頭をカラッポにして涼みたい「スイカ怪談」/妖怪補遺々々
夏の風物詩の代表格でもあるスイカ、そして怪談。どちらも涼しくなるものですが、両者が組み合わされば効果は倍!?ーー ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去ら
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120年前に、沈没船から発見された機械装置。「古代のコンピューター」と目されながら、これまで多くの謎に包まれていたオーパーツの実態がついに明らかになった!
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ピリ・レイス地図、パールベックの巨石、クリスタル・スカルーいずれも「オーパーツ(場違いな工芸品)」と呼ばれるものだ。もちろんこの言葉から、ほかにも人はさまざまな遺物を思い浮かべることだろう。しかし、もしもオーパーツのベスト10を作るとしたら、必ずそのなかに入ってくるであろうものがある。それが、アンティキティラ装置だ。
地中海のペロポネソス半島とクレタ島の間に浮かぶアンティキティラ島。1901年、この島の沖合に沈没していた古代ローマ時代の船から、奇妙なものが発見された。以後、100年以上にわたって世界中の研究者たちを困惑させつづけることになるオーパーツ=アンティキティラ装置であるこの装置は、カレンダー機能だけでなく、日食や月食が起こるタイミングや惑星の動きまで正確に知ることができるため、「史上初のアナログコンピューター」というニックネームで呼ばれることもある。
当然ながら、作るにも使うにも数学と天文学の高度な知識が必要となるわけで、この装置について考えるとき、われわれは改めて古代文明の奥深さに思いを馳せざるを得ないのだ。
アンティキティラ装置がオーパーツとされる理由は、「今から2200年前の時代を生きた人々に、ここまで高度な機械を作る科学的知識があったわけがない」という大前提があるからだ。
ではこの装置は、いったいどのようにデザインされ、組み立て・実用化されたのか。残念なことに、発見時に残されていたのは、あくまでも部分的に欠損した82個の部品だけだった。そのため全体像を解明することは、これまで困難をきわめてきた。
ところが最近になって、その研究が大きく進展したのである。
さて、その最新の研究成果を紹介する前に、アンティキティラ装置について、改めて説明をしておこう。
この装置は、一般的には紀元前150〜前100年ごろに作られたとされている。たったひとつの機械でありながら、カレンダー、太陽儀、惑星儀、さらには日食・月食のタイミングの計算器でもあるという、きわめて多様な機能が備わっている。
全体的なデザインは地球が中心に据えられ、古代ギリシア文明における宇宙観が表現されているといっていい。高さは32〜33センチ、幅は17〜18センチ、そして奥行きが8センチ。全体にがっちりとした作りの置き時計ほどのサイズ感で、見つかったときは木製の箱に入っていた。時計に似た円形の文字盤があり、針が天体の動きを指し示している。
そして、紀元前1世紀にローマから小アジアへ向かう途中に沈没した商船の積み荷だった可能性が高いといわれてきた。
これまでに1974年から研究に取り組んでいるロンドン科学博物館のマイケル・ライト博士が、装置の完全再現に挑戦している。しかし、残念ながらこの試みはいまだ完遂していない。2005年には、天文学や物理学、宇宙物理学、数学、工学、科学技術史、考古学、古典学の専門家が参加する国際プロジェクトも立ちあげられた。
2016年には、装置の前面部のカバーに、「462」「442」というふたつの数字が示されていることもわかった。これらの数字は、古代ギリシアにおける金星と土星の朔望(さくぼう)周期を意味している。古代ギリシア人は、地球が太陽系の中心であると考えていたため、それを出発点としてそれぞれの惑星が同じ位置に戻ってくる年数を算出した。天動説の論拠として、天体は複雑な動きを見せるものであり、時として宙返りのような軌道もあると考えていた。
最近、このアンティキティラ装置の研究に大きな進展があった。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の専門家チームが、装置前面部のメカニズムについての理論モデルを発表したのである。これによって装置の研究は、大きく前進することになった。
