高位の者限定だった? 4000年前に書かれた古代エジプト版冥界の歩き方『二つの道の書』の秘密

文=仲田しんじ

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    初めて訪れる旅先を巡るには『地球の歩き方』のようなガイドブックがあったほうがよいが、古代エジプト文明の古い墓の棺から『冥界の歩き方』が発見されていた――。

    古代エジプトのガイドブック「冥界の歩き方」とは?

     古代エジプト文明の死生観には、死後の世界への並々ならぬ執着がうかがえるが、その中核となる存在が死と復活の神であり冥界の支配者である「オシリス」である。死者はオシリスの元にたどり着くことで復活への道が拓かれると考えられていたのだ。

    オシリス(Osiris) 画像は「Wikimedia Commons」より

     しかし、初めて足を踏み入れた死後の世界で何を指標に進んでいけばよいのか。しかも当然だが一人ぼっちである。そこで古代エジプトでは、死後の世界で迷うことなくオシリスの元にたどり着くためのガイドブック、いわば「冥界の歩き方」をファラオなどの高位の人物の棺に忍ばせていた。

    『二つの道の書(The Book of Two Ways)』と呼ばれるこのガイドブックには、冥界の支配者であるオシリスの元にたどり着くための2つのルートがイラストを交えて示されている。

    画像はYouTubeチャンネル「Did You Know Discovery」より

    「多くの点で『二つの道の書』は歴史上最初の挿絵入りの本と言えます」と米シカゴ大学の古代エジプト専門家、フォイ・スカルフ氏は「The Times」誌に語っている。

    「(同書は)神聖な地理についての初めての図解ガイドなのです」(スカルフ氏)

    『二つの道の書』は死者が冥界の危険な障害を乗り越えて来世に辿り着けるように念入りにデザインされた、まさに「冥界の歩き方」そのものであった。

     古代エジプトでは、ファラオや高官たちが死後の世界で新たな人生を送るために、ミイラとして肉体が保存される風習があったのはご存じの通りだ。まさに死は“新たな人生”への門出であったのだ。

    世界最古の『二つの道の書』が発見される

     これまでに24点の『二つの道の書』が発見されているということだが、2019年に「The Journal of Egyptian Archaeology」で発表された研究で、2012年に発見された同書はこれまで最も古い本であることが報告されている。なんと4000年前にさかのぼる本であり、それまで見つかっているものよりも約500年古い本であるという。

     エジプト中王国時代(前2040年頃~前1786年頃)の王墓であるデイル・アル・バルシャの墓は、菌類によってひどく劣化しており、繰り返し略奪を受けていたため、価値あるものは失われていると考えらていたが、考古学者のハルコ・ウィレムス氏率いる調査チームは、この王墓で石棺の残骸を発見。

     そこには象形文字や絵が描かれている2枚の木製パネルがあり、高解像度のソフトウェアを使用して分析してみると、この木版が『二つの道の書』であることが判明したのだ。そして、これまで発見されている同書で最も古いものであることも明らかになったのだ。

    画像はYouTubeチャンネル「Did You Know Discovery」より

    「ニューヨーク・タイムズ」紙の取材にウィレムス氏は「この文章は、太陽神が“守護の炎の輪”を通過してオシリスに到達することについて書かれています」と説明している。

     木版には多くのイラスト入りの門と、来世への2つの道を示す2本のループ線が描かれており、路上には精霊の姿やさまざまな現象が描かれている。死者にはこの図をよく見て、太陽神に守られている2つのルートのどちらかを通ることが求められているのだ。

     ウィレムス氏によると、この最古の『二つの道の書』は「アンク」と呼ばれる女性の墓にあった。彼女はこの時代のエリート官僚と関係があった高位の女性であったことが示唆されているという。

     そして興味深いのは、『二つの道の書』の記述から、彼女が男性として扱われていたことが推測できる点だ。ウィレムス氏は「冥界でどうやって生き延びるかが、男性的な言葉で表現されているのです」と話す。

     米カリフォルニア大学のエジプト美術と建築の専門家であるカラ・クーニー氏によれば、「古代エジプトでは、再生は男性の神とより密接に関連していたため、亡くなった高位の女性はオシリスに近づくために“彼”と呼ばなければならなかった」と説明する。

    画像はYouTubeチャンネル「Did You Know Discovery」より

     さて、『二つの道の書』はエジプト王国の高官のために用意されたガイドブックであるが、その内容についてはまだ多くの謎が残っている。

     同書は「棺のテキスト」として知られる膨大な著作群の一部で、死後の世界に関する1000以上の呪文や宗教的文章が含まれているのだが、作者や執筆時期などについてはほとんどわかっていない。研究者たちはこの発見を手掛かりに同書の秘密をさらに解明したいと考えている。

     古代エジプト研究では「ファラオの呪い」も気になるところだが、眠れる死者の魂を乱すことがないように気を配りつつ研究の進展を期待したいものだ。

    ※参考動画 YouTubeチャンネル「Did You Know Discovery」より

    【参考】
    https://www.thesun.co.uk/tech/10090139/ancient-egypt-coffin-map-underworld/
    https://www.express.co.uk/news/history/1226480/Ancient-Egypt-news-archaeology-news-latest-history-archaeology-news-pharaoh-history

    仲田しんじ

    場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
    ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji

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