<体験談>自死した少年が、大好きな野球を今もグラウンドで
大庭真美/広島県
これは私が10年前に体験した、夏のとても暑い日の出来事です。当時、息子は高校で野球部に所属していました。
高校最後の夏の県予選を控えたある日の練習日のことです。
その日はとにかく暑い日だったため、私は水分の差し入れをしようと思い、氷や冷たい飲み物を持ってグラウンドに行きました。
息子は一生懸命に練習しています。しかし、部員全員に連絡がうまく伝わっていなかったのか、グラウンドには私の息子と、息子と仲のいいA君と部活の顧問の先生のたった3人しかいません。
せっかく練習にきたものの人数があまりにも少なすぎます。そこで息子とA君はランニングキャッチボールやノックの練習をしようということになり、私もできる範囲で練習を手伝うことにしました。
仕事が休みで家にいた主人と連絡を取り、相談したところ、「僕も練習を手伝うよ」
と、いってくれました。
そこで私は急いで家まで主人を迎えにいきました。
主人とふたりでグラウンドに戻ると、部員がひとり増えています。
“遅れて来たんだな”
そう私は思いました。
見おぼえのない子だったので、てっきり1年生かと思いました。
練習着をまとい、私たちに向かって帽子を取り、一礼しています。続けてニコッと笑って手を振ったため、私も手を振りかえしました。
隣にいた主人に、
「3人しかいないけど、キャッチボールぐらいならできるかしら?」
と、聞いたところ、主人が、
「お母さん、いったいだれに手を振っているの?」
と、聞きかえされました。
「何をいっているの? ほら、道具入れの倉庫の入り口に立って、微笑みながら手を振っている子よ」
そういいながら振りかえったところ、肝心の少年の姿がありません。
それでも私は頑なに、「3人いるでしょ」
と、主人にいうのですが、
「荷物もスパイクもふたり分しかないよ。数えてごらん」
と、主人がいいます。
息子や先生に聞いても、グラウンドにはふたりしかいないといわれてしまいました。遅れてやってきた生徒などいないそうです。
後日、このときのことを同じ野球部のお母さんに話してみました。すると、息子たちが入学する数年前、自らの命を絶った野球部の子がいるという話をしてくれました。当時、ニュースにもなったそうです。
そんな話などまったく知らなかった私は、それを聞き、その場で泣きくずれてしまいました。
ときが流れ、野球部の生徒たちが卒業しても、大好きだった野球をずっとグラウンドで見ているかと思うと心が潰れそうになります。
また、見ずしらずの私に、なぜ笑顔で手を振って姿を見せてくれたのか、今でも不思議でなりません。
息子の卒業式の日、お世話になったグラウンドに一礼するとともに、笑顔で手を振ってくれたあの子にも手を合わせました。
家から学校が近いせいもあり、夏の高校野球が始まると、つい彼のことを思いだしてしまいます。
今もグラウンドに練習着を着て立っているのでしょうか。きっといる。私はそう思っています。

(本投稿は月刊『ムー』2026年09月号より転載したものです)
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