塩味を1.5倍に強化する「エレキソルトスプーン」の意外な効果とは!? あらゆる味を科学で作れる時代へ

文=久野友萬

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    実は人間の味覚には、まだまだわからないことがたくさんあるという。私たちが感じる味とは、どのような仕組みか、そしていかに騙されやすいものか最新研究で紐解く!

    味は見かけや音楽で大きく変わる

     味覚は舌で味わうだけではないというのが最近の研究だ。色や香り、音で同じ味がまったく別の味に感じられる。
     わかりやすいのがかき氷だろう。実は屋台で売られているかき氷のシロップはすべて同じ味で、香料と食紅で変えて見せている。レモン色のシロップにレモンのフレーバーは加えてあるが、酸味は変わらない。メロン味もメロンの香りはするが、味はレモンでもイチゴでも同じだ。
     このように五感が交じり合って、本来はそこにない感覚を生み出すことを「クロスモーダル効果」という。

     たとえば「大きさ―重さの錯覚」というクロスモーダル効果は、同じ重さでも大きさが小さい方が重く感じるというもの。視覚が触覚に優先するため、無意識のうちに大きさから重さの見当をつけて、小さい方を重く感じる。

     味と色のクロスモーダル効果を調べるため、横浜国立大学の岡嶋克典教授らはプロジェクターから投影する光の彩度と色相を変え、食品の味にどのような影響があるのかを調べている。(※1)

    横浜国立大学の岡島教授らが開発した「マーカーレス投影型食品ARシステム」。食品にさまざまな色の光を当て、味の変化を調べる。 画像は「オレオサイエンス 第20巻 第11号(2020)」より引用

     カステラの色の彩度のみをリアルタイムに変化させながらカステラを食べると、彩度が上がる(=鮮やかな色合いになる)ほどに甘味が増したという。

     VR体験で使うHMD(ヘッドマウントディスプレイ)の表示に同システムを使って、食べ物の見た目のテクスチャー(表面の色合いや質感)を変えることもできる。これは「Visual Texture Exchange(VTE)」と呼ばれ、赤身のマグロをトロに変えたり、コンニャクのような見かけに変えることができる。食べた人は、同じ赤身のマグロを食べながら、トロの映像を見るとトロを食べているように錯覚したという。

    岡島教授らはVTEを使って、マグロの見かけ上のテクスチャーを変える実験を行った。 画像は「オレオサイエンス 第20巻 第11号(2020)」より引用

     我々が香水の匂いの強い人の隣で食事したくないと思うのは、味覚が純粋に舌で味わうわけではなく、匂いの影響を受けるためだ。波の音を聞きながら食べると塩味を強く感じるし、騒音下では甘味を感じにくくなる。皿や店の照明、音楽、匂いなどで料理の味は大きく変化するのだ。

    VTEでコーヒーの映像を徐々にカフェオーレに変えるとミルク感や苦みが変わるという。 画像は「オレオサイエンス 第20巻 第11号(2020)」より引用

    ※1 「視覚のクロスモーダル効果の可視化~食品の見た目が食感・味覚に与える影響の定量化~」(岡嶋克典 オレオサイエンス 第20巻 11号 2020)

    そこにない味を合成する技術

     一方、明治大学の宮下芳明教授は味覚とメディアの融合を試みる研究を長年行っている。味覚センサーで食品の五味(甘味・塩味・酸味・苦味・うま味)を分析、その味の分布に合わせてグルタミン酸などの化学物質を調合することで、元の味を再現する装置を作った。(※2)

     カニクリームコロッケは、牛乳に塩化ナトリウム(=塩味)、グルタミン酸ナトリウム(=うま味)、スクロース(=甘味)、炭酸カリウム(=苦味)、クエン酸(=酸味)を調合するとできる。この調合液に小麦粉を加えて加熱、揚げれば、一切カニを使っていないカニクリームコロッケの出来上がりだ。筆者も食べたことがあるが、冗談のようにカニクリームの味になる。

     梅干しはグルタミン酸ナトリウム(=うま味)、塩化ナトリウム(=塩味)、クエン酸(=酸味)で再現され、塩おにぎりに噴霧すれば、塩おにぎりが梅干しおにぎりへと変身する。

     ハッピーターンの魔法の粉も、スクロース(=甘味)、グルタミン酸ナトリウム(=うま味)、塩化ナトリウム(=塩味)でできてしまう。興味のある方は論文「TTTV2 (Transform The Taste and Visual appearance): 飲食物の味と見た目を変える調味家電によるテレイート」に配合比率が書かれているので、チャレンジしてほしい。

     このように食べ物の味を再現して、ベースとなる食材に調合液をスプレーすれば、さまざまな料理を生み出すことができる。スプレーする装置を宮下教授は「調味家電」と名付けた。

