観客を宇宙の果てまでぶっ飛ばす! 修行者たちが対決し、その意識を別世界に飛翔させる映画「次元を超える」監督インタビュー

文=山口直樹

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    修験の山から宇宙までつながる、前代未聞の映画が公開中! 特異な世界の背景を監督に聞いた。

    「修行」「狼信仰」「法螺貝」の映画

     人は修験者のように厳しい修行を積めば、意識を宇宙の果てにまで飛ばし、その世界を見ることができるだろうか?

    『ナイン・ソウルズ』(03)、『泣き虫しょったんの奇跡』(18)などで知られる豊田利晃監督の最新作『次元を超える』は、人間の精神の無限の可能性を鮮烈に描いた衝撃作だ。

     孤高の修行者・山中狼介(窪塚洋介)は、危険な宗教家・阿闍梨(千原ジュニア)の屋敷で行方不明になる。一方、謎の暗殺者・新野風(松田龍平)は、山中狼介の恋人・野々花(芋生 悠)から狼介の捜索を依頼される。やがて、狼介と新野は法螺貝に導かれて狼蘇山の滝で対面し、次元を超えて鏡の洞窟で対峙する。過去、現在、未来を駆け巡り、地球から宇宙へと飛翔した彼らが見たものとは?

    惑星ケルマンの鏡の洞窟で対峙する修行者・山中狼介(右/窪塚洋介)と暗殺者・新野風(左/松田龍平)。鏡の洞窟の映像は曼陀羅のようでもあり、美しくて神秘的だ。©次元超越体/DIMENSIONS

     この意識の不思議な旅を描いた『次元を超える』は、「修行」「狼信仰」「法螺貝」という3つのキーワードに導かれて観客を特異な世界に誘う。脚本も自ら書いた豊田監督に、まずは、いちばん印象深かった「狼」へのこだわりから伺った。

    自分で法螺貝を吹いてわかったこと--豊田監督が語る

    ――劇中に「狼蘇山」と山中の「狼蘇神社」が何度も登場し、狼を人を導く象徴的な存在として描いています。監督が創出した架空の山と神社だということですが、誕生の経緯と、狼を祀る神社に託された思いを教えてください。

    豊田監督 以前、時代劇を撮りたいと思い、和楽器のことを調べていました。そのときに和楽器のパンクバンド「切腹ピストルズ」のことを知り、ライブで演奏を聴いたら、凄く映画向きの気に入った曲があった。切腹ピストルズの隊長・飯田団紅さんに話を聞いたら、『狼信仰』という曲で、狼信仰についても教えてくれました。青梅の武蔵御嶽神社、秩父の三峯神社。ほかにも秩父には狼の狛犬がある神社がたくさんありました。それをすべて見に行きました。神話ではヤマトタケルを導いたのはニホンオオカミとされています。江戸時代の農村部では、田畑を害獣から守るものとしてニホンオオカミの存在がありました。日本の食物連鎖の頂点にいたのがニホンオオカミです。明治に入り、ニホンオオカミは害獣扱いになり、絶滅されました。資本主義の社会が切り捨てた象徴として、ニホンオオカミが新作映画のヒントになりました。また、明治以降、修験道も禁止になりました。僕は常に反逆者を描く映画を作ってきたので興味がわいたのです。

    阿闍梨に呪術をかけられて負傷した不良の鉄平(右/渋川清彦)は、報復するため、仲間の団吉(左)を連れて阿闍梨の屋敷に乗り込む。団吉を演じるのは、切腹ピストルズの隊長の飯田団紅。©次元超越体/DIMENSIONS

    ――「狼蘇神社」に関してもうひとつ質問があります。劇中に映される狼の狛犬や狼の絵が描かれたお札なども、すべて監督がデザインして作らせたものなのですか? それとも実際に存在するものを流用されたのですか?

    豊田監督 切腹ピストルズは武蔵御嶽神社のお札のデザインをパロディにして掲げていました。僕たちは、隊長の飯田団紅さんとともに新しい狼札をデザインしています。飯田団紅さんはグラフィックデザイナーなんです。

    ――監督は「狼」とともに北斗七星と北極星も重視され、阿闍梨に「北斗七星の先に北極星があり、その先に「阿字門」があり、お前の星がある」と言わせています。その理由を教えてください。

    豊田監督 以前から北斗信仰に興味があり、調べていました。北斗七星は世界中で信仰されています。その先には必ず北極星があり、方向を示しているからです。坂本龍馬の刀の鍔も北斗七星です。そうしたことから、その先に「阿字門」、つまり宇宙の果てというかブラックホールがあるような感覚を想像しました。

    ――修行者を主人公にしたのはなぜですか? 修験道の修行者をなぞっているように思われますが、阿闍梨のキャラには驚きました。その狙いも教えてください。

    豊田監督 僕は4、5年前から法螺貝を吹いています。法螺貝は密教宝具で、吹く練習をするには修験者と共に行動する必要がありました。金峯山寺の修験者と大峯山を登ったり、裾野で練習したり、神社仏閣を回りながら法螺貝を奉納する修行を続けました。今はひとりで神社仏閣に行くと、許可をもらい吹かせてもらっています。また、7年に渡って山中を歩きつづけるという壮絶な修行「千日回峰行」を達成され、阿闍梨の名を授けられた方にも会いに行きました。ご存命の8人すべての阿闍梨とお会いできました。みなさんそれぞれ尊敬できる方たちでした。そのような修験道の人たちや、修行者に多く会い、その蓄積が映画の阿闍梨を生みました。もちろん、千原ジュニアさんの個性を活かしたキャラと演出で本物とは違います。悪役ですからね。

    集まった信者たちの前で護摩焚きを行う阿闍梨。髪を金色に染め、呪術や気功に長け、信者に手の小指の切断を迫る危険な宗教家を千原ジュニアが怪演し、驚かされる。©次元超越体/DIMENSIONS

    ――監督さん自身も法螺貝を吹く修行者だったとは驚きました。劇中、たびたび響き渡る法螺貝の音色に圧倒されますが、監督は、法螺貝の音色には何か特別な力があると、とらえていますか? あと、吹く前に唄口(吹き口)をポンポンと叩くのは作法なのですか?

