ノルウェーで密かに受け継がれる魔術書「黒本」の内容とは!? 悪魔を召喚する呪文まで指南する“自己啓発ガイド”

文=仲田しんじ

関連キーワード:

    ノルウェーでは古いもので西暦1400年代後半にまでさかのぼる「黒本」が密かに読まれ、活用されてきた歴史がある。その内容は日常生活の知恵や民間療法がメインであるが、中には悪魔を召喚する呪文も記されていた――。

    悪魔を召喚する呪文が記された“黒本”

     ノルウェーの「黒本(black books)」は、現在判明しているものだけでも約100冊存在するが、同国各地で先代から受け継がれた個人所有の黒本も数多くあると考えられている。

     オリジナルの執筆者は、初期キリスト教の司教であり殉教者のキプリアヌスとされ、現存する最古の黒本は西暦1400年代後半にまでさかのぼる歴史的な著作物である。この黒本の内容からは、魔法が民俗伝統に織り込まれていた時代の歴史的信仰形態を垣間見ることができるという。

     ほとんどの黒本は手書きされたもので、所有者は長い時間をかけ、時には何世代にもわたって、さまざまな情報源から薬のレシピや治療法を集めてオリジナルに加筆し、それぞれが独自の黒本へとバージョンアップされてきた。

     ノルウェー、オスロ大学の研究者たちは現在、このユニークな黒本の数々を所有者から借用して研究に取り組んでいる。

    画像は「Sciencenorway.no」の記事より

     生活の知恵や民間療法、薬のレシピなどが黒本のメインの内容だが、その中には魔術の呪文も記されている。泥棒や魔女を暴いたり、ゲームや恋愛で幸運をもたらしたり、隠された真実を明らかにすることを目的としたものなど、さまざまな呪文が書き込まれているのだ。

     魔術的な要素もあることから「黒本は持ち歩いたり人前で公然と読んだりする本ではなかった」とオスロ大学教授アネ・オールヴィク氏は説明する。

    「これらの黒本の多くは、ノルウェーで魔女が迫害されていた時代に書かれたものだということを忘れてはなりません」
    「黒本の内容の一部には、悪魔を召喚する呪文が含まれています。悪魔をいかに操作し、自分の代わりに仕事を遂行させるか、ということも含まれていました」(オールヴィク氏)

     ノルウェー国立図書館に保管されている1600年代半ばの黒本には、たとえば泥棒に盗品を返させる呪文が記されている。その呪文を訳すと下記のようになる。

    「私は7人の悪魔ーーベルゼブブ、グロゴウ、ソステン、ルプス、ラルガス、ベアトリクス、ヘセフィーーに対し、泥棒が24時間以内に、サタン、ベルゼブブ、ベリアル、アスタロト、ベーベル、シシロ、エレビ、バマレ、レボブ、そして地獄のすべての悪魔の名において、盗品を返すよう祈ります。アーメン」

     また、オスロ大学のテレーズ・フォルドヴィク氏が最近翻訳した呪文の1つは、胸に秘めた秘密を相手に自白させる呪文だ。呪文を唱えながら、眠っている人物の胸にコウモリの頭を置くと、その者は眠りながら自分の秘密を話しはじめるということだ。

    画像は「Sciencenorway.no」の記事より

    黒本は中世の“自己啓発ガイド”

     ノルウェーに医師がほとんどいなかった時代には、多くのいわゆる“賢者”が民間療法を行っていた。そして、黒本に記載されている植物の中には科学的に薬効が認められるものもあり、何人かの賢者が黒本を所持していた記録もあるという。

    「黒本を所持していることで、地域社会での地位や治療師としての評判が高まることさえあったかもしれません」(オールヴィク氏)

     また、サウスイーストノルウェー大学の名誉教授で、医学と健康の歴史を専門としているオーレ・ゲオルグ・モセング氏は「黒本とは中世における一種の自己啓発ガイドだ」と説明する。

    「馬に餌を食べさせる方法、腹痛や抜け毛の治療法など、(生活上の)たくさんのアドバイスまで書かれています」(モセング氏)

     また、1800年代半ばまでは民間療法と学術医学の境界線は非常に薄かったとモセング氏は説明する。民間療法で治療する賢者と医師との間には、ほとんど違いがなかったのだ。

    「両者は完全に重なり合っている場合が多かったのです。1700年代の信仰治療師たちは、医師と同じことをしていました。彼らはハーブの煎じ薬、毒素を含む植物、それに似た治療法を使っていました」(モセング氏)

    Vilius KukanauskasによるPixabayからの画像

     生活の知恵から民間療法、そして呪文に至るまで、黒本のオリジナルの著者であるキプリアヌスは聖職者である一方で広範な知識を携えていたことになるが、実在していた人物であるかどうかはまだよくわかってはいないようだ。

    「実は、キプリアヌスは中世で最も悪名高い伝説的人物の一人なのです」「キプリアヌスには、ある種の相反する感情が残っています」とオールヴィク氏は指摘する。なんと、キプリアヌスは聖職者でありながら実際に黒魔術師でもあったというのだ。

     黒本の著者、キプリアヌスは聖と邪を併せ持つ一種のダークヒーローであったのか。そして、まだ世に知られていない個人所有のものもかなりあることから、黒本はこの先も当分は予断を許さない興味深い研究対象であり続けるようだ。

    ※参考動画 YouYubeチャンネル「La Stella a Otto Punte」より

    【参考】
    https://www.sciencenorway.no/history-literature/black-books-contain-tales-of-healing-and-summoning-the-devil-they-were-not-meant-to-be-shared/2426998

    仲田しんじ

    場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
    ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji

    関連記事

    おすすめ記事