    AIに味を推定させ、産地の違いも再現する調味装置「TTTV3」。スマホで撮った料理の画面を見せると、その味を推測して調合液のレシピを作る。

     最新の調味家電「TTTV3」は20種類の味の液体(前述のグルタミン酸やスクロールなど)を0.02ml単位で調合し、食品に噴霧する。味を合成するだけではなく、アルカリ性の液体を噴霧して酸味を減らしたり、他の味を濃くして元の味が感じられにくくするといった味の引き算もできる。

     しかもAI搭載で、料理の写真や音声による料理名から味を想定し、作り出すこともできる。ネットで配合比率を送ることも可能だ。老舗の秘伝のたれの味をアーカイブできるし、おふくろの味をデータで受信することもできるだろう。

    ※2 「TTTV2 (Transform The Taste and Visual appearance):飲食物の味と見た目を変える調味家電によるテレイート」(宮下芳明「エンタテインメントコンピューティングシンポジウム(EC2022)」 2022年9月 )

    味覚自体を操作する

     この宮下教授の研究に電気味覚がある。人体に弱い電気を流すと、味が変わるという。

     塩味は、基本的に塩化ナトリウムの味だ。中学生の理科で習った電気分解を思い出してほしい。水に溶かすと塩はプラスのナトリウムイオンとマイナスの塩化物イオンに分かれる。電気を流すとナトリウムイオンはマイナス極に、塩化物イオンはプラス極に引き寄せられる。

     舌が塩分を感じるのは、ナトリウムイオンが舌にある味蕾と結合するためだそうだ。ということは、体にプラス極をつなげば、プラスイオンのナトリウムはプラス極の舌と反発して結合できず、塩味は消えるはずだ。

     塩水を入れたコップに電池のマイナス極、人体にプラス極を貼り付けて飲むと、塩味が薄くなるという。逆に人体側をマイナス極にするとプラスイオンのナトリウムイオンが舌に引き寄せられ、塩味を強く感じる。塩味は電気で強くしたり弱くしたりできるわけだ。

    キリンホールディングス株式会社が発売した塩味を1.5倍に強化する「エレキソルトスプーン」 画像は「キリンホールディングス株式会社」より引用

     そこで開発されたのがキリンホールディングス株式会社の「エレキソルトスプーン」だ。おそらく世界初の民生用電気味覚商品である。

     筆者は先行体験会で減塩カレーを食べてみたが、個人的には塩味よりもうま味の方が強化された。うま味の成分であるグルタミン酸ナトリウムも塩味同様に、電気で味が強化されるのだ。

     宮下教授は、五味を塩化ナトリウム1%(=塩味)、クエン酸0.5%(=酸味), 塩化マグネシウム0.5%(=苦味)、グルタミン酸ナトリウム0.5%(=うま味)、グリシ5%(=甘味)を使ってゲル化させ、任意の量を舌に当て、仮想的に味を作り出すデバイスも作っている。(※3)

    五味の比率をデバイスに送れば、デバイスに舌を押し付けるとゲル化された調味液が舌に押し付けられ、食べ物の味が感じられる。将来、ゲームのアバターがカニクリームコロッケを食べたら、その味がプレイヤーの舌に広がるゲームができるかもしれない。

    ※3 「Norimaki Synthesizer: 5つのゲルでのイオン電気泳動を用いた味覚ディスプレイ」(CHI EA ’20: 2020年 CHI コンピューティング システムにおけるヒューマン ファクター カンファレンスの拡張概要2020年4月1~6ページ)

    私たちの腸は味を感じる

     味覚にはまだ未知の部分が多く、長らく信じられてきた舌の味覚地図(舌は場所によって感じる味が異なり、舌の先が甘味を感じ、両脇が塩味と酸味、舌の奥が苦味を感じるとされた)が否定されたのは2000年代以降のことだ。現在は、舌にある味蕾は五味すべてを知覚することがわかっている。

     さらに最近、腸にも舌に似た機能があることがわかった。十二指腸に分布するニューロポッド細胞という。この細胞は脳に直結して入ってきた栄養に合わせて、消化酵素やホルモンの分泌をコントロールする。そしてうま味を感じて脳の快楽神経を刺激したり、人工甘味料と砂糖を判別、人工甘味料を甘味と認めずに吸収しないといった決断も行うそうだ。

     甘いものがやめられない人は、舌ではなくニューロポッド細胞に異常があるのかもしれない。マウスの腸のニューロポッド細胞の機能を切ると糖分への興味を失うからだ。(※4)

     栄養と味覚の関係や好き嫌いの理由など、わからないことは多い。21世紀の科学は味覚を深掘りしていくのだ。

    ※4 「The preference for sugar over sweetener depends on a gut sensor cell」(Nature Neuroscience volume 25, pages 191-200, 2022)

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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