カバラの自動泥人形「ゴーレム」が眠るプラハ幽霊伝説博物館に潜入! チェコの魔都に潜む怪物たちと接近遭遇
ダン・ブラウン新作『シークレット・オブ・シークレッツ』はゴーレム伝説で幕を開ける。 チェコの魔都プラハの博物館に潜むゴーレムや怪物たちとの伝説的遭遇をレポートしよう。
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廃墟となった教会に、不気味な幽霊が集まっているーー。世界で最も恐ろしいとも評される聖ジョージ教会を訪れた。
シーツのような白い布を被った西洋の「幽霊」――。
この古典的なイメージは、中世ヨーロッパにおいて、遺体を白い布(死装束)に包んで埋葬した習慣が由来とされる。それがいつしか蘇った死者の姿を表すものとなり、ハロウィンの仮装などの文化で世間に定着したという。
東欧のチェコ共和国に遥々訪れたのは、そんな幽霊達に会いたかったことが大きい。何故なら、彼らが棲む「世界で最も恐ろしい教会」が、ボヘミア地方の片田舎に存在するからだ。
それが首都プラハの西方約100キロに位置する、ルコヴァ村の聖ジョージ教会である。
1352年に建てられたこのカトリック教会は、長い歴史の中で異常なくらい、多くの火災や事故に見舞われてきた。その度に修復・再建がなされたが、村人らは呪われた場所として忌み嫌うようになった。
極めつけは、1968年に発生した惨事だ。葬儀の最中に、教会の天井の一部が崩落したのである。死傷者こそ出なかったが、会葬者は慌てて外に逃げ出すと、その場で故人に永遠の別れを告げたという。
それ以来、崩落は不吉の前兆と解釈され、「幽霊が取り憑いている」という噂が広まり、人々は教会に入ることを拒否。建物は最低限の補強のみで閉鎖され、やむなく屋外で礼拝や説教が行われるようになった。
こうして教会は、廃墟として40年以上放置されることとなり、そのまま朽ち果てるかのように思われた。
しかし21世紀に入ると、荒廃の元凶たる幽霊によって、今度はむしろ奇跡的な蘇りを果たしたのだ。
詳細は後述するが、廃教会がまさにお化け……いや、“大化け”したのである。
これを海外ニュースで知った筆者は、ホラー過ぎる聖ジョージ教会に、否が応でも引き寄せられたのだった。
プラハからバスと列車で数時間かけて移動し、プルゼニ州の山間部にあるルコヴァ村へ。
最寄駅に当たる無人駅に降り立つと、周辺は見渡す限りの田園で、不安を覚える程のどかな風景が広がっていた。また時折、何処からか「ブーン」という謎の音が、まるでアポカリプティック・サウンドの如く鳴り響き、それこそ不吉の前兆のようで心細さを増幅させた。

しかも、まだ目的地まで何キロも離れており、ここから先は有効な公共交通手段が無い。
そのため気合を入れて、ヨーロッパらしい美しい田舎道を1時間以上、ひたすら歩き続けるしかなかった。何度も野を越え森を越え、いい加減その繰り返しにうんざりしてきた頃、ふいに木々の隙間から細長い鐘楼が見えた。
思わず足早に駆け寄って建物を仰ぐ。この古びたレンガ造りの外壁は……間違いない、聖ジョージ教会である。
なかなか着かないので内心少し疑ったが、どうやらこの世に実在したようだ。


かれこれ600年あまり、小村の丘の上に建つ同教会は、元々バロック様式であったが、1796年の火災によりほぼ焼失。1800年の再建で、現在のネオ・ゴシック様式となった(基礎は中世のもの)。その佇まいたるや、晴天のこの日でさえ気味が悪い程、威圧的な貫禄を帯びている。
さて、それでは教会内を拝ませてもらおう。建物正面の入口から、薄暗い内部に恐る恐る足を踏み入れる。
するとそこには、なんとも異様な空間が広がっていた。お分かりいただけるだろうか……?


シーツのような白い布を纏う者――すなわち幽霊が多数、ズラッと身廊の座席に座っているのである。一部は通路や入口付近などに立っているが、いずれも顔は見当たらず、力なくうつむいていたりする。
その何処か哀愁が漂う姿は、来世を求めて神に祈っているかのようでもある。
だが、彼らは一切動かないし、何も話さない。それもそのはず、この幽霊達は全て彫刻。石膏で作られた等身大の幽霊像なのだ。
近付いて眺めると、幽霊像はそれぞれ姿やポーズが多少異なっている。
顔の部分が空洞になっている幽霊。レース風の布を被るお洒落な幽霊。寄り添って座るカップル(?)の幽霊。赤子らしきものを抱いて佇む幽霊。不気味ではあるが、生前を反映しているようにも思えるユーモラスな造形だ。
ちなみに、一部の石膏の表面にはリンが塗り込まれており、日中に吸収した光が夜間にほんのり輝くという。ここに暗くなってから来たいかどうかはともかく、面白い仕掛けである。


