寄生虫の都市伝説/MUTube&特集紹介  2023年5月号

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    人間の行動を支配する恐るべき生物たちの噂と真実について、本誌の独自取材で得た貴重な最新情報を三上編集長がMUTubeで解説。

    ネコ由来の寄生虫が人の性格を変える?

     寄生虫にまつわる噂話はいくつもある。有名なところでは花粉症。お腹に寄生虫がいると花粉症が治るのだという。ホントかウソかよくわからない。
     あるいは、ネコの寄生虫が人間にうつると、性格が変わるという話もある。異常に活動的になり、挙句あげくに自殺するとの研究もある。人間を自殺させる寄生虫? もしかすると宇宙からの侵略兵器なのか?
     そもそも寄生虫とは何なのか? ちまたでいわれる寄生虫の持つ奇妙な作用は本当なのか? 世界でも珍しい、寄生虫だけの博物館、公益財団法人目黒寄生虫館の館長、倉持利明氏に話を聞いた。
     トキソプラズマという主にネコに寄生する寄生虫がいる。ネコから人間に感染することはわかっていたが、この寄生虫、人間を狂暴な性格に変貌させてしまうらしい。
     間欠性爆発性障害(intermittent explosive disorder、以下IED)という病気がある。
     大した原因もないのに突然怒りだしたり、他人に罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせたりする。交通科学の分野では、あおり運転の常習者がかかる病気として扱われている。
     シカゴ大学のエミル・コッカロ医師らは、IED患者のトキソプラズマ感染率が明らかに高いことから、「トキソプラズマが人間を攻撃的に変化させるのではないか?」との研究を発表している。
     コロラド大学のステファニー・K・ジョンソン博士らの研究では、トキソプラズマに寄生された人は、非寄生者に比べてビジネスを専攻する可能性が1.4倍高く、他のビジネス関連の重点よりも「経営と起業家精神」を重視する可能性が1.7倍、自分で起業する可能性が1.8倍も高かったという。
     トキソプラズマに寄生されると脳が攻撃的になり、その結果、雇われるよりも起業してしまうのだろうか。本当なら、引きこもりの人は猫を飼うことで起業家に変貌できるのか?
     トキソプラズマに寄生されたネズミは、恐怖心がなくなり、平気でネコの前に姿を現すという話もある。アイダホ大学のギュスターブ・アリザバラガ博士は、トキソプラズマに寄生されたネズミが異常に活動的になり、ネコの前にも平気で現れて食べられてしまうことを発見した。トキソプラズマは脳から恐怖心を消し去るのか?
     人間でも、ネコを飼っている人の自殺率は有意に高い。デンマーク、オーフス大学の論文「トキソプラズマ原虫感染と経産婦の自傷」によると、デンマーク生まれの経産婦4万5788人を対象に行われた疫学調査で、トキソプラズマ感染者の自殺の相対リスクは非感染者の2.05倍となった。

    意味のないことはしないトキソプラズマの戦略

     トキソプラズマは人間を操るのか?
     そうくと目黒寄生虫博物館の倉持利明館長は、「好きだね、みなさんね」と苦笑いをした。
    「私は獣医なんだけど、『ネコ飼ってるんだけど大丈夫ですか?』みたいなご相談はあります。子供のころからネコを飼っていて、すでに感染していれば大丈夫なんですよ。無症状の人はたくさんいますから。しかし妊婦さんが初めてかかると大変です。トキソプラズマは立派な病原体ですから」
     妊婦がトキソプラズマに初めて感染すると、胎児に重大な障害が起きる。顕著けんちょなのは水頭症。髄液が全身に回らずに頭に溜まる病気だ。異常に頭が膨れあがり、脳にも障害が発生する。
    「ネズミが感染するとネコを恐れなくなるといいますよね。本当かよ、それって(笑)」
     あくまでも統計上のデータを、自分の都合のいいように解釈しているのではないか、と倉持館長。
    「私たちは生物の進化の過程を見ることはできない。結果を見ていろんなことを考えるわけです。つまり、結果だけで、そういうふうに見えるだけ」
     トキソプラズマが操っているわけではない?
    「寄生されるとリーダーになるという話も、トキソプラズマの進化にとってどういう意味があるのかが考察されていません。意味のないことは、たぶんしないでしょう。トキソプラズマにとって、有利じゃなかったら選択されないはずだから」
     たしかに、トキソプラズマに感染された人間が起業家になることが、トキソプラズマの生存戦略に有利になるとは……考えにくい。
     カマキリやカマドウマなどに寄生するハリガネムシは、繁殖期になると宿主を水辺へ誘導し、溺死できしさせるという。水中でハリガネムシは宿主から脱出し、他のハリガネムシと交尾をする。
     水に落ちた虫は魚に食べられるが、その量が凄い。神戸大学大学院理学研究科准教授の佐藤拓哉氏らの研究では、渓流のサケ科の魚が年間に得る総エネルギー量の約6割が、溺死するカマドウマでまかなわれているという。
     ここまで多いと、単純に寄生されて溺死という話ではなく、山と川の生態系のなかで、ハリガネムシの果たす役割まで踏みこまないと本当の意味が見えてこない。
    「どこまでが正しくサイエンスなのか、冷静になったほうがいいですよね」
     倉持利明館長はそう警鐘を鳴らす。
     そもそもトキソプラズマの感染者は、世界の全人口の半分近い30億人もいるのだそうだ。母数の大きさを考えれば、単純にトキソプラズマが人を自殺させるとか、起業家にさせるとはいえないだろう。
     世の中のふたりにひとりも起業家がいたら大変だ。

    (文=久野友萬 イラストレーション=坂之王道)

    続きは本誌(電子版)で。

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