自然への畏敬の念が生んだ文化遺産的UMA「シャーリー」の謎/アイダホ州ミステリー案内

文=宇佐和通

    超常現象の宝庫アメリカから、各州のミステリーを紹介。案内人は都市伝説研究家の宇佐和通! 目指せ全米制覇!

    カナダだけじゃない、北米のレイクモンスター

     アメリカ国内にも、レイクモンスターの伝承が語り継がれている地域がある。北米大陸のレイクモンスターといえばカナダの「オゴポゴ」や「チャンプ」が圧倒的な知名度を誇るため、アイダホ州の一部で語られていると聞くと、ちょっと意外に感じるだろう。

     アメリカ北西部ロッキー山脈内に位置し、西にオレゴン州とワシントン州、北はカナダのブリティッシュコロンビア州、東にモンタナ州とワイオミング州、そして南はユタ州およびネバダ州と接するアイダホ州。内陸の山岳地帯で、森林や河川と湖が多く、アウトドア・アクティビティが充実していることで知られている。

    アイダホ州の州都ボイジー 画像:「Adobe Stock」

    「ジェム・ステート」という公式のニックネームは、アイダホという言葉がネイティブ・アメリカンの言語で「山の宝石」を意味することに由来する。かつてはジャガイモの生産で世界的に知られていたが、今では州都ボイジーを中心にITや半導体企業が集まる一帯である「シリコン・フォレスト」という新たな産業拠点のイメージのほうが強くなった。

     そして、アイダホ州ならではの美しい景観を誇るマッコールという山あいの町があるのだが、その近くの「パイエット湖」という高山湖が、この話の舞台だ。国立森林公園内に位置し、澄んだ水と荘厳な風景で知られている湖だが、その底には100年以上にわたって地元民や訪問者を魅了し続ける伝説的レイクモンスター、「シャーリー(Sharlie)」が潜んでいるかもしれない──。

    2023年の目撃事件と議論

     2023年6月半ば、マッコールのローカル・メディア経由でシャーリーらしき存在の目撃事例が大々的に報じられ、YouTubeに動画もアップされたため瞬く間に拡散した。この一件が、シャーリー伝説に改めて注目が集まるきっかけになったようだ。

     ヨーロッパ大陸からの入植者がアイダホ州に到来する以前から、この地域に住んでいたネイティブ・アメリカンたちは、パイエット湖の奥深くに「邪悪な霊」が棲んでいることを語り継いでいた。これが、シャーリー伝説の土台となる口承とされている。

     記録に残る最初の目撃は1920年で、鉄道作業員のグループが湖上に巨大な丸太のような物体を発見した。その「丸太」は突然動き出し、水面をうねるように進み、自ら波を起こした。これが近代におけるシャーリー目撃談の始まりとされている。以来、多くの人々がこの謎の生物を見たと主張しており、目撃情報には以下のような共通点が見られる。

    大きさと形状:全長は約9〜12メートル。複数のコブが水面から突き出ている蛇のような胴体。
    頭部と皮膚:恐竜のような頭部に鋭角のあご、そして甲殻類のように見える黒っぽい色の皮膚。

     特に1944年には、複数のグループが湖の「ナローズ」と呼ばれるポイントでこの生物を目撃したことを報告し、全米レベルの注目を集めた。『TIME』誌はこの生物を「スライミー・スリム(Slimy Slim)」と名付け、話題になった。

     1954年、地元紙『ザ・スター・ニュース』が、この謎の湖の生物に名前をつけるコンテストを開催し、「シャーリー」という名が選ばれた。この名前は、当時人気だったラジオ番組の決まり文句「Vas you der, Sharlie?(お前もそこにいたのか、シャーリー?)」に由来したものだという。

    画像は「Cryptid Wiki」より引用

     シャーリーの存在を肯定する証拠は今も見つかっていないが、科学者や懐疑派は以下のような合理的説明を挙げている。

    誤認された大型魚類:チョウザメなど、最大2.5メートル以上になる淡水魚を怪物と見間違えた可能性。
    自然現象:湖上に浮かぶ丸太、風による波、光の反射など、自然の要因による錯覚の可能性。
    セイシュ(seiche)現象:気圧の急変により湖面に生じる大規模な定常波。水面の異常な動きが怪物のように見えるた可能性。

     ただ、いずれの仮説にも決定的な証拠はなく、謎は未解決のままだ。だからこそシャーリーは単なる都市伝説ではなく、マッコール市の文化的アイデンティティの一部として深く根付いている。

    科学と民間伝承の交差点に位置する存在

     毎年開催される冬の祭り「マッコール・ウィンター・カーニバル」では、地元高校の生徒たちがパレード用にシャーリーの山車を制作し、氷の彫刻も展示されるなど、町全体が怪物伝説を楽しむ。シャーリーのイラストがプリントされたTシャツやマグカップのほか、レストランのメニューには「シャーリー・バーガー」や「シャーリー・サンデー」などユニークな料理が並ぶ。シャーリーを目的に訪れる観光客の数は多く、コアな客層として地域経済や観光業に貢献している。湖のモンスターを目撃しようとツアーに参加する旅行者も後を絶たない。

     観光面ではカリフォルニアやニューヨーク、そして(ムー的観点からは)ニューメキシコなどよりも知名度は低いかもしれないが、アイダホは不思議な現象が多い州なのだ。山間部に位置するためか、ビッグフットの目撃情報も多く、かなりの個体数が生息している可能性があると考えられている。また、最近ではボイジーを中心とした首都圏でもUAPの目撃事例が相次いで報告されており、新しいホットスポットという認識が高まりつつある。

     シャーリーに話を戻そう。アイダホ特有のレイクモンスター伝説は、科学と民間伝承の交差点に位置するものなのだろう。単なるUMA(未確認生物)やモンスターの話として受け取られているだけではなく、人間の想像力と自然に対する畏敬の念が織りなす文化遺産でもあるのかもしれない。映像に残された2023年の事例を考えても、なにか不思議な存在が湖水に潜んでいることは複数の目撃者によって確認されている。シャーリーとは未知の生物か、はたまた恐竜の生き残りか、それとも――。ペイエット湖の青く深い水の底では、伝説の存在が今も静かに息づいているのかもしれない。

    宇佐和通

    翻訳家、作家、都市伝説研究家。海外情報に通じ、並木伸一郎氏のバディとしてロズウェルをはじめ現地取材にも参加している。

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