幽霊達が向く正面には、中央の主祭壇と左右の脇祭壇が備えられている。
これらの上には、かつては教会名の由来となった聖ジョージ(聖ゲオルギオス)の絵画や、他の聖人の金箔像などが置かれていたそうだ。しかし教会の調度品は、荒廃が進む中で略奪されたり、あるいは破壊行為の犠牲となり、木製の座席以外は何も残らなかったという。
幽霊も怖いが、人間もなかなか怖い。

ただ、このような苦難の背景には、教会が廃棄された1968年当時のチェコスロバキア(現チェコ)が、宗教を制限する共産主義政権であったことも関係しているようだ。その結果として無宗教者の割合が増え、チェコは今日でも、世界で最も宗教人口の少ない国家の1つとなっている。
ゆえに、祭壇付近は寂しいものの、屋根付きの講壇(牧師が説教を行う場所)は健在であり、階段でそこに上ると、少し高い位置から幽霊達を見渡すことが出来た。
「異界」と呼ぶに相応しい、幽美なる死者の世界。そんな風に見える一方で、天井崩落時の会葬者によるレクイエム(死者の安息を願うミサ)をも彷彿とさせる。
この世とあの世が交錯するような奇妙な光景に、感嘆の息が漏れるばかりであった。

実はこれらの幽霊像は、地元芸術家による「マイ・マインド」と題された作品なのだ。
ボロボロで不吉な場所ながらも、文化遺産としての歴史的価値の高さから、教会の保存を求める声は以前からあった。けれども、莫大な修復費用を捻出することは容易ではない。
そんな中、ヤクブ・ハドラヴァ氏という芸術家が現れ、教会の運命は大きく変わっていく。
彼は、ルコヴァ村の出身で、西ボヘミア大学の芸術学部で彫刻を専攻する学生だった。2012年、ハドラヴァ氏は卒業論文のテーマにこの教会を選び、景観や歴史を活かす再生計画を立案した。そして、同級生をモデルとして、彼らにシーツやカーテン、レインコートを被せて、石膏で型を取ることで幽霊像を制作。座席を中心に像を並べ、教会内を幻想的なインスタレーションに仕立て上げたのである。

当初は9体の像だけがあったため、ここは「9人の幽霊教会」とも呼ばれたそうだが、みるみるうちに数が増え、現在では32体の像が設置されている。
ハドラヴァ氏が目指したのは、教会が信者達で溢れていた時代を再現することだった。
すなわち、幽霊像は信者達。第2次世界大戦前にルコヴァ村に住み、毎週日曜日にこの教会で祈りを捧げていた、ズデーテン・ドイツ人を表しているという。
かつてボヘミアのドイツとの国境地帯には、300万人ものドイツ系民族がいて、その居住区域はズデーテン地方と呼ばれていた。1938年にはナチス・ドイツに併合されたが、第2次世界大戦後はチェコスロバキアに復帰し、ズデーテン・ドイツ人は国外に追放された。
ハドラヴァ氏は、このような複雑かつ重要な地域の過去を、いわゆるゲニウス・ロキ(地霊)の如く、幽霊伝説と結び付けてモニュメント化し、教会に尊厳を取り戻そうとしたのだ。
その“霊をもって霊を制す”的な試みは功を奏し、「幽霊教会」はインターネット上などで話題となり、
世界各地から人々が訪れるようになった。そして寄付金も順調に集まり、半世紀近い時を経て、ついに崩落した天井(屋根)が修復されたのである。
実際、筆者が訪れた2016年時点で、既に天井の穴はしっかり塞がれていた。
また、当時は前述の通り、レンガ剥き出しの傷んだ外壁だったが(それはそれで趣があったが)、
これも近年、見違える程綺麗に修復されたようだ。まさに、死者と生者が起こした起死回生のリノベーションである。


教会の管理者ペトル・クークル氏(地元住民)によると、建物の修復は引き続き行い、可能な限り往時の状態に近付ける予定とのこと。
訪問客の中には気味悪がって入場を拒む者もいるが、多くは幽霊の姿に興奮して隣に座るなど、好意的な反応を示すという。現在は、春から秋頃までの土曜日に一般公開されており、時折ミサも開かれているらしい。
いまや聖ジョージ教会は、幽霊達と一緒に、その魅力に取り憑かれた人々で賑わい始めている――。

影市マオ
B級冒険オカルトサイト「超魔界帝国の逆襲」管理人。別名・大魔王。超常現象や心霊・珍スポット、奇祭などを現場リサーチしている。
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