心霊スポット多数の「オールド・ルイビル」は幽霊に会える街/ケンタッキー州ミステリー案内

文=宇佐和通

    超常現象の宝庫アメリカから、各州のミステリーを紹介。案内人は都市伝説研究家の宇佐和通! 目指せ全米制覇!

    全米屈指の「幽霊が多い街」

     アメリカ中東部に位置するケンタッキー州は、「ブルーグラス・ステート」というニックネームのとおり、州中央部に広がる肥沃なブルーグラス(西洋芝)の生育地が有名だ。主産業は農業で、バーボンの世界流通量の95%以上を生産し、蒸留所めぐりツアーを目当てに国内外から多くの観光客が集まる。州内最大の都市ルイビルにはケンタッキー・ダービーで有名なチャーチルズタウン競馬場があり、野球のバットの世界的メーカーが構える工場と博物館は誰の目をも惹くアトラクションだ。

     しかし、ルイビルの真のアイデンティティは少し異なる領域の中で確立されているようだ。

     南部に広がるオールド・ルイビルにはヴィクトリア朝時代の壮麗な邸宅群と緑豊かな中央公園が連なり、国内でもトップレベルの歴史的文化財保存地区として知られている。しかし同時に、全米屈指の「幽霊が多い街」でもある。都市伝説と怪談、そして歴史の重みが複雑に絡み合いながら溶け込んだ空気が街全体を満たし、今も不思議な体験に関する多くの話が語られている。

    オールド・ルイビルの一風景(画像=Wikipedia

     都市として著しい発展を続けていた時代、ルイビルの住民は中心部の喧騒から離れた場所に住宅地を求めるようになった。やがて1880年代から1900年代初頭にかけ、精巧で装飾性豊かなヴィクトリア様式の邸宅が次々と建てられ、アメリカ最大級のヴィクトリア建築群が形成されることになった。富裕層が好む高級住宅地というステータスが確立されると、劇場やクラブ、壮麗な公園などの施設が整えられ、独自の文化的魅力が醸し出されるようになる。

     セントラル・パークという公園は、裕福なデュポン家の邸宅の前庭だった。ここに現れるといわれているのが「アンクル・フレッドの幽霊」だ。夕霧に包まれた静かな夜、子どもたちがボールで遊んでいると、マントに身を包んで白手袋をはめた男がガス灯の下から姿を現し、転がっているボールを手渡して消える——そんな目撃談が代々語られ続けてきた。ベンチに座って葉巻をくゆらせる姿や、立木の陰に隠れるようにしてじっと立つ姿の目撃も多数報告されている。周辺では、時おり聞こえる“見えない”子どもの声やオルガンの旋律、霧の中の人影など、説明のつかない現象があとを絶たない。

    大通りに並ぶ、名だたる幽霊屋敷の数々

     オールド・ルイビル大通りには、名だたる幽霊屋敷が何軒も連なっている。1895年に建てられたコンラッズ・キャッスルでは、元住人であるカールドウェル夫妻の霊が今なお家を見守っているとされる。小柄な老人が時代衣装で現れ、迷い込んだ来館者に注意を促す光景や、バルコニーに立つ紳士の姿がたびたび報告されている。妻の霊も現れ、特に雨の日には上階の窓をしめるよう従業員に呼びかけるなど、家を大切に思う気持ちに関する逸話が多い。

     美しい輝きを放つステンドグラスで有名なセント・ジェームズ・コートの庭園噴水付近には、冬の夜にぼろぼろの服をまとった少年の幽霊が現れることがある。極寒の中アパートに配達へと向かったまま、火災で命を落とした少年が今も母を探しているのだという。

    少年の幽霊が現れる、セント・ジェームス・コートの噴水(画像=Wikipedia)。

     この地域には幽霊譚が多いのだが、特に有名なのが「魔女の木」だ。19世紀、魔女たちが集ったとされるこの樹が伐採されたとき、彼女たちは町に呪いをかけた。11か月後、ルイビルを竜巻が襲い、100名以上の犠牲者が出たという逸話がある。現在もお守りや願掛けの品々が木に飾り付けられ、ミステリアスな存在感を放ち続けている。

     また、「階段の貴婦人」という伝説がパンデミック下の悲恋にまつわる逸話として長い間語り継がれている。裕福な実業家に嫁ぐことになっていた若い女性が教会の階段で密かに恋人と逢っていたが、彼がスペイン風邪で亡くなったことを知らず、夜通し彼を待ち続け衰弱して死を迎えたというストーリーだ。その階段には、今も恋人の帰りを待つ彼女の霊が現れるといわれている。

     さらに、ピンク・パレスという邸宅には、エイブリーという名の紳士の幽霊が棲み着いており、トラブルや火災、侵入者などを事前に知らせてくれる守り神のような存在として地元住民に親しまれている。

    *オールドルイビルの「魔女の木」

    心霊スポットが街の歴史を記録する

     幽霊屋敷や心霊スポットはオールド・ルイビルの至る所にあるのだが、強調したいのは、伝えられている怪談の多くが単なる怖い話にとどまらず、街の歴史や住民の記憶と深く結びついている事実だ。20世紀初頭まで繁栄の絶頂にあったこの地区は、大恐慌以降の衰退や都市開発による荒廃、住民の流出というつらい時代を経験した。しかし21世紀に入ってから再生の機運が高まり、美しく修復された住宅地に若年層の住民が流入し、ノスタルジックな魅力と不思議な伝説が共存する街として独自の存在感を放っている。

     幽霊伝説が絶えない理由の一つは、街自体の独特の雰囲気にあるのかもしれない。石造りの大邸宅、うっそうとした樹木、夜霧やガス灯の薄明かりが演出する幻想的な風景。ひとたび夜の路地に足を踏み入れれば、現代の喧騒を離れ、100年前の住民たちや伝説の人物と時空を超えてすれ違ったような錯覚すら覚えるようだ。それは、心霊現象への興味や幽霊の怖さだけでなく、歴史と人々の営みが染み込んだ土地そのものの記憶が紡ぎ出す物語といえるだろう。

     オールド・ルイビルの怪談は、地域のアイデンティティ形成に重要な役割を果たしている。住民同士が共有することで誇りが生まれ、絆を強める。新参者にとっては、アンクル・フレッドや階段の貴婦人と会い、幽霊屋敷を訪れることが通過儀礼なのだ。

     毎夜のように開催されるゴーストツアーには、怪談好きな観光客だけでなく、地元住民や歴史愛好家が集う。参加者だ体験するのは幽霊譚のみならず、ルイビルという街が刻んできた壮大な歴史、そして今も語りつがれている目に見えない住人たちとの静かで不思議な遭遇にほかならない。

     オールド・ルイビルほど昼と夜の顔が違う街はないかもしれない。昼間はアメリカン・ヴィクトリア建築と都市計画の美しさ、そして過ぎし時代のロマンティシズムを心ゆくまで味わうことができる。しかし夜になって濃い霧の中で街灯がちらつきはじめると、生者と死者、過去と現在、現実と伝説の境界があいまいな世界へと変貌する。

     幽霊譚は、美しい建築と同じく、過去の思いが表されたものなのだ。世代を越えて語り継がれる数々の物語は人々を感動させ、時には恐れで震えさせ、そしてなにより強く結びつける。

    宇佐和通

    翻訳家、作家、都市伝説研究家。海外情報に通じ、並木伸一郎氏のバディとしてロズウェルをはじめ現地取材にも参加している。

    関連記事

    おすすめ記事