アメリカで流行の氷風呂健康法で体に起こる変化とは? ”冷やす”健康法の謎を徹底考察

文=久野友萬

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    海外のセレブたちの間で大人気だというアイスバスは本当に体に良いのか? 話題の”冷やす”健康法を科学的な視点で徹底考察!

    氷風呂=アイスバスで全身を冷やす

     日暮れが遅くなり、昼間の日差しが厳しくなってきた。年々暑くなる夏が今年もやってくる。

     今、アメリカで流行っているのが「アイスバス」。名前の通り氷風呂だ。スポーツ選手が試合の途中や試合後に足や腕を氷で冷やしている姿を見たことがあるだろう。アイシングといい、使いすぎて熱をもった筋肉を冷やし、回復を早める行為だ。

     これを全身でやろうというのがアイスバスである。スポーツ理学療法では冷水浸漬法(CWI)と呼ばれ、運動後に15度以下の風呂やプールに入る。サウナの水風呂のイメージだ。

     氷風呂に入ると急激に血管が収縮して血流が遅くなるが、風呂から出ると一気に血管が開き、毛細血管の隅々まで血液が行き渡るという。それが疲労回復や肌肉のダメージ回復を早めるらしい。

     熱中症にも良さそうなアイスバス、しかし本当に疲労回復や筋肉の回復効果があるのか?

     賛否両論があるのは事実だ。こと筋肉の回復にはそこまで目覚ましい効果があるわけではなく、9本の論文について分析したところ、何もしないでただ休むよりも、水温11~15度、浸漬時間11~15分でアイスバスを使った方が筋肉痛がやや少なかった程度だ。(※1)

    アントニン大学スポーツ科学部の実験では、アイスバス(グラフTCWI)の方が氷でのマッサージ(IM)よりも血清クレアチンキナーゼの量が少なく、筋肉の損傷が抑えられた。つまり、スポーツ後にアイスバスを使うと、筋肉痛になりにくいのだ。

     2022年にアントニン大学スポーツ科学部が行った実験では、60人の参加者を2つのグループに分け、軽いジョギングの後、15キロの負荷を使った中強度の筋持久力運動を行った後、一方は12度の冷水に15分間漬かった。一方のグループは理学療法士による氷を使ったマッサージを受けた。(※2)

     筋肉が損傷すると血中で血清クレアチンキナーゼという物質が上昇する。実験では、氷マッサージを受けた人のグループの血清クレアチンキナーゼの値が、アイスバスのグループよりも高かった。だからアイスバスの方は筋肉の治癒には効果的で、筋肉痛になりにくいのだ。

    ※1 「Can Water Temperature and Immersion Time Influence the Effect of Cold Water Immersion on Muscle Soreness? A Systematic Review and Meta-Analysis」(Sports Medicine Volume 46, pages 503?514, 2016)

    ※2 「Comparison of total cold-water immersion’s effects to ice massage on recovery from exercise-induced muscle damage」(Journal of Experimental Orthopaedics Volume 9, article number 59, 2022)

    睡眠が深くなり、うつ病も抑制

     アイスバスは心にも影響する。気温の14度の室内にいた場合と14度の冷水に浸った場合の血液成分を調べると、室温に比べ冷水の場合は、血漿ノルアドレナリンおよびドーパミン濃度がそれぞれ530%と250%増加した。(※3)

     人体には交感神経と副交感神経の2系統の自律神経があり、恐怖や怒り、不安など体が戦闘モードになる時は交感神経、反対にリラックスし快適な時は副交感神経が活発に働く。

     ノルアドレナリンは副腎髄質ホルモンのひとつで、交感神経が優位にはたらくと分泌され、副交感神経を活発にする。

     ドーパミンは脳で気持ちよさをコントロールする物質の一つで、いわば幸せを生むホルモン。代謝されるとノルアドレナリンに変化する。

     アイスバスに入るとノルアドレナリンが通常の2倍以上、ドーパミンが5倍以上も分泌するわけだ。副交感神経が非常に活発に動き、当然、緊張が取れてリラックスする。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     アイスバスがうつ病の予防になるという記事を散見するのは、こうした効能を踏まえてのことだ。うつ病は交感神経が暴走し、リラックスできなくなると発症する。

     冷水シャワーを数週間、定期的に浴びることで、うつ状態が改善したり発症を抑えられたという報告があるのは、CWIのリラックス効果がうつ予防に有効だからだ。(※4)

