古代布シヅリと織物神を追って海を渡る……ドキュメンタリー映画「倭文 旅するカジの木」が描く神話の工芸世界

関連キーワード:

    高天原を悩ませる荒ぶる星神を服従させたのは、武力とは程遠い織物の神だった!日本神話の大きな謎をとく鍵になる古代布「倭文」とは何か。5年の歳月をかけ、失われた聖なる布の正体に迫ったドキュメンタリー映画があった!

    日本神話に描かれる「星の悪神」

     日本神話で太陽の神といえば、もちろん天照大神。では月の神は? 天照大神の弟、月読命であることもけっこう知られている。

     それでは、星の神といえば?

     これがすぐに出てきたなら、あなたはだいぶ神話通だ。日本の神話は星の存在が希薄なことでしられていて、あれだけ星があるにもかかわらず、星の神はただ一柱しか登場しない。その名を天津甕星(あまつみかぼし)、あるいは天香香背男(あまのかがせお)という。しかもそれは美しく空を輝かせるような可憐な存在ではない。高天原の神々に最後まで従わず、抵抗を続けた「悪神」とされているのだ。

    なぜ星の悪神は織物の神に鎮められたのか

     高天原の武神といえば、地上の王であった大国主命のもとに出向いて難なく「国譲り」を承諾させたタケミカヅチとフツヌシの二柱だが、このツートップをしても星の悪神カガセヲを従えることはできなかったという。

     そこで切り札として派遣されたのが、タケハヅチノミコト(建葉槌命)という神。タケミカヅチにも似たいかにも屈強そうな響きの名前だが、じつはその属性は戦闘とはだいぶジャンルが違う。なんと、織物を司る神なのだ。
     タケハヅチは、天照大神が岩戸に籠る岩戸神話のなかで、天照に「倭文(シヅリ)」と呼ばれる布を織って捧げた神として登場する。武のカケラもない、まったくの文化系、工芸方面の神といっていい。なぜ武神ですら手を焼いた悪神を、織物の神が服従させることができたのか?

     その謎を解く鍵は、タケハヅチが日の神に捧げたという謎の布「倭文」にあるのではないか……。

    聖なる古代布「倭文」の謎に迫る壮大なドキュメンタリー

    「倭文 旅するカジの木」は、謎めく古代布「倭文」の解明と復元を試みるエキサイティングなドキュメンタリー映画だ。しかも、そのスケール感がすごい。倭文のルーツを追い求めて、日本を飛び出し南太平洋諸島、パプアニューギニアまで取材を敢行してしまうのだ!

     そもそも倭文とは、麻や木綿の栽培が普及する以前につくられていた、樹皮を原料にした布だと考えられている。用いられたのは、和紙の原料になるコウゾのなかま、カジノキ。古くはカジノキを栽培し、樹皮をはいで糸にし布に織る「太布(たふ)」の製作が日本各地で広く行なわれていたのだが、現在ではごくわずかしか残されておらず、倭文をつくる文化も失われてしまった。

     その織物以前の、樹皮を叩いてのばしつくった布を「樹皮布」という。樹皮布が今も生活のなかに息づいているのがパプアニューギニアのマイシン族で、彼らはヴヴシという木の皮を水につけてふやかし、叩いて伸ばして一枚の布「タパ」をつくる。完成したタパには神聖な模様が描かれ、氏族のアイデンティティの確認や、死後の魂を安らげるために用いられる。かなりスピリチュアルな意味合いがつよい布といえるが、その原料となるヴヴシとは、他ならないカジノキなのだ。

     カジノキを原料とする樹皮を加工した布は、南太平洋諸島から琉球諸島、日本、中国大陸まで広く分布している。台湾では少なくとも5000年前にはカジノキの栽培と布作りが行われていた証拠が出土していて、沖縄では琉球王国時代、死者にたむけるあの世の紙幣「冥銭」をカジノキの紙でつくる習慣があった。

     アジア、太平洋にひろがるカジノキ利用の文化と、そこに濃厚に付随する「聖性」というキーワード。映画ではこれらのカジノキ文化の現場をつぶさに取材し、カガセオ討伐の謎にせまる倭文のヒントが発掘されていくのだ。

    「神々の戦い」を大駱駝艦が再現

     星の神カガセオが祀られる神社は茨城県や栃木県などに多く、特に有名なのが日立市の大甕(おおみか)神社。ここが天津甕星=カガセオと、タケハヅチとの戦いの舞台であるとされ、カガセオはこの地で岩に封印され、その上に大甕神社の本殿が建てられたとの伝説が残る。

    カガセオを鎮めた大甕神社。

     古代日本では、大甕神社の建つあたりが朝廷の勢力圏とエミシの地との境界エリアだったと考えられている。そんな土地に星の神の社があるのはなぜなのか。映画では、この神話の背景にひとつの歴史的な事件を読み解く大胆な仮説が提示される。

