカの海岸に近づくすべてのヨーロッパの船を沈め、破壊してしまうのだ。

    「死体の灯り」にまつわる最も有名な事件として挙げられるのは、デヴォンシャーマン号の沈没だ。1655年のクリスマス、船員たちは遠くに見える光を灯台と思い、まったく疑うことなく船を進めた。しかし、彼らが見ていたのは「死体の灯り」だった——。デヴォンシャーマン号はケープ・ヘンローペン周辺海域の険しい岩場で座礁し、200人以上が命を落とす大惨事となった。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     目撃者の話によれば、「死体の灯り」は灯台そっくりの輝きを放ちながら突然現れ、忽然と消えるという。霧の多い夜に現れることが多く、航海中の船を誤った方向に導くのだ。光は前述のとおり、先住民のシャーマンによる呪いであるとか、デヴォンシャーマン号で亡くなった船員たちの霊であるといわれている。

     一帯は海に近いにもかかわらず、デヴォンシャーマン号の沈没後も灯台は設置されなかった。その後も光は現れ続け、ヘンローペン岬の岩の多い海岸沿いで数多くの難破事故が起きた。同様の事故があまりにも多いため、地元自治体が1767年に灯台を建設し、ケープ・ヘンローペン灯台と名付けた。この灯台は1924年まで稼働していたが、1926年に海岸浸食により土台から崩れ、海に向かって倒れてしまった。これもシャーマンの呪いだったとする見方もある。この灯台の存在が土着的フォークロアである「死体の灯り」の伝説に何らかの影響を与えたのか、それともその逆なのかについては、地元の民俗学研究者の間でも意見が分かれるところだ。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     ここまで読み進めて、ジョン・カーペンター監督の『ザ・フォッグ』(1980)というホラー映画を思い浮かべる読者もいるのではないだろうか。映画の舞台はカリフォルニア州の小さな港町だが、「死体の灯り」がヒントになった可能性もひしひしと感じるストーリーなのだ。

     いずれにせよ、少なくともケープ・ヘンローペン周辺では「死体の灯り」が単なる怪談としてだけ認識されているわけではない。歴史的事件と文化的記憶が融合した逸話であり、超自然現象としても、寓話的な警告としても語るに値する物語としてとらえられている。もちろん今でも、光に関する話は人々の想像を掻き立て続けており、年配者にはこの話をタブー視する人たちさえいるという。

    「死体の灯り」の目撃は何世紀にもわたって数えきれないほど報告されているにもかかわらず、伝説が真実であることを裏付ける具体的な証拠はいまだ見つかっていない。古い民間伝承に基づくバイアスの結果であるとの指摘もある。また、奇妙な出来事は単に「セントエルモの火」に似た自然現象や大気の光学現象だと主張する人もいる。セントエルモの火とは、主に尖った物体の先端(船のマスト、飛行機の翼、教会の尖塔、避雷針など)に現れる、紫がかった青白い光の放電現象だ。雷雨の前後など、強い静電場が形成されたときに発生しやすくなる。

    都市伝説に求められるすべての要素を含んだ逸話

    現在のケープ・ヘンローペン灯台と海 画像:「Adobe Stock」

     デラウェア州を代表するフォークロアとして語り継がれている「死体の灯り」の物語は、土着の実話怪談でありながら、見たものをそのまま信じ切ってしまったために被る危険や、植民地時代の暴力の代償を物語る教訓的な話として機能している可能性もありそうだ。都市伝説に必要不可欠な要素がきちんと盛り込まれたモデルケースともいえる。

     話をそのまま信じる人もいるし、すべてを否定する人もいる。超自然現象や呪いといったものを信じるかどうかには関係なく、「死体の灯り」の伝説は、美しい場所に潜む身も凍るような物語の記憶を呼び覚ますものにほかならない。

     陽が落ちてからケープ・ヘンローペン州立公園を訪れるなら、特に何らかの理由で沖合いにいる時は、地平線から目を離さないほうがいいだろう。暗闇から静かに現れる「死体の灯り」にいざなわれ、大惨事を引き起こす岩場へと吸い寄せられてしまうかもしれない。

    宇佐和通

    翻訳家、作家、都市伝説研究家。海外情報に通じ、並木伸一郎氏のバディとしてロズウェルをはじめ現地取材にも参加している。

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