     睡眠サイクルを生み出すにはドーパミンが不可欠だ。睡眠中は夢を見るレム睡眠と、夢を見ないノンレム睡眠が交互に現れるが、ドーパミンはその周期を生み出す非常に重要な物質だ。(※5)

     睡眠の質が悪い理由には、睡眠サイクルが乱れることがあり、ドーパミンの分泌が足りない場合がある。アイスバスによってドーパミンの分泌が正常化すれば、睡眠が改善する。

     サウナの「ととのう」感覚も、サウナ自体よりも冷水がキーかもしれない。

    ※3 「Human physiological responses to immersion into water of different temperatures」(European Journal of Applied Physiology  Volume 81, pages 436?442 2000)
    ※4 「Adapted cold shower as a potential treatment for depression」(Medical Hypotheses Volume 70, Issue 5, 2008, Pages 995-1001)

    ※5 「レム睡眠の開始機構を解明―睡眠周期の生成に関するドーパミンと扁桃体の新たな役割の発見―」(国立大学法人筑波大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構)

    マインドフルネスの次はアイスバス!

     リラックスできて脳に良い影響もあるとなったら、マインドフルネスの次はアイスバスだとばかりに経営者向けのアイスバス体験ツアーが企画され始めた。

     八丈島で行われているプログラムは、「角氷を入れた氷風呂とテントサウナを設置し、豊かな自然に囲まれた環境で極限体験」(同リリース)というもので「オランダ生まれのヴィム・ホフ氏が独自で生み出した健康法」(同)に基づいているそうだ。「認知バイアスを外す、バイオハック(身体的なパフォーマンス向上方法)の最先端メソッドを体験したい方」(同)向けとのこと。

    Island and office株式会社、株式会社ヒューマンポテンシャルラボによるアイスバス体験。画像はプレスリリースより引用。

     さらに、冷たければ冷たいほど良いのか、近年は「クライオセラピー(凍結療法)」という健康法まで登場。液体窒素を使ってマイナス120度から170度で3分間、体を急速冷凍する。アイスバスで20分かかる疲労回復が3分間で行えるという触れ込みだ。「アイスサウナ」という別称もある。

     美肌や痩身につながると謳った美容サロンもある。痩せるわけないだろうと思ったら、寒くなると褐色細胞が働いて痩せるという説明だった。完全な間違いというわけではないが、3分間で痩せるというのは言い過ぎではないか。ちなみに、パンやご飯を冷凍するとデンプンが難消化性デンプンになり、血糖値が上がりにくくなって痩せるとか。

     体を急激に冷やした後、血管が収縮した反動で大きく拡張し、血流が1.5倍になる。お風呂でも水を浴びた後にポカポカするのは、血管が縮んでから広がるせいだ。この仕組みを使って、超低温のガスを頭皮に吹き付け、頭皮の血行を良くして育毛する「冷凍育毛」や、皮膚の代謝を良くする「冷凍美顔」なども存在するが、効果は……?

     これらの冷凍技術は、単に健康法に留まらない。医療では抗がん剤の副作用で起こる重度の口内炎の治療に使ったり、がんの腫瘍の除去で患部を冷却して破壊する凍結手術もある。

     さらに、超低温状態で血液を完全に止めて手術するというSF的な医療もある。超低体温循環停止法といい、仮死状態で人工心肺も止まった状態で手術が行われる。さらに、抜歯した歯を冷凍保存して再生医療で利用することもある。

    イメージ画像:「Adovbe Stock」

     また、CAS冷凍という電磁場の中で冷凍する技術は、水分子を振動させることで氷点下でも氷にならない性質を利用し、十分に温度が下がってから一気に凍結させる。これにより氷の結晶サイズが非常に小さく、細胞を傷つけず冷凍ができるのだ。医療分野では臓器保存に使われ、これを応用すれば、死体をほぼそのままの状態で半永久的に保存可能だ。

     死体を凍らせて保存し、未来に解凍、復活させるという妙なことをいう団体があるが、液体窒素にただ突っ込む今のやり方では血管も細胞も破壊され、再生など不可能だ。しかし、CAS冷凍を使えば、もしかしたら……?

     低温が人体にどのような影響を与えるのか、わからないことも多い。まずはサウナで水風呂を10分、我慢して入る程度から始めてみてはどうだろうか。

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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