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フィリップ・マティザック 著
歴史を彩りながら、その後はまったく音沙汰がない民族の姿を再現する試み
世界史の教科書をひもといていると、歴史の一時期(それもたいていは古い時代)にのみ大活躍して、その後はまったく音沙汰がない、という民族がいくつも登場する。
たとえば、史上初の帝国を建設したアッカド人。ハンムラビ法典で知られる古代都市国家バビロンの「建国者」であるアムル人。イスラエル人の祖先ともいうべきカナーン人。ペルシア以前に帝国を築いたエラム人。小アジアを支配したヒッタイト人、エジプトを侵略したヒクソス人、そして謎に包まれた破壊者「海の民」……。
いずれもそれぞれに歴史を彩りながら、その後の行方は杳ようとして知れぬ民族である。
本書は、このような「おおむね忘れ去られてはいるが、直接間接に今日の私たちに影響を与えている民族」の往時の姿を、最新の学問的知見に基づいて活き活きと再現するという、気宇壮大な試みである。
ただし、そのような民族は、実際には膨大な数にのぼるため、本書ではその範囲を「古代の中東、地中海地域、ヨーロッパの一部」にしぼっている。
時代区分としては紀元前2700年から、紀元550年まで。だが、しぼったとはいえ、本書に登場する民族の数はなんと40におよんでおり、豊富なカラー図版と相まって、読み応えは十分である。
民族ごとに、その起源から活動、消滅までもが活写されているわけだが、とりわけ評者が興味深く感じたのは、わざわざ項目を設けて、各民族の現代への影響を、つぶさに記している点である。
何しろ4000年も前の、(失礼だが)だれも知らないような王の名(ナラム・シン)が、現代のエルガーの変奏曲や南極探検船、あるいは英空軍の対潜哨戒機の名称に残されているというのだから驚く。
著者のフィリップ・マティザックは、オックスフォード大学セントジョンズ・カレッジで博士号を取得した著名な歴史学者で、専門は古代ローマ史。『古代ローマ旅行ガイド』『古代ローマ帝国軍非公式マニュアル』など、邦訳書も多い。当然、本書もその内容の正確さに関しては、オックスフォードのお墨付きである。
最後に、老婆心ながら付け加えておくと、もう薄々おわかりではあろうが、本書はあくまでも正統派の考古学に立脚しており、書名から想像してしまうような、いわゆる「ムー的なオカルト要素」はまったくない。そのあたりをご理解の上で、お読みいただけると幸いである。
(月刊ムー 2024年10月号掲載)
星野太朗
書評家、神秘思想研究家。ムーの新刊ガイドを担当する。
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