    豊田監督 最初に三度叩くのは印です。それは法螺貝の密教の決まりのようなものです。一度めは何々に、と三度叩く意味があるのです。法螺貝の音は人間の聴覚の聞こえる範囲を越えています。低音は果てしなく深い。一度、映画館で鳴らしたら映写機が止まりました。法螺貝の音は場を清浄する意味があります。このことを話すとちょっと長くなりますので、また取材してください。

    ――劇中、修行者も阿闍梨も修験道や密教の呪術ではなく、気効で相手を威嚇します。気効を採り入れた理由は? また、気を飛ばすとき、阿闍梨は両手で九字を切るような動作をしますが、その意味を教えてください。

    豊田監督 以前体調を崩したとき、気功の施術を受けたら、治ったんです。そのとき、頭から重いものがストンと落ちる感覚がありました。その先生は凄腕で、映画で阿闍梨が繰り出す技も見せてくれました。阿闍梨は、何ももっていない両手のひらで、目に見えない玉を大きく膨らませるような仕草を見せ、それを相手に投げます。すると、受けた相手はよろめきますが、同様のことを気功の先生が見せてくれました。すると、確かに大きな玉が見え、投げられると重みを感じました。それから気功を学びつづけています。家で気功の体操をすると身体の感覚が整います。これはきっとチューニングのようなものなんです。ギターの弦のチューニングをするように、身体にもチューニングの仕方があるのです。修行者をモチーフにして作った短編3本を再編集して1本の長編にした『そういうものに、わたしはなりたい。』(公開中)でも気功を使っています。あと、阿闍梨の九字を切るような指の印ですが、あれはすべて創作です。本当の印は絶対に映画には映せないのです。怒られたら嫌なので(笑)。意味は「狼を蘇らす」です。

    ――最後の質問になりますが、阿闍梨は、北極星の先にある特別な場所に行きたいと願う信者に「小指切って奉納せい」と迫ります。これは、願いを成就させるには、自身の体の一部を神に捧げなくてはならないという、古代の信仰のようなものから発想されたアイデアなのですか?

    豊田監督 古代の信仰や神話を記した本を読むと、人間を神に捧げるという記述が多くあります。日本だけでなく世界中にあります。何かを得るためには何かを失う。それは、人間の野生の感覚の中にあるのではないでしょうか。この映画では指ですが、自分の指が宇宙の果てまで飛んでいくという想像は面白いと思いました。ちょっとしたブラックジョークでもあります。『次元を超える』は、観客を宇宙の果てまでぶっ飛ばすという意識で作った映画です。どうか映画館で体感して下さい。映画館を出た後は少し次元が違って見えるはずです。

    瞑想する狼介は、意識のなかで、宇宙船に乗って宇宙に飛び出し、辿り着いた惑星に宇宙服を着て降り立つ。そこは、じつに不思議な場所だった……。地球から宇宙の果てまでの旅の映像は、NASAの最新研究をもとに描かれているそうで、じつに興味深い。©次元超越体/DIMENSIONS
    豊田利晃監督(撮影現場にて)。

    豊田利晃監督/プロフィール
    1969年3月10日、大阪府出身。91年に阪本順治監督の『王手』で脚本家としてデビュー。98年、『ポルノスター』で監督デビューをはたし、第39回日本映画監督協会新人賞などを受賞。主な監督作は『青い春』(01)、『ナイン・ソウルズ』(03)、『空中庭園』(05)、『蘇りの血』(09)、『モンスターズクラブ』(11)、『I’M FLASH!』(12)、『泣き虫しょったんの奇跡』(18)など。ドキュメンタリーも、ボクサーのアンチェイン梶たちを追った『アンチェイン』(01)と、小笠原諸島で4年にわたって撮影を敢行した『プラネティスト』(20)の2作品を撮っている。また、2022年には現代音楽家・日野浩志郎と佐渡島の太鼓芸能集団「鼓童」のコラボレーションをとらえた映像作品『戦慄せしめよ』を発表して話題を呼んだ。そのほか、渋川清彦演じる修行者を主人公にした短編シリーズ『生きている。』(22)、『ここにいる。』(23)、『すぐにゆく。』(24)と、この3本を再編集して1本の長編にした『そういうものに、わたしはなりたい。』(25)がある。なお、すべての作品で自ら脚本を執筆している。

    修行者・狼介の脳波をAIで解析する研究所の高嶋博士(板尾創路)と渡邊助手(祷キララ)。彼らは、瞑想中の狼介の意識が訪れた場所や体験を映像化しようと試みているようだ。©次元超越体/DIMENSIONS

    映画「次元を超える」
    10月17日(金)よりユーロスペースほか全国にて順次公開
    配給:スターサンズ
    https://starsands.com/jigen/

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