トニー・フリース教授が率いるこのチームは、コンピューターの3Dモデルを通して装置の複雑なデザインを解き明かすことを試みた。その検証過程をまとめた論文を「サイエンティフィック・レポーツ」誌で発表したのだ。
言葉を換えればそれは、古代ギリシア文明における宇宙の秩序に関する概念が、より詳しいレベルまで明らかにされる可能性が高まったということでもある。
彼らの研究によれば、装置の基本的なデザインには古代バビロニア天文学、プラトンのアカデメイアの中核を成していた数学的知識、そして古代ギリシアの天文学知識が盛りこまれているという。
フリース教授はこう語る。
「私たちの理論モデルは、現存するすべての物的証拠の特性を活かしたうえで構築したもので、本体表面に刻まれた文字列の科学的要素にも合致しています。強調すべきなのは、太陽と月をはじめとする惑星の数々が卓越したタッチで表現されていることです」
ちなみにフリース教授は、2006年にも独自の検証を行い、装置の表面にユーザーズガイド的な内容の文字列が刻まれているという事実を明らかにしている。
今回のUCLの研究では、研究文献の内容を精査し、そこから新たに独自の理論モデルが紡ぎだされている。その結果、謎でありつづけた装置の機能について、かなり具体的な答えが出されつつある。
まず、装置の第一義的な意味合いだが、これはやはり天体計算機であることが確認された。実際、文字列の内容から考える限り、装置が作られた時代においてすでに存在が知られていた5つの天体の、おおよその位置を把握することができる。
カレンダーとしての機能もより詳しく解き明かされた。サロス周期(太陽と地球と月の位置関係が相対的にほぼ同じような配置になる周期。約6585日)に基づいて日食や月食のタイミングを知り、現象の解釈にも一役買ったはずだ。月の位相も予測することができ、古代ギリシアの4つの大祭(イストミア、オリンピア、ネメア、ピュティオス)、そしてドドーナの神託所およびロードス島で執り行われる祝祭の開催時期を算出することもできた。
前面には秤(はかり)、そして背面にはサロス周期に加えてメトン周期(特定の日付で月相が一致する周期。19太陽年と235朔望月にほぼ等しいことを示す)を表現する構造が設えられている。
こうしたタイプの機械は、紀元前3世紀ごろから開発が始まったと思われるが、アンティキティラ装置に限っていえば、構造そのものにかなりの進化が認められる。文化・技術・科学といった側面の歴史から考えても、歯車の果たした役割の重要さは計り知れない。なにしろ同じレベルの完成度の構造が再び出現するのは、約1600年後にあたる14世紀のヨーロッパなのだ。
それにしても、装置で使われていた青銅製の歯車の厚さは2ミリほどだ。精緻で脆いため、ほとんど残っていない。装置が作られた時代には金属は希少品であり、再利用に再利用が重ねられたことは容易に想像できる。装置に実用性を求めていくうえで絶対に必要だったのは、貴重な部品である精緻な作りの青銅製の歯車だったのだ。
なお、ニューヨーク大学のアレキサンダー・ジョーンズ教授は、アンティキティラ装置は哲学の教育用の実演のために作られたものであると考えている。実際、純粋な科学的事実に重きを置く現代の天文学者は、この装置に未熟さと不正確性を感じたかもしれない。船乗りたちも、羅針盤の代わりに使うには向いていないと思った可能性はある。
アンティキティラ装置の存在意義について、改めて考えてみよう。これが発見されるまで、人類史における天体観測装置はアストロラーベが最古とされていた。ただし、天文学的な計算を行う歯車を組み合わせた装置が出現するのは、はるかに後の時代だ。主に中世の時計が使われていた時代もあった。
レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519年)は歯車に関する知識を有していたらしく、スケッチにも残している。
アレクサンドリアのヘロン(紀元1世紀)は、自ら開発した写図器に〝はめば歯車〞を使っている。アナログ測定法と製図機械(比例コンパス、コンパス)、円形定規や円筒計算尺といった道具の開発は比較的簡単だったかもしれないが、面積計と(機械式)微分解析器には高度な技術が必要だったに違いない。
ヴィルヘルム・シッカート、ブレーズ・パスカル、ゴッドフリート・ライプニッツによる史上初の機械式計算器が発明されたのは17世紀だった。こうした装置には段付き胴、風車などの部品、そして積算器が必要だった。