     そしてさらに目を奪われるのが、意外なかたちで出現するカガセオとタケハヅチの戦いの場面だ。カガセオをコムアイが、タケハヅチを麿赤兒が演じ、神秘的な舞踏として神々の戦いが再現されるのだ。神と神との対決は、ほんとうにこんなものだったのかもしれない……と思わされる幻想的な舞踏は、神話ファンにはぜひみてもらいたい。

    倭文の謎を解き明かす、もうひとりの織物神

     倭文の秘密を握る、カガセオとタケハヅチ。だが、古代布にまつわる神にはもう一柱、重要な神がいる。倭文の原料となるカジノキと、同じく布の原料となる大麻の種子をたずさえて地上に降り立ったという神、天日鷲(アメノヒワシ)だ。

     アメノヒワシが降臨したのは阿波(現在の徳島県)とされ、この神の子孫である忌部(いんべ)氏は代々天皇の大嘗祭で麁服(あらたえ)という布を献上する役を担った。しかしこのあらたえにも大きな謎がある。それは「倭文とはなんなのか」という問いにひとつの答えを出すほど大きな謎なのだがーー。

     阿波(徳島県)を拠点とした忌部氏はその後海伝いに東へと移動し、房総半島にあらたな勢力圏をつくる。こうして生まれた忌部氏の新天地、もうひとつの「アワの国」が安房(千葉県南部)だが、安房からさらに海岸沿いを進んでいくと、やがて武神タケミカヅチを祀る鹿島神宮と、おなじくフツヌシを祀る香取神宮にいきあたる。そして、さらに海に沿って進んだ先にあるのが、日立市の大甕神社なのだ。

     アラタエとはなんなのか? そして武神と古代布を結びつけるようなそのルートには、どんな意味があるのか。その謎も、映画では大胆に考察される。

    倭文の再現に挑む多彩な職人たち

     倭文の謎の解明、神秘的な再現舞踏とともに、映画の大きな見どころになっているのが、倭文の再現を目指して奮闘するさまざまな職人たちの姿だ。

     いまや絶える寸前ともいえるカジノキ栽培の伝統を守る、カジノキ栽培農家。
     そのカジノキの樹皮から繊維を取り出し、糸を生み出す職人。
     伝統的技法でカジノキ繊維を和紙へと漉きあげる職人と、その和紙をもとに糸をつくり、あらたな布に織り上げる染織家。
     蘇った古代布を染めるのにふさわしい、古代染料ベンガラを研究する職人。
     そして、これらのプロジェクトの要ともなっている、倭文をつかった着物の帯を製作する京都西陣の帯匠。

    倭文の再現に挑む染織家の西川はるえさん。
    カジノキの和紙から糸を作る、紙布作家・妹尾直子さん。

    「織物」という文化にかかわるあらゆるジャンルの職人、プロフェッショナルが総出演しているのでは? と思うような迫力のなか、それぞれのイマジネーションと手法によって織られた3種類の倭文が少しずつ姿をあらわしていく。

     星の悪神を封じた、古代神聖布「倭文」。その謎を追い求め、5年の歳月をかけて製作された壮大なドキュメンタリーは、神話ファン、古代史ファンにはぜひオススメしたいすごい作品だ。2月22日には徳島県で上映イベントが開催されるので、気になるかたはチェックしてみてほしい。

    映画「倭文ー旅するカジの木」公式サイト 
    https://shizuri-movie.com

    2025年2月22日、徳島シビックセンターさくらホールにて、上映決定!

    【イベント名】“カジの木=木綿(ゆう)の国阿波に、謎の古代布「倭文」(しづり)を探る” 
    【日時】 2025年02月22日(土) 3回上映
    1)10:00 ~ 12:00 ※上映後トーク(12:00~12:30):三木信夫(第28代三木家当主)x北村皆雄監督
    2)13:00 ~ 15:00 ※上映後トーク(15:00~15:30):山口源兵衛(誉田屋源兵衛十代目)x北村皆雄監督
    3)16:00 ~ 18:00 ※上映後トーク(18:00~18:30):西川はるえ(染織)+石川文江(楮布織)+妹尾直子(紙布・樹皮布)
    【会場】 徳島シビックセンター・さくらホール
    徳島市元町1丁目24番地・アミコ内(4階)
    【問合せ連絡先】
    徳島映画センター (担当福永)090-4504-7823
    ヴィジュアルフォークロア 03-3352-2291
    【料金】
    前売券1,200円/当日1,500円(※トーク料金含)
    【前売券取り扱い】
    1)平惣全店(※徳島県内7店舗あり)
    2)小山助学館本店
    3)㈱阿波和
    4)徳島映画センター (担当福永)090-4504-7823
    会場ではガイドブック(1,500円/税込)も販売予定です。

    詳細は公式ウェブサイトにて。

    webムー編集部

    関連記事

    おすすめ記事