ここから始まった計算器の進化は勢いを増し、20世紀の後半になると、電子的アナログコンピューターと電子的デジタルコンピューターが主役の競争が始まった。
こうして見ると、アンティキティラの装置が、いかに突出しているかがわかるだろう。
フリース教授のチームにしても、今回の理論モデルで装置のすべてを説明しきれるとは考えていない。いくら古代ギリシア文明とはいえ、技術力には限界がある。今回の理論モデルで不可欠な中空構造の部品は、深さ25ミリの溝にはめこむことができる精度でなければならない。
「中空構造の筒状部品についての説明が完全でなければ、これ以上検証を進めることはできません」そう教授はいう。
現代なら小さな金属部品を削りだすために旋盤(せんばん)が使われるが、古代ギリシア時代にこうした機械は存在しなかった。チームは今、理論モデル通りに装置を再構築できるかどうかの検証過程に入っている。そしてこの過程には、古代ギリシア時代に存在していた工業技術という縛りがかけられる。
「地球外由来のものでなければ、古代ギリシア人が用いた方法論を見つけなければなりません。より具体的な作業を始められるのは次の段階でしょう。ただ、その部分が明らかになれば、装置のすべての謎を明らかにできるパズルの、最後のピースが手に入ることになります」
今回の検証で、アンティキティラ装置に、「世界最古の非プログラム式コンピューター」という新しいキャッチフレーズが与えられた。
惑星の軌道を模した歯車の列という構造的特性により、カレンダー機能と計算機能を備えたアナログ装置と定義することもできる。インプットする情報に加え、アウトプットされる情報も目盛りがふられたダイヤルと回転針で示されるため、方式だけを見ればアナログ的になる。
ただ、暦に関する計算だけはデジタル方式だ。歯車の歯の数は常に整数で、ふたつの歯車の比率は常に有理数になる。こうした属性は、前述したメトン周期における天体の動きを反映する機能からも説明できるだろう。
ディスプレイはアナログ方式だが、歯車はデジタル方式で稼働する。第一義的にはアナログ式装置であると考えている専門家が多いなか、アナログ/デジタル双方の特質を持つ計算器であるという根強い意見もある。天文時計にはアナログ/デジタルのハイブリッド式装置で、デジタル時計のディスプレイがアナログ式になっているタイプのものがある。
「アナログ式計算器の特徴を備えた天文学計算機」であるアンティキティラ装置は、いつ作られたのか。
フリース教授は紀元前205年だと考えている。第一の論拠は、日食および月食のタイミングを予測する機能がサロス周期に基づいて算出されるメカニズムにある。加えて、装置の背面に製造年代を示唆する要素が認められる。アルキメデスによって作られたという説もあるが、だとすれば装置を積んでいた船が沈没した時点ですでに150年が経過していたことになる。これでは時代の計算が合わない。
したがって検証の現状は、以下のように要約できる。
1901年に発見されたアンティキティラ装置は、紀元前60年ごろに地中海に沈んだローマの商船に載せられていた。
この複雑な構造の天文計算装置は、おそらくロードス島で、古代ギリシアの哲学者ポセイドニオスの意見を取り入れながら設計され、組み立てられた。教育機械として装置の製造を依頼した人物は、ギリシアの北西地域に住んでいたと考えられるのだ。
いずれにせよ、製造後2000年以上が経過した時点で、ようやく本質が明らかになりはじめたこの装置が持つ学術的な意義は、きわめて大きい。
それでも筆者の脳裏に最初に浮かんでくるのは、装置の学術的な意味合いよりも、それに刻みこまれた人の営みにほかならないのだ。
A Model of the Cosmos in the ancient Greek Antikythera Mechanism / Author : Tony Free thet al Publication : Scientific Reports / Publisher : Springer Nature / ADate : Mar 12, 2021/Copyright © 2021, The Author(s)
宇佐和通
翻訳家、作家、都市伝説研究家。海外情報に通じ、並木伸一郎氏のバディとしてロズウェルをはじめ現地取材にも参加している。
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